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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
26/26

杖をおいて

 拝啓

 長く続いた雨降りの候も開け、いよいよ日差しの強さを感じられる季節となりました。アサナ様はいかがお過ごしでしょうか。


 アサナ様の指示に従い、近況を伝えるため筆を取るのも今回で三度目ということで、時の移ろう速さを感じます。

 ヨヒラなどはこうやって月に一度手紙を送ることに対して過保護だなんだ、面倒臭いだなんだと騒いでおりますが、わたしはそのようなこと一切思っておりません。ええ、全く、いっさい、これっぽっちも。

 アサナ様がわたしのことを心配してくださっているのですから、むしろありがたいことだと感じておりますとも。

 

 さて、早速ではありますが、本題であるわたしの学園での生活に移らせていただきます。

 学業については前回手紙を送ったとき同様、まずまずといったところでしょうか。座学についてはアサナ様も予想しているであろう通り、なんの問題もなく好成績を収めています。この分なら前期の座学の授業全てで最高評価を獲得できることでしょう。

 その一方で問題となるのが実技と一般教養の授業です。これらは必修のものだけ、二種類合わせても三つの授業しか受けていないのですが、それでもわたしの心身を容赦なく削っていきます。

 この学園に来た当初はひどいもので、授業のたび毎回のように失神していましたが、今となってはわたしもずいぶんと成長し、三回に一回は失神せずに授業を終えることができるようになりました。

 わたしが真っ当に授業を受けられるようになった要因として、ヨヒラの活躍が挙げられます。意識を失いかけているわたしを起こしてくれたり、体調を崩したときはわたしの姿へと擬態し代わりに授業を受けてくれたり、わたしが放つ魔法の練習相手になってくれたり、迫る魔法の肉壁になってくれたり。

 ヨヒラの意思は置いておくとして、今では彼、そして彼を送ってくれたアサナ様には感謝しかありません。

 このままいけば、多分、おそらく、ギリギリではありますが、単位を落とすことなく前期を終えることができるでしょう。

 

 続いて、前回の手紙でも触れましたが、以前から欲していた学問書を購入するために始めたアルバイトについて記させていただきます。

 わたしがアルバイトを始めたと聞いたときはアサナ様もたいそう驚いたことと思いますが、今現在においてもなんの問題もなく、労働に対して拷問がごとき耐え難い精神的苦痛を覚えながらもなんとか続けております。

 幸いなことに、わたしが働いている書店は普段から閑散としており、お客さんが訪れることはめったにありません。わたしが働き始めてから二ヶ月ほど経ちましたが、その間にわたしが接客したのはたったの二、三回ほど。店全体としても十人程度のお客さんしか来ていないと聞いております。

 とはいっても、わたしにとってはその二、三回が、いえ、一回だけであろうと、心身ともに十分に致命傷なのですが。

 アサナ様からすれば接客時のわたしの様子こそ気になるのでしょうが、名誉のため、ここではあえて当時の惨状は伏せさせていただきます。

 話は戻りまして、わたしとしてはたったそれだけのお客さんでよく経営を続けられるものだなとも思いますが、なんでもこのお店自体店長の趣味、副業として始めたものらしく、利益については基本度外視なのだとか。

 わたしたちアルバイトにはしっかりと給料を払っているところを見るに、おそらくお店としてはかなりの赤字なのではないかと思われます。

 と、ここまで書いておいてなんですが、わたしは未だ店長に出会ったことがありません。聞いた話では店長は現在本業の都合で他国に出張していて、わたしを雇う際も遠隔で会話ができる魔道具を使って許可をもらったのだと、リビアさんとカルミアさんは語っていました。

 

 ああ、突然人名が出てきては混乱してしまいますよね。ごめんなさい。

 リビアさんとカルミアさんは書店で一緒に働くアルバイト仲間であり学園の同期、そして、わたしの友人、だと思います。たぶん、きっと、おそらく。

 今までのところ、二人とは他愛もないことを話したり、一緒にご飯を食べたり、時にはちょっとだけ言い合いになったりと、そんな仲です。

 わたしとしてはこういう関係をこそ友人というのではないかとも思いますが、これまでそういう相手はおらず、また二人がどう思っているのかもわからないため、断言していいものかと悩んでしまいます。

 先日行われた学園都市全体のお祭り、ラーレ祭ではそんな二人と共に屋台をやらされたり、屋台料理を食べたり、ラーレ送りを一緒に見たりと、丸一日行動を共にしました。

 家族でない人とそんな長時間一緒にいること自体初めてだったため、部屋に戻るころにはとても疲れており、日記をつけることすら忘れベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまうほどでした。

