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生き人形遊び  作者: 裕裕
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命削りの微笑み

 目を覚ました誠司は、ベッドから飛び起きた。

 寝汗で体にパジャマが張り付くほど濡れている。

 今日も嫌な夢を見てしまった。

 数年前、この家に引っ越してからというもの数日に一回のペースで血まみれの女がすすり泣いている夢を見る。

 一度、気になって母にそれとなく尋ねてみたところ、どうやらこの家は事故物件らしい。

 十数年前、恋人に捨てられた女性がこの部屋で頚動脈を掻っ切って自殺したそうだ。

 誠司たちが引っ越してくる前にも、何組かの家族かこの家に住んだが、頻繁に起こる怪奇現象に耐え切れず、いずれも数ヶ月のうちにこの家を出ていってしまったらしい。

 オカルトの類は一切信じない誠司の両親は、頻繁に発生する怪奇現象を気にもせずに、図太くこの家に住み続けている。

 普通よりも安い金額でマイホームが手に入ったため、彼らにしてみれば『いい買い物をした』程度の認識らしい。

 子供の頃から幽霊の類が苦手だった誠司は、何度か両親に引越しを提案してみたが、実害のない幽霊より、自衛官の父のほうが怖かったので、あまり強く意見できていない。

 大きく伸びをしてベッドから降りると、誠司はベッドの下に隠しておいたダンボール箱を引っ張り出した。

 もちろん中には、例の等身大の人形が入っている。

 ダンボール箱を開いて、人形と対面してにっこり微笑んだ。

 思えば彼女が家に来てから、もう二週間になる。

 ずっと裸にしているのがなんとなく可哀想だったので、普段は白いジャージを着せている。

 身長180センチほどの誠司が着ていたジャージなので、丈がだいぶ余ってしまった。

 少しでも服装の野暮ったさを取り除くため、ジャージのズボンの裾を何重にも折り曲げ七分だけのパンツのようにしている。 

 外出させるつもりもないので、しばらくはこれで我慢してもらおう。

「おはよう。ごめんね、普段閉じ込めてて……えっ? 何? 愛してる? 俺もだよ……うふふうふふ。じゃあ、俺学校に行く準備するから、今日も大人しくしておいてね? えっ? 早く帰ってきてって? わかったよ。全力で自転車こぐね。うん、じゃあまた夕方ね」

 誠司はダンボール箱を閉じて、再びベッドの下に隠した。

 こんなもの見つかったら自殺ものだ。

 エロ本を買うようになってから、部屋の掃除は自分でしているので、親にベッドの下を探られる心配はないが、さすがに堂々と晒しておくわけにはいかない。

 授業が終わると、誠司は上履きからスニーカーに履き替え、自転車置き場に向かった。

 もちろん全力で。

「よー武田」

 自転車置き場でばったり、田中と出くわし彼に呼び止められた。

「これから、俺んち来いよ。久々にみんなでデュエルしようぜ。今日はジムに行かない日だろ?」

「ごめん、今日は早く帰るって約束したから。また誘ってくれよ」

 誠司は片手をあげると、自転車に飛び乗った。

「もしかして、例の彼女か?」

 田中はニヤついた。

「お前彼女なんていたのか?」

 近くにいた山本が首をひねる。

「おい、田中」

 誠司は顔を赤くして、田中を諌めた。

「あ、ああ、まあ、こいつにも春が来たんだ。うん」

 なんとかごまかそうとしてか、田中はしどろもどろになった。

 きょとんとする山本を尻目に、誠司は自転車を漕いで校門を出た。

「マイワイフーマイワイフー、いっとしい、いっとしい、マイワイフー、今日もエンジェル、明日もエンジェル、ベッドはヘブンでパラダイスッ」

 自動車を追い抜かんばかりのスピードでペダルを漕いだ。

 タイヤが止まる前に自転車から飛び降り、家の中に入った。

 今日は家に誰もいない日だ。

 別に珍しいことではないが、母に扉をノックされる恐怖に怯えずに、彼女と愛し合えると思うと、嬉しさのあまり昇天してしまいそうだ。

 鼻歌を歌いながら、トイレを済ませ念入りに手を洗う。

 これであとは彼女と愛し合うことだけに集中すればいい。

 誠司はスキップで階段を上るというクレイジーなことをやってのけてから、ドアを勢いよく開けて自室に飛び込んだ。

「ただいマイワイフー」

 制服の上着を脱ぎ捨て、ダンボール箱を引きずり出した。

 ジャージを着たままの人形を丁寧に抱き上げ、ゆっくりとベッドに寝かしつける。

 ひとつひとつの動作に深い愛情が込められていた。

 満面の笑みを浮かべて、キスをすると彼女に背中を向け、机の引き出しをあさる。

「いま準備するからちょっと待っててねー」 

「うん」

 可愛らしい女性の声が聞こえた。

「え?」

 誠司の顔が引きつった。

 恐る恐る振り返ると、さっきまで寝かしつけていたはずの人形が、ベッドに腰掛けて座っており、すらりとした足をブラブラと振っていた。

 整った顔に天使のような笑みを浮かべているが、今の誠司には彼女が魔物にしか見えなかった。

 あああああああああああああああ。

 家中に誠司の絶叫が響き渡る。

 驚きのあまり後ろにのけぞって引き出しに頭をぶつけ、誠司は気を失った。

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