過去の罪より放たれし復讐の矢
パソコンに向かっていた誠司は頭を抱えた。
「アマソンのアカウントが削除されてる……」
「どうしたの?」
結衣が後ろからひょっこり顔を出した。
「応急処置として、通信販売で服屋に行くための服を買おうと思ったんですけど……どうやらそれが無理っぽいようです」
誠司は数年前から、フィギュアの転売をして小遣いを稼いでいた。
インターネットで新作のフィギュアの空売りをし、事前にアマソンというサイトを使って大量に商品を予約しておいたものを買い取ってくれた相手に送りつけるのだが、空売りが上手くいかなかったときは、大量の予約をキャンセルすることでリスクを回避していた。
いい小遣い稼ぎだったのだが、失敗した時のしわ寄せがアマソンに行くため、繰り返される予約キャンセルが悪質な行動とみなされたらしく彼のアカウントは削除されてしまったようだ。
「ほかの業者は使えないの?」
「他のサイトでも結構アカウント停止されてるんです。残ってるところはコンビニ受け取りができないところばかりですから、下手すると親に女物の服を買ったことがバレるんですよ。受け取り時間指定してもずれた時間に持ってくることもありますからね。母さんはともかく、父さんにそんなことがバレたら、最悪の場合、家から追い出されるかもしれません……」
「そっか」
結衣はため息をついた。
「俺が近場で、男物でも女の人が着れそうなの探してきましょうか?」
「仕方ないよね。でも、誠司君との初めてのデートなのにオシャレしたかったな」
悲しそうに顔を伏せる彼女を見て、誠司は椅子から立ち上がった。
「俺、秋葉原行ってきます」
「秋葉原って、電気街の?」
「結衣さんはご存知ないかもしれませんが、今じゃオタクの街って呼ばれてて、いろんなものが置いてあるんですよ。そこでセーラー服でも買ってきます。ついでにサイズの合いそうな下着も買ってきます」
「そんなことして大丈夫? 恥ずかしいんじゃなかったの?」
「あの街でなら、すべてが許されます。下着やセーラー服を買ってもコスプレぐらいにしか思われない……と思いたいなぁ……」
結衣の肉体となっている人形は、見た目が18歳前後になるようにデザインされているので、セーラー服を着ても違和感はないだろう。
「セーラー服かぁ」
結衣は遠くを見るような目になった。
あまり乗り気じゃないのだろうか。
「いやですか? できるかぎり普通っぽいのを選んでくるつもりですし、当日はカモフラージュのために俺も制服を着ていこうと思ってるんですけど」
「ちょっと懐かしいなって思っただけ……私が死んでから16年も経つから……最後に制服着たのって20年前かな?」
ということは結衣が亡くなった時の年齢は22歳ぐらいだろうか。
死んでからの時間の経過がどれほどの意味を持つのかは分からないが、それから16年経っているなら、彼女の精神年齢は40近いとも言えなくもない。
彼女の今までの言動がアラフォーの『お姉さん』によるものだとすると、ちょっと痛い気もするが、見た目的には18歳のピチピチ美少女なので細かいことは考えないようにしよう。
その週の土曜日、午前中にボクシングジムでトレーニングをすませ、誠司は秋葉原に向かった。
本音を言えば、今日ぐらい練習を休みたかったのだが、両親にしっかりトレーニング状況を管理されてるのでそういうわけにもいかない。
父はどんな逆境にもめげない心身ともに強い子供を育てるという夢を持っているらしく、中学の時にボクシングジムに入会させられたのも父に強制されたからだ。
誠司としてはもともとテニス部に入りたかったのだが、父に言わせれば、いざという時戦う意思を持てない男は生きていくことができないらしい。
ここ神奈川は、グンマーでもなければ修羅の国でもない。
タカ先輩のような猛獣は絶滅危惧種みたいなものだ。
いざというときが来ることは多分もうないだろう。
単身、秋葉原につくと、誠司はコスプレ用品店に足を運んだ。
何着か候補の制服を選ぶ。
スリーサイズなどの基本的な身体スペックに関しては人形についていた説明書で把握しているので、試着しなくてもサイズが極端にずれたものを買う心配はないだろう。
一目見てコスプレでございますという風体のモノは選ばず、その辺の女子学生が着ていても見分けがつかないようなものを選び出した。
その中から、事前に聞き出しておいた結衣の好みにあったものを一着選択した。
出来ることなら、携帯で写真を撮って自室のパソコンに転送して結衣に選ばせるのが一番よかったのだろうが、限られた活動時間を誠司と過ごすために使いたいからというすばらしく嬉しい理由で提案を拒否された。
靴や下着なども一式買い揃え、買ってきた服をコインランドリーで洗濯してから、自宅に戻る。
手間と金がかかるが、家の洗濯機に放り込むわけにもいかない。
自室に戻ってから、買ってきた制服のコスプレを結衣に見せた。
物言わぬ人形に生気が宿り、生身の肉体になる。
「セーラー服じゃないの?」
