私、竜王様についていきます!
前作より糖度低めです。
国王ラクディス・フィオナ・リードレントに求婚されたシェルシアは、舞踏や運動が壊滅的な友人であるマーガレットの家に呼ばれお茶をしていた。
「シェリー、よかったねー!」
求婚されたことを話すとマーガレットはきゃー!と言って抱きついてきた。抱きつかれたシェルシアはげっそりとする。
「あんまりよくないわ……」
拒否権が全く無い求婚だったのだ。ぐったりもする。
「そう?ラスがまさか陛下だったとは思わなかったけど、二人ともお似合いだったよ。貴方達二人を見ててなんでくっつかないの?!くっついてないの?!って叫んでた人多いよ?」
「そんなこと今更知りたくなかったわ……」
はぁ、と眉間のしわをほぐす様に指を当てて言う。そんなシェルシアにマーガレットはうふふと笑って爆弾を投下した。
「それにね、ラスはどう見てもシェリーの事好きだったよ?」
「うそ?!」
ぎょっとして親友を見るがにこにこと笑っているだけだった。
「ホント。だから回りがやきもきしてたんだよ?気づいてなかったんだ、やっぱり」
「知らないわよ?!というよりどうしてそういうことを教えてくれなかったのよ!」
「だって、くっついてくれる分にはいいけど、下手なことしてラスを怒らせたくなかったんだもん」
えへっと笑う。
「私が!今!怒ってるわよ!」
「シェリーが怒っただけで可愛いだけだけど、ラス自身が気づかせないようにしてたのに他人が口を出すのは野暮ってものでしょう?」
「マギー、勘弁してよ」
マーガレットの言葉にがっくりと肩を落とした。
「でも、流石に今まで気づかなかったのは私も誤算だった。やっぱりこういうのには鈍いんだね」
でもシェリーらしい、と親友は苦笑する。
「ほっといてよもう」
むすっとして唇を尖らせる。そこではっと気づく。
「まさか、“二、三年結婚するな”って……まさか粛清のことじゃなくて――」
「多分、自分が迎えに行くって意味もあったんじゃないの?実際はもっとかかってるけど」
「これいじょうきいたらしんでしまう」
そういって耳を手で覆った。
「現実逃避しないの。どちらにしろ、受けちゃったなら仕方ないじゃない」
呆れたようにマーガレットに言われてしまう。
「なんでー私がーあんな綺麗でー観賞用みたいな男とー結婚しなきゃいけないのー」
「シェリー……諦め悪いよ」
何故だか可哀想な子を見る目をシェルシアは向けられた。両手で顔を覆って嘆く。
「放っておいてよおおおおお」
「そんなに言うなら何故お受けしてしまったの?」
「あの方は鬼畜です。断り続けたら既成事実つくろうとしましたあの鬼畜陛下め」
「きゃー!愛されてるわねぇ!」
マーガレットは嬉しそうに頬に両手を当てて喜んだ。
「そこ盛り上がらない!」
「だって、陛下はあの粛清から戴冠してううん、その前から今の今まで女性っ気がなかったのよ?なのにそこまでって!いいわぁ、これ、本のネタにさせてもらうわぁ」
マーガレットは趣味で小説を書いている。最近貴族・平民問わず流行っている恋愛小説の作者でもあった。
「やめて、本気でやめて」
ネタにされてたまるか、とシェルシアは真剣に迫る。
「えー。けちー。で、実際どこまでされたの?」
「キスまでですが何か!」
「どんな?」
「聞かないで!」
「あらぁ、シェリーが真っ赤になるくらいだからうふふ」
獲物を見つけたと言わんばかりのマーガレットを見て、もうやだー!この子もうイヤー!とシェリーは嘆いた。
「安心して、シェリー!国王陛下と貴族の娘じゃなくて、国王陛下と平民とか、王女と平民とか、主人公達の設定はちゃんと変えてあげるし!」
「そうじゃなくて!ああもう!!」