 それでも、三人で一緒に過ごしたお祭りはわたしの中でとても大きな思い出となっているようで、今思い出しても心がふわふわして、胸の奥があったかくなります。


 そうそう、以前からアサナ様がおっしゃていた夏の長期休暇の際は屋敷に戻ってこないかというお誘いなのですが、大変心苦しくもアルバイトと補修の都合上難しいと思われます。

 そのため、もしアサナ様のご都合が合えばになりますが、わたしが現在住むこの街、学園都市に一度おいでになりませんか?急な上、勝手なお願いではありますが、どうかご一考のほどよろしくお願いいたします。

 

 まだまだ書きたいこと、書き足りないことがたくさんありますが、今回はこの辺りで締めとさせていただきます。ここまでわたしの拙文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

 

 日を追うごとに暑さ増す季節の変わり目、アサナ様もあちこち飛び回っているとのこと。体調を崩したりすることのないようお身体を大切になさってください。

                                  敬具


          数多の死地を潜り抜け成長したあなたの愛弟子 セツより



 


「…………ふう、こんなところかな」

 

 机に向かっていた体を起こし、全身で軽く伸びをしながらそう呟く。

 

 今回のアサナへの手紙は普段より筆が乗り、ずいぶん長々と書いてしまった。

 個人的には書店での出来事やラーレ祭の屋台料理、ヤキソバという忌むべき存在のことなど、もう少し細かく色々と書きたくもあった。だが、それでもこれ以上続けるとやめ時を逃してしまいそうで、仕方なく自重し、適当なところで終わらせたのだ。

 

「ようやく書き終わりました?もー、どれだけ自分のこと待たせるんですか。世の中、たいむ・いず・まねーなんですよ!」

 

 先ほどまで日光が当たる窓わくに止まりうたた寝をしていた肉壁、もとい鳥もどき、もといヨヒラが、いつの間に目を覚ましたのか、そう言って騒ぎ出す。

 

 ヨヒラはよく、わたしもたまに、アサナが時々使うよくわからない言い回しを真似することがある。だがヨヒラが発するイントネーションから、わたしと同様、彼自身もその意味はよくわかっていないのだろう。

 

「はいはい、そうだねー。そんなことより、どれくらいで戻ってこれそう?」

 

 完成した手紙を折りたんで封筒に入れながらヨヒラにそう尋ねると、彼は一瞬の間を開けて口を開いた。

 

「…………明日の夜、くらいですかね。その間授業やバイト、一人でがんばってくださーい」

 

「えー…………。ねえ、もう少しだけ早く帰ってこれない?」

 

 わたしは半ば懇願するようにそう尋ねる。

 

「急げば多少は早く帰ってこれますけど。でも、明日って何かありました?」

 

 ヨヒラはわずかな逡巡の後返答し、続けて疑問を口にした。


 彼が問いかけてきたように、何か特別なことがあるというわけではなく、いつも通りの日常でしかない。だが、むしろいつも通りに授業を受けなきゃだからこそ、ヨヒラにいてほしいというか…………。

 

「…………わたしたち家族なんだしさ、一緒にいたいって思うのは当たり前のことでしょ?一人だと寂しいし、わたしやっぱりヨヒラがいないとダメなの!だから早く帰ってきてよ!」

 

「……………………」

 

 くっ、流石にわざとらしすぎるか…………!


 わたしのいつになくご機嫌取りのような発言を受けて、ヨヒラは黙ったままこちらを見つめる。

 

 次の瞬間、本来なら表情が薄い鳥の顔であるにも関わらず、感情がそのまま表に出たかのような、見るだけで腹が立つような、そんな得意満面な表情で彼が口を開いた。

 

「ちょっと〜、急にどうしたんです、セツ?まあ?自分としても?妹分にそこまでいわれちゃあ速攻で帰ってくるしかないっていうか?まったく、これが年上の辛いところですね!ほんっとセツはいつまで経ってもダメダメなお子ちゃまなんですから〜、もう!」

 

 よし、チョロい!こいつチョロいぞ!

