3-1
目の前には靄がかかっていた。それなのに空は雲一つない快晴で、辺り一面に見たことの無い綺麗な花が咲き乱れている。まるで天国のようだと思った。
「おお、久しぶりの来客か。だが訪ねてくる奴なんてたかが知れているが――」
誰かの声がする。声は少し低いが女性か。いやでも言葉づかいは男っぽい。しかし不思議なのは目線には女性の姿はないのに、目の前から声が聞こえてくることだ。
「……誰だ貴様」
何だかここ最近の、寝起き後の状況に近い雰囲気を感じる。嫌な予感だ。
お前こそ誰だ。……あれ、声が出ない。
「この感じケンタロウではないが。しかし……ああ、そうか。そういうことか」
まーたケンタロウか。あー、やっぱり声出ねえな。
しかし腹が立つのは勝手に一人で納得していること。そういう独りよがりな人は好きになれない。しかも顔すら出さないところも無礼千万。碌な女じゃないことは明らかだが。
「声が出せていないのか、はたまた届いていないのか?」
お、なんだやっと気づいたか。いいから顔見せろや。
「繋がりがまだ弱いようだな。私の姿も見えていないか」
繋がり? 何かと繋がってるのか?
「私もお前の存在しか今は感じ取ることはできない。だが近い将来相まみえるだろう。あの男が選らんだ奴がどれ程か、今から楽しみだ」
彼女の声が段々聞き取り辛くなると同時に、視界に砂嵐ようなノイズが入り込むようになる。それは段々と視界を侵食していき、景色が遠くなるりつれ自分がどこかに消えていく。
「ではそれまで怪我などするなよ。お前は私、私はお前だ」
目が覚めると普通に部屋にいた。目覚まし時計は朝五時二十八分を示している。まだ薄暗い外の世界を、窓越しに布団の中から見た。
夢ではなかった。夢はすぐに曖昧になるが、確かな記憶として一流の頭の中にそれは存在した。
目が冴えてしまったので、なんとはなしにテレビをつけた。朝から元気な女子アナウンサーが今日一番のニュースを読み上げている。
ふと画面の左上を見ると今日の星座占いが小さく出ていた。一流の星座であるしし座は十一位。人とのトラブルに注意。らしい。人とのトラブルならもうこの一週間痛い程味わっている。これ以上のことがまだあるというか。
テレビを消し乱暴に布団を被り目を閉じると、またまどろみに落ちていった。