シェルシアの苦難は続きそうである。
「陛下、本当によろしいのですか……?わが娘で本当によろしいのですか?」
モント侯爵は絶望的な顔をして竜王に聞いた。
「くどい。なぜ卿は娘の婚姻に喜ばない」
ラクディスは執務机にペンを放り投げて言う。このやりとりも臣下たちに知らせてから幾度も繰り返されていた。
「確かに栄誉なことではあります。勿体無いお話でございます。ここは侯爵として父として喜ばなければいけないことも、臣下としても喜ばなければいけないと解ってはおります。ですが、娘は結婚適齢期も過ぎておりますし、大人しくしていられるような性格でありませんし、父としても臣下としても心配で心配で……」
うっと胃を抑えるように侯爵は言う。ラクディスは呆れ果てた。
「卿の心配はごもっともだがな、このまま独り身で過ごすのもまた心配ではないのか?」
「左様で御座います。ですが、あの子が王妃など到底つとまりますまい」
「頭がすっからかんな令嬢が王妃になるよりマシだろう。王妃は笑って過ごし、子を産むだけが仕事ではない。国のことを共に思いやれる者が必要なのだ。それを考えれば、侯爵、卿の娘は家の仕事を請け負っているというではないか。多少の規模の違いはあれど国や民を思いやれる貴族の女がどれだけ居ると思う?その能力はとても魅力的だ」
腕を組んでにっこりと笑う主を見て、侯爵はさらに胃の辺りを押さえた。
「それにだな、彼女の聡明さや性格は大体知っている」
「は……?」
侯爵は首を傾げた。
「シェリーは学院で私に次ぐ成績を修めていたし、よく喧嘩もしあった仲だ」
「そ、それは、どういうことで?」
「彼女に聞かなかったのか?」
呆れたようにラクディスは侯爵を見る。だが、あの混乱ぶりなら話していないかもしれないと思いなおした。
「私はラス・アルジェンと名乗り、姿変えの魔法を使って学院に通っていたのだよ」
「らっ……」
侯爵は固まった。娘から良く聞いた名前だ。
『またラスに負けた!悔しい!!』
『ラスとばっかり、組まされるのよ。すかしてホント嫌なヤツなの』
そんな愚痴を長期休みになると必ず聞かされ、どうどうと宥めた記憶がある。あの頃は「あぁ、ラスという子が好きなんだなー」とにやにやしつつ、男親として複雑に思っていた。それがまさか。
「陛下、でしたとは……」
脱力し、肩が下がる。
「私はその頃から卿の娘を気に入っていてね。是非嫁になってもらいたいものだと考えていたのだよ。前王の首や粛清をする期間、卒業からなるべく2、3年は嫁に行かないで大人しくしてくれと頼んだのだ」
「そ、それは――」
「もちろん、その期間が過ぎて結婚してくれていたならきっぱりと諦めた。妨害工作などもしてないからな?」
蒼い顔をする侯爵に苦笑する。
「だが、卿の娘は結婚どころか男の影すら見えない。これなら貰っても良いだろうと思ったのだ。何せ、私の“お願い”の代わりに『売れ残ったら責任をとれ』という約束をさせられたからな」
その言葉を聴いたときの侯爵はよく倒れなかった。顔面蒼白である。
「む、娘がとんだ無礼を……」
「気にするな。あの時の私は王子ではなく“アルジェン伯爵家の跡取り”だったから無礼には当たらん」
ははは、と銀の竜王は笑う。
「と、言うわけでつべこべ言わず婚礼の準備を進めてはくれぬかな、宰相、いや、義父上殿」
高貴な笑みだが目は鋭く侯爵を見据える。そんな瞳に勝てるはずも無く、宰相は頷いた。
「ぎ、御意に……」
ふらふらと歩いていく宰相に、婚礼後は少し休暇を取らせるかとラクディスは思った。
宰相と入れ替わりに入ってきた、護衛騎士であるローグ=アウインは侯爵の気苦労に若干同情したように苦笑した。
「人の良い宰相殿をあまり虐めなさるな」
