古き日の風は心揺らす
元旦の朝、誠司と結衣は家を出た。
今日の彼女は、水色のハイネックのセーターに白い長めのスカートという出で立ちだった。
ホットパンツやミニスカートのように長くて形のいい足を露出する格好も好きだが、清楚な感じのする今日の服装もそれはそれでそそるものがある。
会話しながら歩いていると、3分ほどで小学校のすぐ近くまでついた。
駐車場のとなりに、塀と木に囲まれてぽつんと設置されてる小さな鳥居をくぐる。
二人で通るには、道の幅が狭すぎるので、誠司が前を歩いて、結衣がすぐその後ろをついて石造りの階段を登った。
結衣は何故か、誠司のシャツをつかんだまま彼の後ろをついてきた。
賽銭箱の前に着くと、誠司はポケットから財布を取り出した。
10円玉を取り出してから、思い直して、500円玉を二枚に手に取る。
一枚を結衣に渡そうとしたが、彼女はぼんやりと遠くをみており、差し出された500円玉に気付かなかった。
「結衣さん?」
誠司が呼びかけると、彼女は、「え?」と間の抜けた声を出し、瞬きした。
「ごめんね。ちょっとぼんやりしてたみたい」
「もう、ひどいですよ。結衣さん、せっかくのデートだっていうのに」
「ホントにごめんね」
「反省してるなら、誠意を見せてください。何すればいいかわかりますよね?」
誠司はいたずらっぽく笑って、目を閉じた。
結衣がくすりと笑って口づけをする。
改めて彼女に500円玉を渡し、鈴を鳴らして、誠司は賽銭箱に硬貨を入れた。
ぱんぱんと手を打ち鳴らし、目を閉じる。
結衣もそれにならって、同じことをした。
「誠司くんは、何をお願いしたの?」
目を開くと、彼女がこちらを向いて尋ねてきた。
「結衣さんといつまでも一緒にいられたら、いいなってそう思って」
はにかみながら、そう答える。
「ちょっと誠司くん、今日は合格祈願にきたんでしょ?」
結衣は唇を尖らせて、たしなめた。
「そういう結衣さんは何をお願いしたんですか?」
「誠司くんといつまでも一緒にいたいなって」
「俺と同じじゃないですか?」
二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、帰りますか?」
「うん」
二人は参道を引き返して、再び鳥居をくぐった。
二人とほとんど入れ違いになるようにして、40代ぐらいの男性が参道に入っていく。
珍しいなと思いつつも、脳みそは結衣のことを考えるので、忙しかったのですぐに忘れた。
「帰ったら、今日もさっそくお願いしてもいいですか? 今晩は動けなくなっちゃうわけですし」
「そうだね」
結衣はどこか上の空だった。
いつもは照れ笑いしながら、小突いてくるのに、どうしたのだろう?
不思議に思っていると、少し歩いたところで結衣がぴたりと足を止めた。
「どうしたんですか?」
「ごめんね。誠司くん……神社に忘れ物してきちゃった」
「それじゃあ、引き返しましょうか」
彼がそう言って、踵を返そうとすると、結衣は大げさに首を横に振った。
「いいよ、そんなの。すぐに追いつくから、先に行ってて」
結衣は誠司をおいて足早に神社に引き返していった。
何か彼女を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
前に「お茶を飲みに行く」と言って、そのまま家出したことがあるだけに誠司は不安になった。
彼女には悪いが、あとをつけてみよう。
誠司は、物陰に隠れながら、結衣の後を追った。
神社の中に入り、木の陰から、様子を見る。
先ほど誠司たちと入れ違いになるようにして神社に入っていった男性に、結衣が話しかけた。
「あの……前田太一さん……ですよね?」
「そうだけど、君は?」
「神代結衣っていう人、覚えてますか?」
「神代……神代……」
男性は腕を組んで考え込んだ。
「ああ、いたね。そんなの」
「そんなの……って、恋人じゃなかったんですか?」
「幼馴染だったけど、特にどうとも思ってなかったかな……何しろ十数年前のことだからね。よく覚えてないよ、ごめんね。ところで君、誰? 可愛いね、この辺に住んでるの?」
「だって……愛してるって……私とずっと一緒にいたいって言ってたのに……なんで?」
