高き壁は立ちはだかる……
誠司は、父との会話の内容を結衣に話したが、彼女はその間、静かに聞いてくれていた。
「俺、もうどうしたらいいのかわからなくて……」
「私のせいだよね? 誠司くんにわがまま言って、デートばかりしてたから」
「いえ、学内での指定校推薦の枠は、一学期いっぱいまでの成績で決まってしまうので、もともと一学期の期末が終わったら、まともに勉強する気がなかったんですよ。だから、遅かれ早かれ、こうなっていたと思います。それに、こうなってしまった以上、もう後悔しても遅いですから」
「誠司くんは、どうしても自衛隊に行きたくないの?」
「そういうわけではありません。ただ、自衛隊に入ると、しばらく寮生活が続いて、結衣さんにあえなくなりますから」
「私に気を遣うことないんだよ? 誠司くんが寮から出てこれるまで、ずっと待ってるから……もう好きな人の邪魔者にはなりたくないし」
そういった彼女は長いまつ毛を悲しげに伏せた。
大きな目には、今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっている。
きっと16年前に相当ひどい捨てられ方をしたのだろう。
誰が結衣さんを邪魔者になんかするもんか……
誠司は、彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
「結衣さんがいてくれるなら、俺なんでもやりますから。これから受験終わるまで、結衣さんといちゃ付ける時間が減っちゃいますけど、大学受験終わったら、また元通りになります。何があっても二人で乗り切りましょう。俺たちはパートナーです」
誠司は胸のあたりまで手を上げると、ぐっと拳を握り締めた。
「そうだね。私も出来る限り、協力するよ。これでも、理三に現役合格したんだから。家庭教師だってやってたしね」
それは頼もしい。
彼女につきっきりで勉強を見てもらえるなら、塾や予備校と違って、移動時間の無駄を省けるし、普通の家庭教師と違って、受験が終わるまでは、誠司の受験勉強のことばかり考えてくれるであろう点も魅力的だった。
「ところで、やる気になってるところ、不謹慎なんですが……アレはどうします?」
誠司が遠慮がちに尋ねると、結衣は照れ笑いを浮かべた。
頬をそめて、艶っぽく誠司を見つめる。
右手の人差し指を突き立てて口を開いた。
「一日一回だけよ。誠司くんも男の子だから、どこかで出さないと苦しいだろうし、一回だけならいいよ。でも、出すと体力使うし、やり始めたらキリがないから、自分でするのもダメよ? いい?」
「やったぁ」
誠司は両手をあげて喜んだ。
「じゃあデートの方はどうします?」
「それは、勉強の進み具合を見て決めましょ? 下手に予定だけ立てて、負担になるのはよくないしね。それじゃあ、早速だけど、今日中に志望校を決めようか? 科目を絞らないと今からやっても間に合わないだろうし。あと、これまでの模試の結果とかあったら、問題も含めて出来る限り全部見せて」
その日のうちに、二人は志望校を決めた。
今から何科目勉強するのは現実的でないという理由と、あまり多くの回数を受けれないという理由で国立は最初から諦めた。
私立大学の様々な学部をいくつか併願することに決まり、問題集と参考書を買い集めるために、誠司は旅に出た。
次の日から、本格的に受験勉強が始まった。
受験勉強が始まっても、ボクシングの練習は休ませてもらえなかったので、少しでも時間を無駄にしないために、休憩時間に結衣を抱くとき以外はほとんど勉強時間に回した。
結衣の服を洗濯しにコインランドリーに行っている時も、友人たちが談笑している間も参考書を読み続けた。
食事に時間をかけないように、ひたすら顎を動かし続け、早食いするくせも身につけた。
勉強中の誠司の気を紛らわせないために、結衣がほとんど肌を露出しなくなったのは、非情に残念なことだったが、彼女の存在が確実に誠司の力になっていた。
結衣に勉強を教えてもらえるだけではなく、少しでも怠けようとすると背中を押してくれるのは、本当に助かった。
彼女は、ベッドでの楽しい時間を餌に、アメとムチを使い分け、誠司をコントロールし続け、なんとか彼のモチベーションを維持し続けた。
もともとまともに勉強していなかったこともあって、伸び代があったせいか、誠司の偏差値は急激に上昇していったが、それでも、余裕があるとは言い難かった。
そして、大晦日。
勉強に一段落がつき、誠司は椅子の背もたれに寄りかかり、大きく伸びをした。
隣の椅子に座っている結衣に笑顔を向ける。
「明日、初詣行きませんか?」
結衣は一瞬、嬉しそうに口元を緩めたが、すぐに渋い顔をした。
「私だって行きたいけど、イブに丸2時間いちゃついたばかりだよ?」
「でも、合格祈願も大事ですよ」
「あんなの自己満足みたいなものだよ。神様とかお祈りとかそういう非現実的なものにばかり頼ろうとして、現実を見ないと本当に落ちるよ?」
一見正論のようだが、言っている本人が、人形に取り憑いた幽霊なのでまるで説得力がない。
「それにすごく混んでるだろうし、2時間しか動けない私と歩いたら、地獄見ると思うよ」
「じゃあ、近場の神社で済ませませんか? すごく小さなところで、滅多に人が来ないところがあるんです」
「もしかして、小学校のすぐ近くのところの?」
「知ってましたか?」
「子供の頃から、ずっとここに住んでるからね。おかげで大学の通学時間が長くて結構大変だったけど」
「どうします?」
「うーん……」
結衣はうつむいて思案顔になった。
あまり乗り気じゃないようだ。
一体どうしたのだろう。
「いや……ですか?」
「そんなこと……ないよ。ただ、ちょっと考え事してただけ……」
結局、二人は初詣に行くことになったが、結衣が渋った理由は分からないままだった。




