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3、バレンタインのアイス、チョコレート味

それから、彼女との再会はすぐにやってきた。

お決まりの数日後に、ではなく一時間後に。

短い。

彼女が、俺の病室に来てくれたのだ。

突然のことに驚いてしまった。

こんな短くて良いのか、と呆れてしまったのも事実である。

こういう再会では、良いシチュエーションで、感動するのがセオリーだ。

それを見事に打ち破ってくれた。

しかも、来た理由を聞いてみると、


「返しに来た」


そんな戯言ざれごととともに赤いマフラーが投げ返された。


「何を? って、うぇぇぇぇぇぇっ?」


そんな言葉しか俺には返せない。

しかも今度は車椅子ではなく、普通にすたすたと歩いて、ドアの先からひょっこりと顔を出したのである。そう言えば、自分の車椅子に戻るときも、普通に歩いていたことを思い出す。どうやら、車椅子は疲れないための措置らしい。

ベッドの隣にある一つしかない丸イスにチョコッと申し訳なさそうに座る。


「なによ…」


そして、にらまれた。


(座っても良いなんて言ってねえよ…)


まだ、よく状況が飲み込めていない俺は、ただ混乱するばかりだった。

片足を上から吊られて間抜け顔をしている俺をみて、少し微笑。


「なんだよッ!」


「何でも」


そんなにぶっきらぼうに言われたら、嫌われてるみたいじゃないか。

数秒間、二人とも喋らなかった。気まずいせいもあってか、彼女も口を閉ざしたままだ。

俺は返された赤いマフラーをもてあそびながら、彼女の顔を見る。


「タケマサシンタロウ……さん」


「うぇっ?」


目を開わせた瞬間、突然彼女が俺の名をボソッと言った。


「あれ?オレ、名前言ったっけ?」


記憶の中では、自分の名前を言った覚えはない。

当たり前だ。出会ったのは、たった一時間前なのだから。

名前を言う暇もなかったはず。

彼女は、あれ、と言って、申し訳なさそうに病室の入り口を指す。


「病室の入り口に名前、書いてあったから…」


病室の前のネームプレートを見て、俺の名前を知ったというのだ。

至って、興味を持っていないのか、言葉のリズムは平淡だ。

恥ずかしいのか、うつむき加減に下を向いていると、彼女の表情が長い黒髪に隠されてしまって、よく分からない。


「合ってるでしょ?名前…」


そのプレートは漢字表記だから、読み方を聞いているらしい。

武政慎太郎。確かに合ってる。


「お、まえは?」


「え?」


照れくさくなって、俺は顔を背けた。

彼女が俺の名前を知っていても、俺は彼女の名前を知らない。

そんなの卑怯だ。俺だけ名前を知らないなんて。


「イツキアヤメ」


そう透き通った声が聞こえた。


「アヤメ?」


「そ。アヤメなんて名前だけど、好きな花は霞草かすみそうだから」


そこまで聞いていない。

ちょっとした溜め息をついて、呆れ顔を見せる。


「んで、何の用だよ」


まさか、足の吊られた無様な俺の姿を笑いに来たわけではあるまい。


「くれたマフラーを返しに来ただけ。それと…」


ほら、やっぱり。タダより安いものはないってか。


「これ…」


俺の前に出されたのは、ビニール袋だった。

身を構えてそれを受け取り、中身を確かめてみる。中にはいくつものアイスが。

それもチョコレート味のみが三つも入っていた。


「これは?」


「……お礼」


次期的に、アイスの季節ではないのは確かだ。三つもあったら、お腹を壊すどころではなく、しかも病院にいるのに、お腹を壊すという、冗談では済まされないことになる。

そんなオチだけは嫌だ。

そんな嫌な事を考えていたら、顔に出てしまっていたらしい。


「このバカちん!」


「ぐえ」


頭を、ゲンコツで一発、コツンとくらわされた。

かえるかれたような声を出して、情けない顔で頭をさする。

涙目なのはカッコ悪いので秘密。


「痛えなッ!」


「知らない」


可愛い顔をして、やることは本当にツンツンしている女の子だ。はっきり言って、可愛いのに勿体もったいない。その性格と言葉遣いがネック。

しかし、バレンタインに、こんなアイスを貰うとは、思いもしなかった。


「んで、いいのか、貰っても」


仕方なく、袋を貰う。


「ん、今日は特別だから」


そう言って、にっこり笑った瞬間、次の言葉がいけなかった。


「バレンタインだから?」


顔から、本当に煙が出てしまうぐらい赤くなって、彼女は硬直してしまった。


「ば、バカ!義理だからね!あ、……」


墓穴を自分で掘っていた。


「ぷ、あははッ、ははははッ!」


大笑いして、本当に小さくなってしまった彼女の肩をバシバシ叩く。


「もう知らないっ」


俺の顔を見ることなく、ぶっきらぼうにドアの方へ行く。フン、と鼻でつっぱっているようにも見えた。


「さんきゅ」


ぼそっとお礼を言ってみた。

すると、彼女の歩みが止まった。背中をこちらに向けたまま、微動だにしなかった。

どんな顔をしているか分からなかったが、きっと曖昧な顔をしているのだろう。


「勘違いしないでよ、ほんとにマフラーのお礼なんだから」


そう言って、出て行った。

そんなに、マフラーのお礼にしたいのか、ちょっとばかりへこむ。

先頭きって、あそこまで否定されたら、こちらも微妙だ。だけど、うれしかった。

たった一時間前に出会ったばかりで。しかも、マフラーを渡しただけ。

それの見返りが、アイスとは笑える。

まあ、チョコレート味にしたのは、今日がバレンタインだから、というのもあったをだな、なんて自分勝手に決め付けてみた。


「春は来ないか…」


まあ、当たり前だよな、と一人ごち。

こんな時に入院して、見舞いに来てくれたのは家族だけ。

女の子一人、来やしない。

くそ、と心の中で毒づく。だけど、空しいのには変わりない。

病室の騒がしさも彼女が出て行ってから消えてしまっている。


「はあ」


ビニール袋を握りしめ、長く息を吐いた。

これは秘密だが、そのアイスにはスプーンが付いていなかったので、自分で売店まで取りに行ったのは、今でもアヤメに言っていない。

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