「心外だな。説得をしただけだ」
王は白々しく笑った。
「陛下」
「なんだ」
「“発作”のことは、ご令嬢にお話なさったので?」
ローグの言葉にラクディスは軽く顔をしかめて視線を落とす。
「まだだ。“発作”の話をして逃げられても困る」
「しかし、土壇場で知らされておらず急に押し付けられても困るとおもうのですがね」
「……それは解っているのだが」
ラクディスは難しい顔をする。
リードレント王族でも銀髪紫眼を持つ者に起こる“発作”がある。それは普通の病気と違い、永遠の呪いのように続いてきているものだ。
この“発作”が起こると、最低三日から下手をすると一ヶ月は動けなくなるのだ。
「彼女の手腕でしたら、公務の代行は可能かと思われたからこその求婚なのでしょう。ならばさっさと打ち明けておしまいなさい。打ち明けて断られたなら、彼女はそれだけの人間であったと言うことだけです。子だけ成した後に好きにさせてあげるがよろしい」
護衛の言葉がもっともなのはラクディスとて解ってはいる。しかし理解と納得は少々違うし、躊躇するほど彼女を愛しているのだ。
「仕方ない……日程の調整と彼女のへの連絡を頼む」
深いため息を吐いて彼はローグに命じた。
数日後、王城へ呼び出され王の私室へ通されたシェルシアは死ぬほど緊張をしていた。
王城へ上がるのは何かしらの催し物があるときに大広間や庭園とその周辺くらいだ。父親の侯爵は宰相をしているのでもっと奥深くへ入るが娘が足を踏み入れることは無い。
なにより、父親の職場よりもっと深い王族の住居に足を踏み入れたのだ。緊張もするものである。
「呼び出してすまないな。他人に聞かれてはあまり良くない話なんでな」
ラクディスはがちがちに体を固くするシェルシアに笑いかけた。
「い、いいえ。お話とは、なんでしょうか」
「楽にしてくれ。畏まる必要は無い」
とは言うものの、ラクディスの後ろには護衛らしい騎士がひっそりと立っている。
二人っきりならまだしも、知らない人間が居るとそうも出来ないものだ。
「あぁ、控えてくれているのはローグ=アウイン。私の護衛騎士だ」
ローグは頭を下げる。シェルシアも慌てて頭を下げた。アウインは家名ではなく、王の護衛でも一番高い位の名で下手な貴族よりも地位が高い。
「ローグがここに居るのは、彼にも関わりがあることでな……」
どう切り出したものかとラクディスは渋い顔をした。
一方のシェルシアは小さく首をかしげた。護衛騎士も関わりがあるということは、どういうことだろうか。
「この国は初代竜王シリウスが建国したことは知っているな」
「えぇ、この国の子供なら平民貴族問わず必ず聞かされるもの」
今更なんであろうかと不思議に思う。
「彼には四竜神と呼ばれる四人の優秀な仲間が居た。彼らの叡智と武功、そしてシリウスの人を率いる力によってこの国は出来た」
「陛下……?」
学院に上がる前には聞かされる話だ。何故今その話なのだろうか。
「四竜神たちは二人が森の民、二人が人間だ。“本来の神”ではない」
それも誰もが知っている。
「だが、シリウスは四分の一が神の眷属である竜の血を受け継いでいる。彼の祖母が竜だったのだ」
それも学院に入れば知られていることだった。
「シリウスの祖母フィオナは命からがら人間の世に降りてきたのだ。血に狂った闇の竜に血肉を貪られかけたが必死に逃げ、今のアクレリオス渓谷にたどり着いたそうだ」
聞いたことの無い話だった。驚きながらもシェルシアは沈黙で先を待った。
「彼女は夫になるオムニス・リードレントに拾われ回復した。だが、彼女は闇竜に血を啜られた影響なのか厄介な発作が度々起こることになった」
「発作?」
