なにか、言い残すことある?
「…………なにか、言い残すことある?」
ヨヒラを鷲掴みにしたまま、そう問いかける。
「…………セツ?セツさ〜ん?あの、なんか怖いですよ?もう、そんなに眉間に皺寄せてたら友達にも怖がられちゃいますよ!って、セツに友達なんていませ、ちょ、ちょっとまって!ほんと、ジョーダン、冗談ですって、まってまって魔法の準備しないで!!ここ室内ですから!!こんなところで魔法なんて撃ったらアサナに怒られますよ!!?」
ヨヒラはピィピィとそう喚き立てる。
確かにこの鳥もどきの言うことも一理ある。
ここでわたしが魔法を放ちでもしたら必ずアサナにも連絡が行くことだろう。その場合、わたしもあとで彼女に怒られることになる。
そうなると魔法を使うのは得策ではない。ならばどうするか。考え、思いつく。
「ほっ。そうですよそうですよー。魔法なんて野蛮なことやめて、平和的にお話ししましょ。って、セツ?その箱どうしたんですか?あ、もしかして自分の寝床ですか?うーん、ちょっと小さいけど、まあ我慢しま、ちょ、なんで蓋閉めるんですか!?暗い、暗いです!?まって、振ってる!?もしかしなくても振ってますよね!!?ぎゃ、虐待だーー!?」
気が済むまで鳥もどきを入れた箱、本来は杖を入れておくための小さな容器、を振った後、わたしは蓋を開けヨヒラを解放する。
彼はフラフラとした足取り、文字通りに千鳥足で箱から這い出ると、そのまま机の上に倒れ込み、目を回しながら口を開いた。
「うぷっ、き、きもちわるぃ…………」
「鳥ではあるんだし吐き戻しなんてよくあることでしょ?」
「いや、本物とは違いますからね…………?」
そういうものなのだろうか。まあ、本人が言うならそうなのだろう。
そんなふうにわたしは適当に自分を納得させた。
それから、ヨヒラの体調が戻るまでしばらく待ち、先程からずっと疑問に思っていたことを彼へ問いかける。
「それで、どうしてヨヒラがここにいるの?」
「それがですねー、聞いてくださいよ!あの過保護なバカ親もとい親バカが、セツのことが心配だからしばらくはお前がそばにいてやれーって、屋敷でくつろいでた自分を無理やり追い出したんですよ!ひどくないですか!?」
なるほど、そういう理由だったか。
正直なところ、ヨヒラには悪いがアサナの判断には感謝しかない。
ついさっきまで一人でセンチメンタルな気分になっていたのだ。賑やかし以外になにもしないであろうヨヒラでさえ、今のわたしにはいてくれるだけで心強く、嬉しかった。
が、そんな心情をまっすぐ彼に伝えるのは恥ずかしすぎるため、わたしはなんでもない風を装い、意識して苦笑をうかべ、返答する。
「そっか。本当にアサナは過保護っていうか、わたしたちのこと大好きすぎるっていうか」
「そう!そうなんですよ!自分もセツなら大丈夫って何回もいったのに、聞きやしないんです!」
――――ナイス!アサナナイス!!
わたしは心の中でアサナの選択を賞賛した。よくヨヒラの説得に応じず彼をこちらに送ってくれたものだ。
次屋敷に帰ったとき、感謝を込めて肩たたきでもしてあげよう。わたしは心のメモに肩たたきと書き込んだ。
「ところで、入学式はどうでした?ちゃんと出席しましたか?」
わたしが一人アサナへのお礼を考えていると、ヨヒラがそう尋ねてきた。
「自分の予想では、入学式中にあまりの人の多さに耐えきれず失神が本命、そもそも会場に行かないが対抗、大穴で会場を壊す、ですね。さあ、正解は!?」
こ、この鳥もどき、わたしのことをなんだと思っているのか…………!