「迷ったんですけど、最近はセーラー服なんてほとんど見かけなくなりましたからね。無難にブレザーにしました」
「着てみてもいい?」
「どうぞ」
結衣はジャージの上着のチャックを下ろした。
豊かで形のいい胸あらわになる。
人形でいる時と違って、動くたびに胸がプルンと揺れた。
彼女の裸は毎晩見ているが、着替えを見るというのはまた別の楽しさがあった。
着替えが終わると、ブレザー姿の結衣は誠司の前でくるりと一回転して、胸を張った。
どこからどうみても美人な高校生だ。
「似合う?」
「すごく綺麗ですよ。結衣さんにも見せてあげたいですけど、洗面所まで行くとなると……親に見つかるかもしれませんし……」
そのことが心配で、彼女に何かを食べさせて歯磨きをするときも誠司が大量にもってきた水でうがいをさせ、窓から吐き出させていたぐらいだ。
しかし、よくよく考えてみれば、彼女の姿を見られたところで特に困ることはない。
彼女が人形の時に姿を見られたら、誠司の人間としての人生は幕を下ろすことになるが、生身でいるときに見られるぶんには問題ないだろう。
むしろ、これからのことを考えると、早めに彼女の存在を知らせておいたほうがいいかもしれない。
父は頭は固いが、彼自身、母とは高校生の時から交際していたらしいので、昼間に息子が家に女の子を連れ込んでも多分文句は言わないだろう。
「これから、うちの親に会ってくれませんか? 遊びに来たふりして、廊下を通る時に居間にむかって軽く挨拶してくれたら、それで十分ですから」 「でも、化粧してないし……」
「化粧なんか必要ないですよ。ものすごい美人なんですから」
実際、彼女の肉体のもととなっている人形の顔は0.1ミリ単位で計算されてつくられており、生身になって肌の質感や血行が変わっても基本的な顔立ち自体は変わってないため、完璧と言っていいほど彼女の顔は整っている。
「誠司くんがそう言うなら」
「じゃあ、俺が先に行って、とりあえず玄関に靴置いてきますね」
誠司は玄関に結衣のための靴をおいてから、部屋に戻り、彼女を階段の下で待機させてから、廊下から居間の様子を伺った。
両親がテレビに夢中になっている間に、手招きして彼女を招き寄せ、玄関から入ってきたばかりの振りをさせて、彼女に挨拶してもらった。
「おじゃましまーす」
両親が振り返ったが、万が一ここで捕まると面倒なので、誠司が強引に彼女を引っ張っていくように見せかけて彼女を連れて行った。
両親は挨拶を返したが、こちらに向かってくる様子はなかった。
そのまま、洗面所の姿見の前まで連れて行く。
彼女は鏡の前で目をキラキラとさせていろいろなポーズをとった。
部屋に戻ろうとすると、彼女に後ろからシャツを引っ張られ、足を止めた。
もじもじとして、遠慮がちに口を開く。
「その……お手洗い借りてもいい? そんなにしたい訳じゃないんだけど、しばらくチャンスがないかもしれないから」
そう言えば、彼女はトイレに行ったことが一度もない。
生身でいる時間が1日2時間しかないためあまり体力を消耗しないのか、彼女は数日置きにわずかに食事を取っていたが、それでも溜まるものは溜まるらしい。
これが男なら、ペットボトルの中にでもすませばいいだろうが女性にそれを要求するのは酷だろう。
しかし、こうなってくるといろいろなことが問題になってくる。
彼女があんまり文句を言わないので、今まであまり考えてこなかったが、排泄が必要になってくるとするとほかの生理現象についても考えなければならない。
今のところ彼女に生理はきていないようだが、生身でいる時間が短いせいで生理が遅れてるだけで、数ヶ月後ぐらいにひょっこりやってくるかもしれないし、 今まで避妊せずに彼女を抱いていたが、妊娠についても心配しなければならないかもしれない。
あまり気は進まないが、妊娠する可能性がないことが分かるまで避妊するようにしよう。
彼女との間になら、いずれ子供をつくってもいいと思うが、今、生まれても困るし、何より二時間しか生身でいられない女性が妊娠した場合、中の子供がどんな状態になるのかわかったものではない。
あとは睡眠が必要なのかも気になるところだ。
人形でいるあいだは、寝ていると言えば、寝ている状態だが、それが生身の時の睡眠時間としてカウントされているのか怪しい。
行為の後に、彼女が寝ているのを何度かみたことがあるが、生身でいる時間のうちの睡眠時間の割合を考えると異常に少ないので、おそらくこれはほとんど必要ないのだろう。
しかし、睡眠や生理の問題が解決したとしても、入浴については避けられない問題だ。
これまでは濡れタオルやウェットティッシュで彼女の体を拭いていたが、今思えばその度に彼女が眉をひそめていたような気がする。
親が家にいないときは、隙をついてシャワーを浴びせるぐらいはしていたが、多分、彼女は風呂にしっかり入りたかったのだろう。
細かいことはあとで考えることにして、誠司は結衣とともにわずかに与えられた至福の時を過ごした。