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生き人形遊び  作者: 裕裕
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物言わぬ人形

 誠司は大学に受かった。

 聞けば誰もが知っているような最難関私立大学の看板学部だ。

 8月の終わりから、受験勉強を始めて、これだけの成果を残せたのだから、諸手を挙げて喜ぶべきかも知れない。

 でも、だから何だというのだろう。

 結衣はもう動かない。

 どんなに話しかけても、どんなに体を揺すってもぴくりともしない。

 もともと受験勉強をはじめたのは半分以上結衣のためみたいなものだ。

 大学に受かって、これから先、どうしようというのだろうか。

 これから、大学に入って、勉強してサークルに入って、特に興味のない仕事をするために就職活動をして、死ぬまで働いて、それで人生が終わりじゃないか?

 頑張ることに一体何の意味があったのだろう。

 あの時、8月の終わりに、父に呼び出されたあの時、自分は結衣を連れて家を出て行くべきだった。

 貯金だってあったんだし、ほとんど食費のかからない結衣一人ぐらいその気になれば養える。

 それで、バイトしながら奨学金を借りて専門学校にでも行って、看護かプログラムの勉強でもすれば、一生食うのには困らなかっただろう。

 決して、裕福ではなかっただろうけれど、彼女が笑ってくれればそれだけで幸せに浸れたはずだ。

 だが、今はどうだ?

 勝ちはしたが、後の人生には何も残ってない。消化試合みたいなものだ。

 頑張ったところで自分はもう二度と幸せを掴めないだろうし、そもそも頑張る気にもなれない。

 誠司は、ベッドに寝かしつけている人形の頭を優しく持ち上げて膝枕した。

 穏やかな笑みを浮かべて、人形の髪を撫でる。

 人形は無反応だった。

「結衣さん。覚えてますか? 結衣さんが初めて生身になったとき、結衣さんがこうして膝枕してくれましたよね? あの時、結衣さんが微笑んでくれたのに、俺バカみたいにびっくりして、勝手に気絶してなんか冗談みたいでしたよね? 結衣さん、あのあとすごく心配してくれてたんですよね? 頭を冷やそうとしたけれど、氷がなかったから、冷蔵庫に入ってたお茶を俺の頭にくっつけてくれてたんですよね? 医学部に通ってたのに、なんか頼りないですよ。そういうところも好きでしたけど……」

 人形を撫でる右手に生暖かいものが落ちてきた。

 いつの間にか、目から涙が溢れている。

「結衣さん……俺、寂しいよ。俺、結衣さんにあんなひどいことしちゃった。誰よりも寂しがり屋だってわかってるのに……俺、悔しかったから、結衣さんが悲しんでるところ見たかったんだ。俺のために結衣さんが悲しんでくれたら、結衣さんが俺のこと好きでいてくれてるんだって、そう思えるから」

 誠司はそこで言葉を切って、体を震わせた。

「ごめんなさい」

 そう言って許されるわけではないと知っているが、誠司はその言葉を繰り返さずにはいられなかった。

 目から溢れた涙が、人形を濡らしていく。

「ごめんね。結衣さんの顔が汚れちゃう」

 誠司はポケットからハンカチを取り出して、人形の顔を拭った。

 何度拭っても、新たに落ちてきた涙が人形を濡らしていく。

 誠司は人形を膝から下ろして、ベッドから降りた。

 人形に涙を垂らさないように少し離れたところから手を伸ばして、人形の顔を拭く。

「結衣さん……返事してもらえないのって、苦しいね? 俺こんなにひどいことしてたんだね。本当にごめんね」

 誠司は人形の胸に顔をうずめた。

「結衣さん、結衣さん、俺のこと抱きしめてよ。お願いだから、動いて」

 キスをした。

 何度も何度も。

 体中に。

 物言わぬ彼女にひたすら話しかけ続け、服を脱がし人形を抱いた。

「結衣さん、俺たち夫婦ですよ。こんな綺麗な奥さんもらえてホントに幸せだなぁ」

 人形は何も言わない。

「結婚式どこでやります? 新婚旅行の場所も決めないと……ウェディングドレス、レンタルじゃダメなんて、そんなお金無いですよぉ……」

 人形は相変わらず反応を示さなかったが、誠司の脳内では彼女との会話は成立していた。

「そろそろ、出しますよ。早いって言われても……結衣さんがこんなに魅力的だから、すぐに気持ちが高ぶっちゃうんですよ。ああ、結衣さん結衣さん結衣さん俺の結衣さぁん」

 誠司は人形の上でぐったりとした。

 泣きやんだはずなのに、涙がまた溢れてくる。

「結衣さん……俺もそっちに逝くよ。あの世で何万回でも謝るから……だから、もう泣かないでね」

 人形にそう囁いて、誠司は体を起こそうとしたが、背中を強い力で押し付けられた。

 柔らかな胸のふくらみとその先にある突起物の感触が誠司の肌に伝わって来る。

 その感触は、先程まで触れていた人形のものではなかった。

「はぁ、やっと動けた」

 両腕で抱きしめられたまま、結衣の間延びした声が聞こえた。

「結衣さん?」

 誠司は、目を輝かせて、体を起こし、彼女に乗っかったまま彼女を見下ろした。

 いつの間にか、生身になっていた結衣が、にこりと笑っている。

「なんで? あんなに呼びかけても反応がなかったのに……」

「誠司くんがたくさん愛情を注いでくれたからね。誠司くんったら、久しぶりとは言え5回もしちゃうんだもん。誠司くんがしてくれなくなってから、なんか体の力が抜けちゃってさ。多分、誠司くんに愛情を注いでもらうこと(物理)で、生命力が宿ってたんじゃないかな? ゴムつけるようになってからも、胸にぶっかけたりしてたし」

「ああ、ごめんなさい。結衣さん、本当に取り返しのつかないひどいことを……でも、俺すごく嬉しいです」

 誠司は涙で顔を汚しながら、体を結衣にこすりつけた。

「もう、そんなに泣くぐらいなら、あんなに冷たくしなかったらよかったのに」

「ごめんなさい。ごめんなさい。俺、どんなバツでも受けます」

「怒ってなんかないよ。でも、ちょっと拗ねてるから、反省してるなら、何すればいいかわかるよね?」

 そう言って、彼女は微笑んだ。 

 




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