【序章】
諸君はファービィを改造する遊びを知っているだろうか。
ファービィの身体を新たなパーツを組み込む事により絶大なパワーアップを図り、友達のファービィと戦わせるのだ。
現在小中学生の間で大変流行している遊びである。
「見ろよ!俺のファービィ、青毛だぜ!」
少年が得意気に見せるのは青いファービィ。
手並みにもレアリティがあり、少年達の収集欲(コレクター心)をくすぐる。
「へへーん。俺なんか赤だぜ、赤。情熱の赤!」
負けじと相手の少年も自前のファービィを自慢する。
少年達に間で大切なのは資産価値ではない、如何にファービィに愛着を持ち、自慢できるかなのである。
青いファービィと赤いファービィが並んだ。
今からバトルが始まるのだ。
少年は丹念に背中のネジを巻く。
「1、2、3でスタートだからな!抜け駆けは無しだぞ!」
「分かってるよ!じゃあ行くぞ!」
少年は同時に手を離した。
すぐさま、赤いファービィは青いファービィの耳先に噛み付く。
「フィギイイイイイイ!!」
「行け!殺れ!殺せ!」
少年の煽る声に呼応するように、ファービィの目は血走り、相手を激しく攻撃する。
手段は多彩である。嘴で突つく、身体を噛みちぎる。意図的にネジを破壊しようとする素振りも見せる。
ファービィと言っても猛禽類である。
その鋭い嘴は相手の肉を削ぎ、内臓を抉りだす。
次第に優劣がハッキリしてきた。
青いファービィが目に見えてズタボロに引き裂かれている。
「ピギイイイイイイ」
「ああ〜っ!俺のファービィ!」
かん高い叫び声をあげる青ファービィ。
だがこの程度の苦痛は序の口である。
両方命が懸かった勝負、決して手を抜いたり容赦したりはしない。
そのうち素早い攻撃の集中は眼に集められた。
「ブゴッ!!ブゴオオオオ!!」
死を目前にした生命の悲鳴は例外なく、豚の叫びに似ている。
理性をなくし獣の如く雄叫ぶファービィに、少年達は身震いした。
「ゲエエエエエ!!」
激しい嘔吐。
崩れる様に倒れ、青いファービィは痙攣する。
恐らく脳に致命的なダメージが与えられたのだろう。
そのままビクンビクンと跳ね、現場はじわりじわりと血の海になった。
そして青いファービィはゆっくりと目を閉じた。
「……」
「俺のファービィの方が強かったらしいな」
「……」
「ちくしょーっ!!」
少年は駆け出した。
愛するファービィを失った悲しみ、そして勝負に負けた悔しさ。
複雑な思いが少年の心を蝕み、自宅に引きずり込まれるように、帰っていった。
青いファービィの死骸は、赤いファービィが美味しく頂いた。「……」
自宅に帰った少年は泣いた。
ベットの上で膝を抱え、泣いた。
あれほど愛着を持ったファービィだったのに。
初めて自分の金で買ったファービィだったのに。
あそこまで……完膚なく叩き潰されるなんて。
「……」
少年の苦痛はいうまでもない。
新しいファービィを買うにも、既に少年に財産はなかった。
「やっと…やっと始まる所だったのに」
少年はベットシーツを握り締める。
彼のファービィ生命は断たれたに等しかった。
だがその時。
扉の向こうで気配がする。
気配というより殺気だ。
血生臭い猛者の匂いだ。
「この野郎……」
扉が開くと眼帯を着けた男性がいた。
腹巻きを身体につけ、煤けて黒い肌は不潔感より、力強さを感じさせる。
「負けて帰ってきたのか」
「……」
「ファービィはどうした。死んだのか」
「……」
少年は無言で頷く。
男性は少年の横に腰掛けた。
「俺は負けた事を責めるつもりはねえ。誰だって敗北を経験することはある」
「だが……俺が許せねえのはな」
バキッ!
歯も折れんばかりの勢いで、男性は少年の顔を殴った。
少年は口から血を吹き出す。
「俺が許せねえのは、いつまでもメソメソ泣いてる事と、死んだファービィを放っぽり出して、逃げ帰ってきた事だ!」
男性は凄まじい剣幕で怒鳴った。
少年は感に打たれたか、不意を打たれたか、呆然と男性の顔を眺める。
「自分の為に戦って死んだファービィに恥ずかしくねえのか!それがたった数時間の付き合いだとしてもだ!」
「そ……それは……」
少年は口を噛み締める。
男性は懐から何か取り出した。
それはファービィだった。
「俺の自前のファービィだ。黒毛に赤い鶏冠……俺はストライプって呼んでる」
ストライプは鋭い眼差しで少年を睨む。
「こいつを貸してやる。青いファービィの死骸を取り返してこい。そして、殺った奴を殺してこい」
「おやっさん……」
「こんなのは今回一度きりだ。次はねえぞ」
「おやっさん……すまねえ、おやっさん」
「次からは二度とてめえの尻拭いはしねえ、覚悟しろ」
「……」
少年は涙ぐみながらストライプを受け取った。
そして眉を改め、再びあのベンチへと飛んで行く。
ストライプの戦いは凄まじい物だった。
赤いファービィを完全に圧倒し、あっという間に屠ふったた。
対峙した瞬間に決着はついていたのである。始めから赤いファービィは戦意喪失していた。
「あ……ああ……」
「悪いな、坊主」
相手の少年は涙を零す事すら忘れ、狼狽える。
ストライプは相手の小腸を掻き分け、青いファービィの物と思われる、青毛を見つけだした。
そっと少年に渡す。
「……」
(俺が未熟だったばかりに……お前を死なせてしまった……)
少年はギュッと胸に押しあてた。
そしてそのまま口に運び、飲み込んだ。
「ありがとうストライプ……お前のお蔭で仇が討てた」
ストライプは(例なら親父に言え)と言わんばかりにそっぽを向く。
親父の命令でなければ、お前の様な軟弱漢には従わない、と。
「……」
少年は無言で家に帰った。
それから数日後である。
親父が家を出ていく事になった。
「また武者授業の旅ですか?」
「ああ、こんな雑魚ばかりの街じゃ、腕が錆付く。北に向かうぜ、俺らあ」
「……お世話になりました」
「口先の挨拶はいらねえ。感謝なら言葉で示せ」
男性は少年の胸をトン、と叩く。
「お前は早く相棒を探せ。そして、俺と肩を並べるほど強くなってこい。礼はそれからだ」
「……」
「お前は俺の実の息子じゃねえ。だが、俺は自分の息子以上に、お前に期待してる」
「……はい」
「勝ち上がってこい。邪魔する奴は殺してこい。いつか見違えて逞しくなったお前に会えるのを、待ってる」
「……」
少年は涙で前が見えなかった。
親父は何か呟いて、颯爽と旅に出ていったが、少年は暫く立ち止まり、泣き続けていた。
いつか親父を越えてみせる。
少年が一生誓った、運命のあの日の思い出である。