「そうだ。その発作は、フィオナから始まりシリウスや何百年と経った今でも銀髪紫眼の王族を苦しめているものだ」
「いま、も?」
シェルシアは首を傾げる。
「そうだ。私とシェーナは物心ついてから発作に悩まされている」
「聞いたこと無いわ」
「当たり前だ。初代の頃から隠された王族の秘密だ。知っているのは伴侶と、その発作のためにつくしてくれる人間だけだからな。君の父親のモント侯爵も知っているぞ」
シェルシアは大きな秘密に驚いて声も出ない。
「そして、ここからが本題なのだが……“発作”は普通の人間が起こすものとは違う。始まりは確かに病気と同じ様に動悸や寒気がし、眩暈も起こる。それ故に“発作”と呼ぶが正しくは“竜化”と呼ばれる」
ラクディスは一息ついて茶に口をつけた。
「竜化?」
「そう。一旦気を失った後、人間としての意識が消える。未熟な竜としての部分が血を求めて暴れまわる。ある程度まで血を飲むことで落ち着くのだが、元に戻る――人の意識を取り戻すまでに最低でも三日かかる」
シェルシアを見ると混乱したような戸惑ったような表情をしている。
「あ、血、を?私が、貴方に血をあげなければいけないということ?」
「いいや。それについては昔からローグに担ってもらっている。それに関しては心配しなくて良い」
シェルシアは「あぁ、だから」と呟く。護衛騎士がここに居ることに納得したようだった。
「意識を取り戻す時間についてなんだが、これは決まっていない。摂取する血の量と元にもどるまでの時間は、個人の性質と調子に寄るものなんだ」
彼女は首を傾げる。突然のことに頭がついていかないのに更に複雑になったからだ。
「はっきり言えば、銀髪紫眼の王族は魔法が使える」
「ま、魔法?!」
シェルシアは眼を瞠って驚いた。
この世界では魔法と魔術がはっきりと分かれている。
魔法・魔術に共通するのは世界を構成する力の理に沿って大規模な力を行使出来ることだ。だが、魔法はその摂理を捻じ曲げてでも力を具現化できる。力も魔術の比ではない。
魔術はもって生まれた才能があればどんな人間でも使え、魔法を使えるのは神や神の血を持つ者、そしてそれに順ずる者しか使えない。リードレント王族は後者の『神に順ずる者』に当たるのだ。
「そうだ。竜が魔法を使えることも知っているだろう?フィオナは古代竜でその力も大きい。こうして私たちがその色と名を受け継いでいるというのは、その魔力を受け継いでいるということだ」
それが良いことだらけならいいのだが、とため息を吐く。
「薄れていると思われる竜の血は私たちの中に未だ住んでいる。魔力はその血の由来でもあり、発作の際表に出てくるのはもう一人の自分、竜である私だ。闇竜に噛まれた後遺症を残したままのな。それが竜化の発作なのだが……この発作がおさまるまでの期間は生まれ持った魔力と力の種類、そしてまぁ後は体調次第で決まる」
「はぁ」
あまりのことに頭がついていかない。シェルシアが今理解したのはラクディスが魔法をつかえること、始まりの竜から続く発作があること、発作に血が必要であり治るまでに時間がかかるということだけだった。
「昔はまだ良かったのだが、ここのところ発作は少なくなったものの、回復するまでの期間が長くなってしまってな。この間は二ヶ月近く休んでしまった。その間の公務は宰相たちに丸投げ状態になった上、彼らでは決済できない書類が山のように溜まり事業も進まない有様で正直冷や汗をかいた」
そのときの焦りを思い出してラクディスは苦々しい表情をする。
万事に余裕がありそうな彼にしては珍しい顔をしたので、一瞬シェルシアはどきりとする。何故ここで、と彼女は内心疑問に思ったが、護衛の一言で我に返る。
