透死能力
死期が近い人間の顔がどんどん透けて間際には見えなくなってしまう。
そんな能力を隆志は持っていた。
祖父母にとって隆志は初孫だった。
両親の結婚には難色だった祖父母だが隆志が生まれてからは人が変わったように顔が綻んでいたという。
隆志が行けばいつも少ないながらお小遣いをくれて隆志の好きなおはぎやカレーライスを用意してくれていた。
隆志が高校入学した最初の梅雨時
「おじいちゃん急に入院してもう危ないらしいから今から病院行く準備して」
少し慌てた母親に急かされた。
病室の祖父はすでに意識はなく静かに病床に伏していたが祖父の顔はなぜか透けていて頭部を支えているはずの枕が目に入った。
ほどなく祖父は息を引き取った。
祖父の葬儀は身内だけでしめやかに行われた。
長年連れ添った祖母も悲しみに暮れていたが、そんな祖母の顔に若干透明感を隆志は感じた。
そして半年後、祖父を追うように祖母も癌で亡くなった。
数年後、隆志は大学を卒業して東京に本社のある出版社に就職した。
新入社員歓迎会2次会の席、向かいに入社4年目で事務担当の依絵が座っていた。
酒の席で、秋田の女性は色白で清楚な人が多いらしい、そんな話題になっていた。
「私、秋田出身ですよ」
依絵が言うと酒の席は一層盛り上がるのだった。
入社して3か月、隆志は仕事に四苦八苦していた。
残業は茶飯事で帰宅は21時を回るのが当たり前であった。
仕事柄、出版物に目を通す機会も多いせいか夕方になると目が霞んで眼精疲労を強く感じていた。
平日をなんとか乗り切って休日は外出の気力もなく自宅でぐったりする、そんな繰返しのある日
「今度の日曜日、良かったら一緒に食事に行きませんか」
スマホに届いたメッセージは依絵からであった。
退屈で味気ない日常を過ごしていたならば、喜ばしい申し出に感じたかもしれない。
だが今の隆志に余裕はなかった。
実際、仕事以外に脳のリソースを割くことが不安で趣味のゲームもしばらく封印していた。
「ご連絡ありがとうございます。今週ちょっと忙しくて時間取れそうにないんです。せっかくのお誘いなのに申し訳ありません」
丁重に返信して、明日以降の段取りを効率化すべく隆志は神経を仕事に集中させた。
後日、勤務姿勢や実績が評価されて隆志は社外カンファレンスのサポートメンバーとして同行が決まった。
異例とまではいかないが入社半年もたたずに社運を左右する会議への同行は将来を嘱望されてのものだった。
この日の帰宅は23時を過ぎたが隆志の足取りは軽かった。
「苦しい日々が続いていたが真面目な頑張りが報われた、さらに精進しよう」
決意を新たにするのだった。
気力の充実とは裏腹に、身体への負荷、特に眼の疲労は溜まっていた。
「かすみ目がひどいな、休日に時間を見つけてメガネを作りに行くか」
鏡に映った自身の顔色はぼやけておりお世辞にも芳しい色合いではなかった。
気力と身体のギャップを感じつつも翌日へ備えるべく隆志は手早く入浴を済ませた。
就寝前、スマホに複数の着歴があることに気が付いた。
日中は忙しいためプライベートの返信はどうしても遅くなる。
「先日は突然連絡しちゃってごめんなさい。驚かせてしまったでしょうか?」
「もしご迷惑じゃなければ、その次の週にでも一緒にお食事いかがですか?」
依絵からであった。
「来月のカンファレンス出席の準備と、その間の社内業務を進めておかないといけないので、2~3週間は休日出勤になりそうです。再三お誘いいただいたのに申し訳ありません。ご連絡ありがとうございました」
職場では依絵は先輩である。
新入社員としてどういった距離感で対応すべきか困惑しつつも隆志は無難に最低限の返信をした。
翌日出勤後、隆志は同室にいる依絵に目をやった。
隆志のデスクは部屋の端で依絵のデスクとは離れていたが視線正面の向かい合う位置に配置されていた。
互いに目が合い軽く会釈してその日の業務を開始した。
隆志はふと違和感を感じた。
「依絵さんってあんなに透き通った色白だったろうか?」
初対面の時と比べて印象が少し変わったような気がした。
その夜も依絵からのメッセージがあった。
「今日もお仕事お疲れさまでした、カンファレンスの準備、順調に行くといいですね。明日も頑張りましょう!」
以後、毎日のようにメッセージが届き、その数は増えて内容も次第に私生活に踏み込んだものになってきた。
連日の残業や休日出勤で隆志の疲労はピークに達していた。
「どこかで少しまとまった休みがないとやばいかな」
その日は依絵への返信も忘れて入浴する気力もなく着替えてすぐに泥のように眠った。
翌朝、隆志は通勤時にメッセージの着歴に気が付いた。
仕事全集中の隆志にとって連日の依絵からの着信は正直なところ煩わしかった。
「さすがに先輩相手にテンプレコピペってわけにいかないしな。どうしたものか」
メッセージの履歴を開くと隆志の目は丸くなった。
「なぜ無視するの?」
「私、何か嫌われるようなことした?」
依絵からのメッセージは20を超えており隆志は軽く戦慄を覚えた。
「交際してるわけでもないのにどうしてそうなる……今は時間がないのでとりあえず出社後に直接謝るか」
多忙のストレスや疲労もある中で、隆志は理不尽さを感じた。
出勤後、デスクにつくと隆志の脳裏に緊張が走った。
透き通った色白というレベルではなく依絵の首から上が見えない!
依絵が早まったことをしてしまうのではないかと不安で隆志は仕事が手につかなかった。
それでも出版物と新聞記事の照合作業の仕事を何とか終えて正面奥のデスクに目をやるも依絵の姿がない。
不安な気持ちを抑えつつ、隆志は洗面所で新聞のインクで汚れた手を洗っていた。
突如、背中から鋭いとも鈍いとも感じる痛み、そして直後に腹部を貫通する金属の冷たさとその端を伝わる液体の暖かさ。
二つの相反する感覚を覚えながら隆志は前のめりになった。
洗面所の鏡には首から上が見えない間近に映った自身の姿、その後ろには顔が映っていない色白の首が見えた。
最後の瞬間に隆志は悟った。
時折鏡に映った自分の姿がぼやけていたのはかすみ目だけが原因ではないことを。