反射的に何か言い返そうとして、その前に昨日、そして式中のわたしのことが思い起こされた。ヨヒラの予想通りわたしは式中何度も失神していたし、なんなら前日にはズル休みも会場を壊すことも、実行するか真剣に考えていた。
…………うん、まあ、それでも実際はちゃんと真面目に式に参加したのだし、問題はないだろう。
わたしは自分の中でそう結論づけ、ヨヒラの予想を無視し、誤魔化すように返答する。
「ヨ、ヨユーだよ、ヨユー。なにも問題なし!」
「へー、その割にはさっきまで床に倒れ込んでいたみたいですけど」
彼は胡乱げな目つきでわたしを見つめ、そう言った。
――――くぅ、鳥の姿をしているくせに表情豊かなやつめ。
わたしは彼の視線に耐えきれず明後日の方向を向き、そのまま話題を変えるように彼へ質問を投げかける。
「そ、そういえばアサナは?ヨヒラがここにいるってことはアサナは屋敷に一人ってことでしょ。アサナ、寂しくて死んじゃわないかな?」
彼の意識を逸らすための質問ではあるが、わたしとしてもアサナのことは気になっていた。
普段は何かと口うるさい彼女だが、あれで案外寂しがり屋なところがある。いつも賑やかな屋敷に自分一人というのは、いくら彼女でも少しばかり辛いのではないか、そう思ったのだ。
まあ、わたしがそんなことを考えていたとアサナが知ったら、他人の心配より自分の心配をしろとでも言うのだろうが。
「あの人はセツみたいにメンタル弱々じゃないですし、大丈夫でしょ。それに、来月あたりから仕事でしばらく屋敷を離れるっていってましたから、忙しくて寂しさを感じる余裕もなくなるんじゃないですかね」
ヨヒラの言葉を聞いてわたしは、アサナも大変だなーなんて、他人事のような感想を抱いた。
彼女は普段から魔法協会からお使いのような依頼を頻繁に頼まれており、屋敷ではよくお酒を飲みながら自らの待遇について愚痴っていた。
わたしとしてもよくもまあ毎度毎度協会からの無茶振りをこなせるものだなと、感心半分呆れ半分で彼女を眺めていたものだ。
そんな風にアサナの忙しなさに思いを馳せていると、そういえばとでもいうかのようにヨヒラが口を開く。
「あ、そうそう、アサナからの伝言ですけど、定期的に手紙を送るように、毎日日記をつけるようにって」
「え、めんどくさっ…………」
思わず本音がこぼれてしまった。
直前の発言を誤魔化すように咳払いをし、わたしは思ったことをそのまま彼に尋ねる。
「手紙はまだしも、毎日日記をつけろって…………。子どもの宿題じゃないんだからさ。アサナはどういう意図でそんなこといったの?」
わたしの言葉を受けてヨヒラは大きくため息を吐き、やれやれとでもいいたげに羽を左右に広げ、首をふる。
その芝居がかった動作にいくらかイラッとしたが、あえてなにもいわず、彼の返答を待つ。
「セツ、屋敷にいたころひっどい生活送ってたでしょう?徹夜は当たり前で食事は気が向いたら、運動どころか外に出ることもほとんどなし。そんなダメダメな生活習慣を少しでも省みられるようにって、アサナはいってましたよ」
「……………………」
ヨヒラのジト目と呆れたような物言いを受け、わたしは返す言葉を失う。
彼の視線から逃れるため再び顔を背けようとして、不意にわたしのお腹が小さく鳴った。
若干の気恥ずかしさに戸惑っているわたしへ向け、ヨヒラが愉快そうに口を開く。
「何も言い返せなくても、ぐうの音だけは出ましたね」
彼のしたり顔とその発言を受け、思わず吹き出してしまう。
一人で住むにはいくらか広く感じるこの部屋に、二人分の笑い声が響いた。
春曙一ノ月 〇〇日
非常に、とても、ものすごく面倒くさいことこの上ないが、今日から日記をつけることになった。
まったく、本当にまったく、何が生活習慣を省みられるように、だ。このわたしが、日記をつけるだけで真っ当な生活を送れるようになるわけないだろう。
アサナめ、前々から思っていたことではあるが、やはり彼女はわたしへの理解がまるで足りていない。
そもそもからして、わたしを学園に送り出したこと自体が間違いなのだ。
自然界を見てみろ。群れを作らない動物や魔物は数多く存在している。そんな彼らが急に群れでの生活を強制させられたらどうなるか。多大なるストレスによって悪影響が出るに決まっているのだ。
だというのに、あの薄情な頑固者め!!
…………まだまだアサナへの愚痴は書き足りないが、このままではそれだけで今日の分の日記が埋まってしまいそうなため、この辺りにしておこう。
こうやって自重できるあたり、家族の中で一番大人なのはわたしなのではないかと思う。
さて、今日からノウゼン魔法学園の春学期が始まったわけだが、早速というべきか、わたしのうちに一つの疑問が生まれた。
それはズバリ、この学園はどの程度の規模の災害が起これば学園としての機能が麻痺するのか、ということだ。
建物自体かなりしっかりとした作りをしているし、魔法学園ということもあり、当然その道のエキスパートが揃っている。そのため、地震や火事などといったありふれた災害ではびくともしないだろう。
…………やはり、隕石だろうか?
隕石ならこの学園も流石にどうしようもないのでははないかと思う。とりあえず、これから毎日夜寝る前に空へ向かって、雨乞いならぬ隕石乞いを捧げよう。
念のため、この日記にはわたしのその時々の目標や、アサナから出された指示を書き記していこうと思う。後々になってすべきことがわからなくなったり、本来の目的を見失ったときの指針となることだろう。
彼女風にいえば、初心忘れるべからず、とかいうやつだ。
現状における目標と指示、その両方の観点からまず第一に挙げられるのが、人嫌いの克服、ということになる。
そんなことできるわけないだろと声を大にして叫びたいところだが、アサナのことだ、これを達成しない限りわたしが屋敷に帰ることを許したりはしないのだろう。
とりあえず、明日から新たな魔法の開発に着手しようと思う。イメージとしては他人から注目されにくくなるようなもの、いわば、影が薄くなる魔法とでもいうべきか。
この魔法の開発に成功すれば、きっと、人嫌い克服において大きな進歩となることだろう。
…………まあ、それはそれとして、正直なところ、現状に対しては絶望しかないのだが。
日記をつけるなんて初めてのことだったが、ここまで案外楽しく書くことができた。もしかしたらわたしには文才も備わっているのかもしれない。新しい発見だ。
そろそろ眠くなってきたのでこのあたりで筆を置き、隕石乞いをしてからベッドに入ろうと思う。
どうか、明日の朝には世界が一変していますように。
次回は明日17時ごろ投稿予定です。




