残酷なる時の罠
車を駐車場にとめて、誠司はエンジンを切った。
「先にいろいろ済ますんで、ちょっと待っててくださいね」
人形のままの結衣に話しかけ、誠司は地図を見て、ルートを確認した。
少しでも結衣と過ごす時間を無駄にしないために、彼女が生身に戻るまでにできることは済ましておきたかった。
荷物を確認し、シートベルトを外す。
「行きますよ。結衣さん」
彼が声をかけると、人形に生気が宿り、生身になった。
結衣は誠司の方に視線を向けると、開口一番、彼に謝罪した。
「さっきの検問ごめんね。誠司くんに恥かかせちゃって。生身になろうか迷ったんだけど、デートの時間減らしたくなかったから」
「じゃあ、お詫びのキスしてくださいよ」
誠司は目を閉じて、唇を突き出した。
結衣が照れ笑いする声が聞こえ、唇に柔らかい感触が伝わって来る。
「それじゃあ、行きましょうか?」
彼がそう言うと、結衣は大きく頷いた。
二人は車を降りると、手をつないで歩き出した。
この前、結衣が家出した時は、急いで帰ったので手をつないで帰る暇はなかったので、こうして並んで歩くのは新鮮だった。
初デートより肉体関係を持つ方が先になってしまったので、ドキドキが半減するかと思ったが、杞憂に過ぎなかったようだ。
結衣が活動できる時間は限られていたが、二人はゆっくりと歩いた。
彼女を急かすような真似はしたくなかったし、誠司自身彼女とのデートを純粋に楽しみたかったからだ。
行きたいところがたくさんあるなら、何度でもデートすればいい。
ただ歩いているだけで道行く男たちが羨ましそうに彼女の方を見る。
彼女連れなのに、結衣に羨望の眼差しを向けて、恋人に頭をひっぱたかれる者もいた。
これが目的だったというわけではないが、なんというか優越感。
美人でスタイルのいい女の子を連れているとそれだけで勝ち組になった気になれる。
本当はこれからゆっくりカフェにでも行きたいところだが、今日のデートの最大の目的は結衣の服を買うことだ。
事前にカタログやパソコンなどで、結衣に欲しい服の目星をある程度つけさせてはいるが、それでも2時間で服を選ぶのはなかなか難しいことだった。
結衣とほかの女性を取り替えたいと思ったことは一度もないが、時間を気にせずにデートできるほかのカップルを羨ましく思う。
服屋に入ると、結衣は見た目よりも幼く見えるほどはしゃいだ。
次々と服を手にとって、体の前で合わせてみて、誠司の反応をうかがう。
16年前に生きていたのだから、仕方ないといえば仕方ないことだが、それほどファッションに詳しくない誠司の目から見ても、センスがちょっと古臭い。
なんだか両親の若い頃の写真を見ているような気分だった。
しばらく店内を回ったあと、何着か試着室に持っていて、着替えては、誠司に見せてを何回化繰り返した。
その後、なんとか下着屋と靴屋にも回ることができた。
彼女を急かすような真似はしたくなかったし、デートぐらい何度でもすればいいと思っていたが、最低限のものは揃えておかないと、また彼女を悲しませることになってしまう。
当然、結衣は金を持っていないので、誠司が全額支払うことになり、今日だけで諭吉が何人も犠牲になった。
アマソンのアカウントが消されて、収入源が減ってしまったので、結構な痛手だが、結衣の笑顔を見るとそんなことはどうでもよくなった。
こうして、女に貢がされる男ができていくのかもしれない。
彼女に限ってそんなことをするとは思えないが……
「なんだか悪いね。私が半分持とうか?」
手ぶらで上機嫌に歩いていた結衣は、誠司の前に出ると、後ろ向きに歩きながら言った。
「いえいえ、荷物なんて俺が全部持ちますって」
「ところで、誠司くん。時間大丈夫? さっきから全然気にしてる様子ないけど」
「大丈夫ですよ。20分前にはアラートが鳴るようになってますから……」
誠司はポケットに手を突っ込んでストップウォッチを取り出した。
「あれ? ストップウォッチが動いてない?」
「え?」
「車をでたのって、何時でしたっけ?」
誠司の顔がさっと青ざめた。
「確認してなかったの?」
「ちょっと待ってください……家をでたのが、11時半でそれから1時間ぐらいかけて到着したはずだから……」
誠司は、腕時計を見ながら、凍りついた。
時刻は午後2時半を示している。
デートを始めたのが12時半頃だとすれば、結衣が生身でいられる時間はもうほとんど残されてないはずだ。
「結衣さん。急ぎますよ」
彼が顔を上げた瞬間、結衣が前のめりに崩れ落ちた。
彼女が地面に叩きつけられないように、慌てて彼女の体を支える。
「結衣さん?」
全く反応を示さない。
先程までキラキラと輝いていた彼女の大きな眼は、元のガラス玉に戻っていた。