「魔法の使いすぎでしょう。自業自得です」
国王に対して容赦の無い言い方にシェルシアはぽかんとする。
「解っているが、仕方ないだろう後々面倒にならないためにやっているんだ」
拗ねたように顔をしかめる。
「左様でございますか。そうやって陛下は部下の仕事を奪っていることに気づいていらっしゃらない。魔法にしたって本当に解っておられても何度でも申し上げますよ」
「……母親か貴様」
二人のやりとりにシェルシアは吹き出してしまった。
そんな彼女の様子にローグはにっこりと笑う。王族の私室で複雑な話を持ってこられたのだ。ずっと緊張しっぱなしも辛かろう、そして主君の砕けたときの人となりを見てもらおうという彼なりの配慮であった。
ローグとは幼い頃の付き合いであるので、どんな言葉を交わしてもラクディスは咎めることが無いことも慣れてもらわなければいけない。
「はぁ、それで、陛下?私に発作の事を打ち明けたのはまだ何かありそうな気がするのですが」
笑いの余韻を残して彼女は言う。その言葉にラクディスは口角をあげた。
「君は父親の代わりに領地経営に関わっていただろう。その手腕と知識を生かして欲しい」
「えぇ、確かに宰相である父の仕事を手伝ってはいましたが……そこまで優秀では……」
これはどう考えても嫌な予感しかしない、とシェルシアは気づく。そして満面の笑みのラクディスを見て確信に変わる。
「謙遜するな。私が見た限り問題は無い。私が発作で臥せっている時に代行をして貰いたいだけだ」
王の仕事を代行する?
「そ、そんなことできるわけっ――」
「私が出来て君が出来ないはずが無い」
叫ぼうとして遮られる。しかしそれとこれとは違う。
「生まれながらの王族といっしょにしないで下さる?!」
「やる事は領地の経営と大差は無い。規模が違うだけだ」
嘘をつくな嘘を!!とシェルシアは叫びそうになった。国全体と領地全体では規模どころか内容とその責任自体が違う。
「陛下、そのような権限を私に渡して下手なことになったらどうするのですか」
「そんなものは軌道修正すれば良い。一ヶ月の不在ごときで飛び火するような問題などとるに足らん。余程の案件で無い限りは捌いてもらいたいのだ。そうでもせぬと執務の滞りが激しくてな……」
彼女の質問に苦笑して返す。
「それにこの間求婚しに行ったときに確信した。君はこの国をよく見ている。王族の結婚のことも良くわかっているようだし、臣下としてとても優秀だ」
「お褒めに預かって光栄ですけれど、私を王妃にしたらモント侯爵家への不満が少なからず出ると思うのですが」
「はっ、今更それを言うか」
シェルシアは嘲る様な声にん?と顔をしかめてラクディスを見る。果たしてその表情はラスと名乗っていた頃と同じような嘲笑だった。
「……今更とはどのような意味でございましょう」
「君が今更そんなことを言うとは、という意味だ。それから、そんな事を言い出すバカがいないとでも思ったかということも含まれる」
嫌味な笑いを浮かべる彼にカッと頭に血が上り口を開こうとした瞬間。
ごっ。
とラクディスの頭にローグの拳が振り下ろされた。その拳を見て言葉が引っ込んでしまい、ぽかんと口をあけるという醜態を晒してしまった。
「申し訳ございません、侯爵令嬢。陛下は貴女の良い返事が欲しくて拗ねてしまったようで」
そう言いながら拳をぐりぐりと動かす。ラクディスの悲鳴が聞こえてても容赦が無い。
「す、すねて……?」
シェルシアはあまりの光景におろおろしながら聞く。
「そうなのです。陛下は子供時代からスレていらっしゃる。国のため、自分を捨て去った時期が長過ぎてしまい女性の口説き方もなっていない」
「ローグ!」