結衣は、泣き笑いのようになりながら、体を震わせた。
「どうしたの? 俺なんか変なこと言った?」
「パパー」
小さな女の子が、道路から神社の中に駆けてきて、男性の腰に抱きついた。
「どうしたんだ? ユリ。一人で来たのか?」
「うん、ママがずっとないてて、アイテしてくれなかったから……このおねえちゃん、ダレ?」
「うーん。パパもよく知らないんだ」
「ふーん、もしかして、パパまたウワキしてるの?」
「そんなんじゃないよ。信用ないなー」
男性は苦笑いしてごまかした。
参拝を済ませた男性がその場を離れても、結衣は動かなかった。
「結衣さん?」
誠司は、木の陰から姿を現した。
「誠司くん?」
振り向いた彼女は気まずそうに目をそらした。
誠司は心をひどくえぐられたような気分になった。
「見てたの?」
「はい」
「……この場所ね、子供の頃から、二人でよく来たの……彼、面倒臭がり屋だったから、近場で済ませようって言って……でも、まさかまた会っちゃうなんて、びっくり……誠司くんには情けないところ見せちゃったね」
「勝手についてきちゃって、すみませんでしたね。また結衣さんが、どっか行っちゃうんじゃないかって思って、心配だったんです」
「どこにも行かないよ。私には誠司くんだけだから」
彼女はそう言って、誠司に抱きつこうとしたが、今の誠司には彼女の言葉は都合のいい嘘にしか聞こえなかった。
体の前で手をかざして、彼女が抱きつこうとするのを拒絶する。
信じられないと言いたげに、目を見開く彼女を見ていられなくて、誠司は体ごと横を向いた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「な、なに?」
「なんで、泣いてるんですか?」
結衣は慌てた様子で、目元を拭った。
今まで気付かなかったのだろうか。
「これは……その……」
「あの人のことが、好きだからですよね?」
結衣は一瞬、凍りついた。
少し間を空けて、口を開く。
「違うよ。これはただ悔しかっただけ。少しは私に対して、罪悪感持ってるんじゃないかって思ってたから」
「本当に……そうなのかな?」
「信じてくれないの?」
「結衣さんは、誰でもいいから構って欲しかっただけなんですね? そうじゃなかったら、ちゃんと話したこともない俺といきなり体を重ねようなんて思わないですよ」
誠司は語気を強めて、拳を握り締めた。
「違うよ。確かに私は誠司くんと話したことなかったけど、誠司くんが子供の頃から、あの家で見てたし……それに、誠司くんがすごく人形を大事にしてるってわかったから、誠司くんならちゃんと愛してくれると思ったの」
「なんだよ、それ……やっぱり、構って欲しかっただけじゃないですか? 俺なら、簡単に落とせるって思ったんですか? 別に好きじゃないけど寂しいから、とりあえず、ちょっかいかけてみようって、そういうことだったんじゃないですか?」
「そんなつもりじゃないよ。確かに寂しかったけど、でも……」
「ほら、何も言えないじゃないですか? 結衣さんは結局、自分が寂しくなければどうでもいいんです。俺の気持ちなんて考えようとしてくれないじゃないですか? 愛してるって言っとけば、俺なら自由自在に操れるからキープしておこうって思ってるんでしょ?」
どうして、こんなにひどい言葉がポンポン出てくるのだろう。
彼女の中で昔の恋人の存在が決して小さなものではないことを知っていた。
彼女は、あの人を嫌いになる前に、別れてしまったのだから、ある意味当然のことだ。
当然、体の関係も持っていただろう。
今の彼女の肉体を知っているのは誠司だけだが、それでも、彼女の心の中に別の男が住んでいるのだと思うと悔しくて仕方なかった。
これ以上、彼女を傷つけてはならないとわかっていた。
結衣は誰よりも寂しがり屋だから、今、自分が彼女を見捨てたら、彼女は本当に壊れてしまう。
だが、彼女のために絶対に合格しなければならないという受験勉強のストレスと、その彼女に裏切られたという気持ちとで、誠司はまともに考えれなくなっていた。
帰り道、結衣は勝手に誠司の後についてきたが、彼女がどんなに話しかけても、誠司は決して返事をしなかった。




