2-5
「――それで、第三世界ってのはどういう組織なんだ? また俺を攫うようなやつなのか?」
一流の言葉に菊住は苦笑いを浮かべ、口を開いた。
「ORDERと外村が対立しているのは知っていますな?」
「ああ。理由までは知らんけどな」
「上等ですな。第三世界はその対立の垣根を超えて組織された、言わばニュージェネレーション。第三極ですな」
「因みに私はORDERで、菊ちゃんは外村だよー!」
「そうなんか」
一流的には菊住がオーダーで永友が外村家と思っていた。印象として外村家は本能で動いている感じ、オーダーは理詰めで動いているという感覚があった。それは団体を組織する個人の性格も含めだ。華菜しかり、炭野心しかり。
「今対立を作っているのは双方のトップが原理主義者だからなんですな。でも第三世界は線分けをしないのですな。賛同を得てくれる幹部も数人いるんですがな」
「でもやっぱり新興勢力だから影響力が小さいんだー!」
「で、なんで俺を勧誘するんだ?」
「だってヒダちゃんが『ケンタロウ』の力を引き継いだんでしょー?」
「え? だれケンタロウって」
瞬間、場が凍り付く。菊住は「今更惚けるますかな」と嫌悪感を顕わにし、永友は「めんどくさいなー!」と満面の作り笑いを浮かべた。唯一変わらないのは華菜だけで、手に持っていたスプーンを空になった皿に置くと、ごちそうさまと両手を合わせた。
「あー、名前を名乗られてなかったのですかな? 引き継ぎの儀式をした男のことですな」
「儀式ぃ?」
儀式と言うと魔方陣を取り囲んで生き血を啜りながら呪文を唱えるその儀式(偏見)だろうか。それならば生まれてこの方一度もやったことはない。
「で、でもでも! 力は引き継いだんでしょー!?」
永友のキンキン声が更にボリュームアップする。二人の顔に徐々に暗雲が立ち込めるのが良く分かった。
「いやさあ、華菜さ……ちゃんにもこの間言ったけど――」
「もうちゃんで呼ぶな」
また空気が凍り付いた。一々言葉使いが辛辣なんだよなと、一流は空気を切り替えるため一度軽く咳払いをする。
「……えーと、俺は力なんて持ってないの。体に変化とかもこれっぽっちもねーし」
「それは本気でですかな?」
「そいつの言ってることは本当ですよ。だって私のパンチ一発で伸びるくらいですから」
「あれは不意打ち気味だったし顔面のいいところに入っただけだし、そもそも華菜さんが女の割に馬鹿力なだけで俺が特段虚弱なわけではない!」
「さらっと喧嘩売ったわね。後で覚えておきなさい」
「うーん。覚醒段階なのか、儀式が上手くいってないのか。何かイレギュラーが起こっているのですかな」
どうしようかと相談する二人を尻目に一流は思考を巡らす。多分ケンタロウという男はオーダーに攫われた日に夢でみた「ケツの穴に突っ込め!」と衝撃的な発言をしていたアイツだ。何故そう思えるのかというと、その夢がまるで記憶を追体験している様な現実味を感じさせたからだ。まあ顔には靄がかかっていたし声もくぐもっていてよく分からなかったが。そいつとは儀式らしいことは何一つやってはいない、と思う。
「ふーむ。まあ今日のところはこれ位で引き上げますかな。これから色々あると思いますが、迷ったら我々の組織を思い出してくれるとありがたいですな」
「話とかいつでも聞いてくれていいからねー!」
案外潔く二人は帰っていった。華菜は深くため息をつくと立ち上がり、食器を片付けに行った。一流は去っていく二人の背中を見ながら、面倒くさいなと頭を掻いた。ふと弁当を食べていたことを思い出し箸を取ったが、ご飯は冷めて硬くなっていたので美味しくなかった。
「アザすらできていなかったのですな」
「えー?」
校門へ向かう途中、菊住はボソッと呟いた。
「華菜殿に殴られたなら、アザ位できて当然ですな。常人からすれば華菜殿のパワーは異常の域ですな」
「そう言えばそうだねー!」
菊住は確信していた。一流本人は確かに力についてはよく知らないようだが、確実に彼の体にはケンタロウの力が流れている。
「頑丈なだけかー。ケンタロウとは逆だねー」
「能力は性格や環境に大きく左右されますな。いずれにせよ、彼の動向には気をつけた方がいいですな」
ゆっくりとだが状況が動いている。
春休みは、後一週間で終わる。