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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
3/26

ガチギレ5秒前

 魔法。

 

 それは、わたしの幼いころからの憧れであるとともに、ずっとその力を自在に扱えるようになりたいと願い、努力を続け、それでも自分の力だけではどうしても手の届かなかった奇跡の名。

 

 いわば、わたしにとっての幻想。

 

 わたしは生まれつき魔力の制御がどうしてもうまくできず、どれだけ訓練してもまともに魔法を扱えるようにはならなかったのだ。

 

 だが、そこでわたしは諦めず、他の方法を探し、それまでとは異なるアプローチを見つけた。

 魔力のコントロールが苦手ならばそこを外部ツールで代用すればいいのではないか、そう考えたのだ。

 

 それから、わたしは魔法における補助器具や魔力の流れ、魔力の伝導率などといったことが記された資料をひたすらに読み漁り、わたし専用の魔法用補助器具の開発に着手した。

 

 初めのうちは失敗ばかりだったがそれでもめげずに日々研究を重ね、ついに完成したのが、今ではわたしがどこに行くにも欠かさず持ち歩く、細く短く銀鼠色をした、指揮者が振るうタクトがごとき杖だった。

 

 この杖のおかげで、わたしはようやく人並みに魔法を扱えるようになった。

 初めて杖を介して魔法を発動した際は、達成感や喜び、興奮、そういった感情がないまぜになって胸が詰まり、思わず泣いてしまったりもした。

 

 そうして杖を開発したわたしであるが、その程度で魔法に対する情熱が収まることなどなく、魔法をより効率的に、より簡易的にと、また異なる分野の研究を始めた。

 

 結局のところ、わたしの探究心は自分自身のためのものでしかなかったけれど、誰かに迷惑をかけたことなんてないし、なんなら研究成果を評価されることだってあった。

 

 そう、そうだ。わたしは何も悪いことなんてしていなかった。それなのにあの薄情者の独裁者が、わたしを無理やり…………!





 

 その日わたしはいつも通り、人里離れた森の奥深くにポツンと存在する、わたしたち家族が住まう古びた屋敷、その一室に篭り、直近の研究をまとめた論文を書いていた。

 

 研究の内容は大したものではなく、わたしが現在持つ杖、それを量産できないかという内容だった。

 わたしの杖はそれなりに高価な素材を使用しているため、作成するには少しばかり値段が張り、常々安価で作れる予備が欲しいと思っていたのだ。

 

 普段ならその部屋、わたしの自室にはもう一人賑やかしがいるのだが、その日はまだ姿を見ておらず、わたしとしても静かな方が集中できるため特に気にしていなかった。


 おそらく昼寝か、あるいは屋敷の近くを飛び回りでもしているのだろう。


 部屋には羊皮紙に羽ペンを走らせる音だけが響いていた。

 

 わたしにとってこの部屋は、何者にも犯されることのない聖域なのだ。

 いつでも研究に没頭できる作業用机、疲れたら横になれるベッド、望まぬ者を拒むことができる鍵付きのドア、そして、魔法に関するたくさんの資料と静かな環境。


 もう一生この部屋に引きこもっていたい。外になんて出ないで、他人なんて気にせず、ずっとずっとここにいたい。

 

 そんなことを考えていると、いや、そんなことを考えていたからか、コンコンッと、不意にドアをノックする音が聞こえた。


 この屋敷でわざわざノックをする人物なんて一人だけのため、自然とドアの前に立つ相手が誰なのかわかってしまう。


 そして、彼女の用事と、わたしのこの後の行動まで。

 

 一拍の間をおいて、その口調には似つかわしくない澄んだアルトボイスが室内に響いた。

 

「セツ、俺だ。少し話したいことがあるんだが、ドアを開けてくれ」

 

 当然、わたしは無視をした。

 

「おい、いるのわかってるんだからな?早めに出てきた方が身のためだぞ」

 

 もちろん、わたしは無視をした。

 

「…………最終通告だ。セツ、ドアを開けろ」

 

 やはり、わたしは無視をした。

 

 わたしの再三の無反応を受けようやく諦めたのか、彼女の声が止む。

 

 どうせ話したいことなんて、外に出ろとか、人と関われだとか、そんなところだろう。

 誰がするもんか。というか、慣らしもせずに急にそんなことしたらわたしはきっと死んでしまう。わたしの最高レベルの引きこもり体質を舐めないでもらいたい。

 

 まったく、仮にも保護者なんだから、もっとわたしのことを理解しなさいと言ってやりたいくらいだ。

 

 そうやって心の中で悪態をついていると、ドアの向こうから小さな笑い声が届いた。

 

「…………ははっ、ああ、そーかそーか」

 

 先ほどよりもずっと明るい声で、彼女は続ける。

 

「よぉーくわかった。そうだよなぁ、俺が悪かったよ。こんなまどろっこしいことして。なぁ、セツ?」

 

 そんな、優しく語りかけるような声を聞いて、わたしは直感した。

 

 ――――やっば、ガチギレしてる、と。

 

 わたしは羽ペンを放り投げ、椅子から転がるように飛びのき、もてる全力をもって窓に駆け寄った。


 出入り口であるドアを塞がれている以上、この場から脱するには窓から飛ぶしかない。この部屋は2階にあるため飛び降りるのはいくらか危ないが、それでもここで彼女に捕まるよりは何倍もマシだ。

 

 だって、ここで逃げきれなければ確実に地獄を見ることになる。これまでの経験から、否が応でもそれが察せられた。

 

 わたしが窓に手をかけ開け放った瞬間、後方から、まるで堅牢な城壁を無理やりに打ち壊したような、そんな衝撃音が響いた。

 

 恐る恐る振り返ると、この部屋を守護していた鍵付きのドアは見るも無惨な残骸へと変わり果て、窓から吹き込んだ風によって赤いショートの髪を靡かせた悪魔がごとき人物、アサナが、廊下から紅玉のように澄んだ瞳をもって、静かにこちらを見つめていた。


 わたしの琥珀の瞳と彼女のそれが重なり、彼女はひどく優しげに、にこやかに、笑った。


 瞬間。

 

「やぁーーーーーーーーーーー!?」

 

 わたしは叫び声を上げながら、なんとか逃げ延びようと窓から飛ぼうとして。


 けれどアサナの行動はそれよりも早く、瞬時に間合いを詰め、わたしを地面に組み敷いたのだった。

 

 心の中の冷静なわたし、興奮したわたし、現状を客観視しているわたし、その全員が揃って両手をあげて、お手上げだということを示していた。

 ああ、これがいわゆる、詰みという状況なのだろう。

 

 わたしを組み伏せた体制のまま、どこか男性らしさを感じさせる言葉、雰囲気をもって、アサナが声をかけてくる。

 

「よぉう、顔を合わせるのは久しぶりだなー、セツ?なぁおい、何日ぶりか、覚えてるか?」

 

 彼女の整った顔を飾る表情はずっと笑顔のままで、けれど、今のわたしにはそれが何よりも怖い。

 

「えっと、そのー、み、3日ぶり、くらい?」

 

 アサナを刺激しないようにおずおずとそう答え、直後。

 

「7日ぶりだよこのクソガキャーーーーーー!!!」

 

 盛大にブチギレられた。

 

「毎度毎度、せめて部屋からは出ろっていってるよなぁ!?飯を適当に済ませんな!ダイニングで食え!睡眠をちゃんと取れ!鍵を閉めんな!逃げるために窓から飛ぼうとすんな!約束を!守れって!いつも!いってんだろーがぁ!!?」

 

 そうして、彼女の説教が始まった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回は本日21時ごろに投稿予定です。

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