「だまらっしゃい。貴方も少しは素直になるがよろしい。今の今まで求めた相手にあの言い草は無いでしょう。そのくらいはとっくに解決していると一言言えば済む話でしょうが!いい加減になさい」
余計な事を言うなと言おうとしたラクディスに拳を食い込ませながらローグは笑顔で叱る。
一方のシェルシアはローグの「今の今まで求めた相手」という部分に真っ赤になっていた。まさかそんなに思われていたのが今更になって気づいた、というより実感が湧いたのだ。
「あ、あの、その、ローグ様、もうその辺で……私は気にしておりませんから、陛下を解放して差し上げてください」
そのために、延々と説教をしながら国王の頭を拳で押さえつける護衛にそう声をかけるのも少し遅れてしまった。ローグは失礼しました、と言ってラクディスの頭から拳をどける。
「……すまない。ローグの言うとおり、文句を言う奴らも納得済みだ。むしろ君の父上が胃を抑えて顔を真っ青にして君で大丈夫かとしつこく聞いてくるぐらいしかない。その様子で奴らも同情したというか納得したというか」
頭をさすりながら言う。やはり痛かったらしい。
「お父様……」
我が父ながら酷いとシェルシアは複雑に思う。領地経営や宰相としての能力と人を見る目はとても優れている人なのだが、如何せん気が弱い。権力闘争とも無縁でいたいし、出来ればどんな争いにも首を突っ込みたくないという根っからの平和主義者だった。それでも国が傾き始めたことに憂い、ラクディスの臣下として粛清に加担せざるを得なかったのは殆ど苦渋の決断だったのをシェルシアは知っている。とはいえ、娘の結婚に反対する理由が「娘が王宮に相応しくないお転婆だから」とは酷い話である。普通の貴族なら娘を売り込むのではないかと思うが、それはそれで嫌だなとも思うのだ。なんにせよ、父親は自分のことを心配してくれているのだから文句を言えない。
「いきなり公務を変われ、ということはない。発作も暫くは無いだろうから、その間に色々と学んでもらう予定だ。手配も一応してあるし、私もある程度は教える。どうか、頼まれてくれないだろうか」
ラクディスは頭を下げる。
国王が自分に頭を下げるという大事と共に、先ほどのローグとのやりとりやラスだったころのような表情、そして真っ直ぐな声にすとんと自分の気持ちが落ち着いたことにシェルシアは気づいた。
お互いの知らない時間があったことの不安、自分が王妃になるという厳しい現実の不安、自分のせいで竜王が貶められるような事があってはいけないという緊張など様々な負の感情に負けて、今まで忘れていた気持ちが蘇ってきたのだ。
目の前を歩く男への憧れ。学院にいた頃はラスと成績を争っており、良く喧嘩もしたが彼の見ている世界が少し違うことに興味を持っていた。この男なら退屈しない、共にあっても良いとどこかで思っていたのだ。それが友人であるか妻であるかは考えてもいなかったが。
そして未来を見るその瞳に憧れていたのだ。ラスの見る未来を見てみたいと。
その瞳が見ていたものを彼女は見てきた。これからも見たいと思う。
――あぁ、あの頃から私はこの人のことが好きだったのだ。
「私の、出来る範囲までですよ?」
肩の力を抜いてシェルシアは言う。
「あぁ、それで良い。これからよろしく頼む」
「はい、陛下」
ほっとしたようなラクディスにシェルシアは笑顔で返した。
「貴方の良き片腕として、良き妻としてお側にいさせていただこうと思います」
その言葉に、ラクディスは驚いた後に笑った。深く優しく、満足そうに。
血塗れの竜王ラクディスと侯爵令嬢シェルシアの結婚式は恙無く行われた。
神話時代の終わりを告げる大きな出来事が後に起こるが、二人は共に手を取り合い戦い生き抜いていったという。