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【春一、一輪の花】1、あやめ

春は短く、とても長い。

「あやめ?」


花瓶に入っている数輪のあやめが、風でゆらりと揺れた。

春らしい外の涼しい空気が、病室の重い空気を払拭してくれた。

お見舞いの品として持ってきたのだが、彼女が好きな菓子詰めを持ってくる予定だったのを、金欠により取り止めたことは内緒だ。

それなりには、役に立ってくれそうだった。


「ああ、好きだろ…あやめ」


「ふふっ、確かに私の名前はアヤメだけど、私が好きなのはカスミソウだよ?」


笑った顔が、可愛かった。


「うぇっ?そうだっけ…」


と言って、髪の毛をバリバリかきむしる。


「あはは、また出た。

「うぇっ」

、口癖だよね、慎ちゃん」


その笑顔に、少しだけ安堵して、俺も笑った。

もう20になると言うのに、まだ彼女は俺を

「慎ちゃん」

と呼ぶ。

腐れ縁だったらあり得るかもしれないが、まだ彼女、イツキアヤメとは出会って一ヶ月しか経っていない。おかしな事かもしれないが、彼女とはこの病院で知り合ったのだ。

俺がバイクで事故って、この病院にかつぎ込まれて。

そして、出会った。よくいう、運命の出会いなんてものではないけど。


「まだ、寒いだろ。窓閉めるよ」


三月にしては涼しい風を通す窓を閉める。途端、医薬品の臭いが鼻についた。

振り返ると、フリルをあしらった淡いライトピンク色のパジャマがそそった。

なんだかクマのぬいぐるみをいじっている。テディーベアというやつだろうか…


「慎ちゃん…大学はいいの?」


「……いいんだ。俺は頭が良いから大丈夫なんだよ」


なんて、そんな戯れ言を言ってみた。


「…………よ」


「えっ?」


彼女の言葉が耳に届かない。

ただ機嫌を悪くしたように、頬を膨らませている。そんな姿だけを見れば、子供みたいにも見えるのが不思議だ。

ぽいっと、ぬいぐるみを俺に投げつけた。


「なんだよ」


「……なんでもない」


陰が入ったように彼女の表情が暗くなる。

どこか体調がかんばしくないのかもしれない。

俺は彼女がなぜ、ここに入院しているか分からない。どんな病気なのか、どんな怪我なのかすら俺は知らない。

ただ彼女はここに一年近く入院しているらしいと言うことだけは聞いた。それから判断するに、重い病気なのかもしれない。だが、彼女を見る限りそんなふうには思えなかった。


「ねえ、覚えてる?私たちが出会ったときのこと」


それは、一ヶ月前の二月十四日のバレンタインデーだった。俺が事故ってから三日経ったバレンタインデー。きっと生涯で最悪のバレンタインデーだった。


彼女と会うまうまでは。

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