【第一話】絞首台のミイラ 前編
親父が旅立ってから数週間が経った。
未だに少年はファービィを手にしていない。それどころか外出してすらいなかった。
RPGに夢中なのである。
「……」
黙々とレベルを上げる姿は廃人に近い。少年は無思考のまま、淡々と作業を続けた。
その姿は以前の情熱に燃える少年とかけ離れたものである。
まさに死人だった。
ガタン!
窓ガラスが揺れた。
少年は物音に気付き振り返る。
するとそこには、ガラスにビッチリ貼りついたファービィがいた。
「……」
(懐かしいな。ファービィか)
少年は物思いに耽るかの様子でファービィを見つめる。
ファービィはするすると窓を開け、中に入ってきた。
口に手紙を加えていた。
女性の筆体である。
「是非とも会いたい。以前から姿を見ていない。連絡をくれ……」
「……母さんだろうか」
氏名に目をやると「シスター」と書いている。
少年は全く覚えがない。
「お前の名前はマスタードか……」
伝書鳩役を務めたファービィは、その黄色い体型からか、マスタードと名付けられている。
マスタードは急かす様にして少年の裾を引っ張った。
「嫌だよ……俺は行かない」
「俺はもう二度と誰にも会いたくないんだ。一生この部屋で親のスネかじって生きる」
親父との約束はどうしたんだよ!と言わんばかりにマスタードは跳ねる。
「親父か。アイツも見る目がない馬鹿だったな……」
「ちょっと待て。なんでお前親父を知ってる?」
マスタードは「理由が知りたければついて来い!」と言いたげにギリギリ睨む。
少年もその威圧感に押されて遂に外出する事に決めた。
中学時代に着ていた白いパーカーをピチピチに着こなし、ズボンはシャカシャカの黒。
非常にダサいがマスタードは何も言わなかった。
やがて一件の屋敷にたどり着く。
結構な豪邸である。
少年は今さらながら「呼び出した女は誰なんだ?」と訝しがる。
そして玄関に足を踏み入れると、少年は驚愕の人物を目の当たりにした。
「親父じゃないか!!親父が女装している!!」
「私はおやっさんの双子の姉。便宜上シスターと呼ばれているわ」
「シスター……」
シスターは黙々と少年に近づく。
そして思いっきり頬をひっぱたいた。
「数週間も経つのに何やってんのよ」
「いやシスター。俺はもういいんだ。もう夢は諦めたんだ」
「諦めたって……まだ何もやってないじゃない!?」
「もうファービィを買いに行くのすら面倒臭いんだ。向いてないんだ、俺には……」
シスターは(コイツのどこに見所があるんだ)と感じつつ、渋々3匹のファービィを執事に用意させた。
「無料でやるわ。好きに選びなさい」
シスターが語る。
右の白いファービィはシャロン。
臆病で繊細で根性はないが、追い詰められたときの破壊力は凄まじく、半狂乱になると言う。
中央の目付きの悪い、黒と緑のブチはゲッペルス。
見るからに闘争心が激しいが、強いものにはひたすら弱く、飛び掛かろうともしない。
左の赤く華奢なファービィはポソ。
脚力胸筋ともになく、主に心理的な嫌がらせで相手に立ち向かう。
勝負には負けるが後に相手を心労で自害まで追い込むという。
「さあ。早く選んで」
「困ったな……ファービィなんていらないのに」
「貴方ね、親父に恥ずかしく思わないの?」
「いや。どっちかと言えば、俺も無理矢理親父に言い詰められた形で、寧ろ被害者だと思ってるんで……」
シスターは呆れた。
こんな奴は放っておこう。
そう思いその場を後にする。
「あっ!こら!」
ゲッペルスがシャロンと性行為に及ぼうとしていた。
シスターは慌ててファービィ達を連れて行く。
残された少年は呆けたままだった。
野外。
少年は疲れたのは体育座りで空を眺めている。
さらに暇なのか蟻の群れをプチプチ潰していた。
傍にはマスタードが寄り添っていた。
「お前は俺に同情してくれるのかい?」
マスタードは首を横に振り、蟻を口先でちょいちょい摘み始める。
少年は虚しい気分になり、石をぽいぽい投げた。