 

 ヨヒラの無性に苛立たしい発言の八割以上を無視し、速攻で帰って来るという部分だけを耳が拾う。

 少なくともこれで言質は取れた。ヨヒラの普段の鳥頭っぷりを鑑みるといくらか心配は残るが、それでも保険としては十分、のはずだ。

 

 なぜわたしがヨヒラに媚を売ってまで早く帰ってくるようにとお願いしているかというと、その理由はひどく単純で、たった一言で表すことができる。

 ズバリつまりそれは、明日は魔法実技の授業があるから、だ。

 

 これまで様々な授業で、ヨヒラは何度もその身を挺してわたしのことを守ってくれた。わたしに迫る魔法を、食器を、筆記用具を、それら以外にも数多くの危険を、その体を文字通り肉の盾として受け止めてくれたのだ。


 なお、それらは本人の意思に関係なくわたしが肩に止まる彼を咄嗟に投げつけた結果であり、彼はその都度燃えたり凍ったり穴が空いたり潰れたりなどしていたが、まあ別にヨヒラだし、そんなことはどうでもいいだろう。なんならわたしの肩の力と制球力が上がったことの方がよっぽど重要とすらいえる。

 

 そのような経緯から、わたしとしては様々な危険が潜む魔法実技や一般教養の授業がある日にはなんとしてでもヨヒラに傍にいてほしいと思ってしまうのだ。

 

「ありがとう、ヨヒラ!約束だからね!わたし、ヨヒラが帰ってくるの楽しみに待ってる!」

 

「ふっふっふっふ、ええ、約束です!超高速で帰ってきますから、少しだけ待っていてください。自分がいないからって寂しくて泣いたりしちゃダメですよ?」

 

「ウザ、んん“っ……うん、大丈夫だよ!」

 

 キメ顔でそんなことをほざくヨヒラを見て思わず漏れかけた本音を咳払いで誤魔化し、手紙を入れた封筒に封をして彼へ手渡す。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい、ヨヒラ」

 

「ええ、行ってきまーす…………と、その前に。セツ、時間は大丈夫なんですか?」

 

 嘴に手紙を加えたまま、ヨヒラが器用にそう問いかけてくる。

 一瞬何を言っているのかわからなかったが、机に置かれた時計、そのもうすぐ頂点を指す短針を見て彼の意図を察する。

 

「やぁーー!?やっばい、忘れてた!!お昼も食べてないのに!これ間に合うかな!?」 

 

 時刻はまもなく昼時になるかといったところで、アルバイトのシフトの時間がすぐそこまで迫ってきていた。

 

 わたしは勢いよく椅子から立ち上がり、急いで身支度を整える。

 手櫛で軽く髪を整え、荷物を準備し、外行きの服へ着替えてと、部屋中を忙しなく行ったり来たりしてなんとか最低限の準備を済ます。

 

 そんなわたしへ向けて、ヨヒラが呆れたように声を上げる。

 

「慌ただしいですねー。どうせ今からじゃ間に合わないでしょうし、いっそのことゆっくり行ったらどうです?」

 

「だ、ダメだよ!リビアさんとカルミアさんに迷惑かけちゃうじゃん!そんなことより格好変じゃない?大丈夫?」

 

 ヨヒラの言葉通り、今からではどれだけ急いでもシフトの時間に間に合わせることは不可能だろう。

 だがそれはそれとして、わたしの到着が遅れれば遅れるほど、リビアとカルミア、彼女たちの負担が増えてしまう。わたしとしてもそれは流石に申し訳なく、そのため可能な限り急いでいるのだ。

 

「はいはい、大丈夫ですよー。…………少し前までは面倒なことは全部二人に任せるだのすぐに辞めてやるだのいってたくせに、ずいぶんな変わりようですね、ほんと」

 

「えっと、あとはあとは…………ん?ヨヒラ、何かいった?」

 

「いいえー、なにも。それじゃ、今度こそ自分は行きますね。少しの間一人でがんばってください」

 

「うん、いってらっしゃい。約束、忘れないでよね」

 

 わたしの言葉を背に受けながらヨヒラは窓から飛び立つと、その翼を羽ばたかせて上昇、加速し、すぐに見えなくなってしまった。

 

「外に出るのはすっごく嫌だけど、わたしも行かなくちゃ、か…………。ううっ、毛布にくるまって寝てたい…………」

 

 ヨヒラを見送り、反転して玄関に向かいながら、思わず本音がこぼれる。

 

 通路に続くドアをわずかにそっと開け、そこから覗くようにして左右を確認する。時間帯ゆえかどうやら通路には誰もいないようで、わたしは安堵の息をつきながらドアを開け放ち、自室から出る。


 だが、この瞬間通路に誰もいなくとも、ここでノロノロしていては誰かが部屋から出てきたり、あるいは帰ってきたりするかもしれない。もしそうなれば、赤の他人と対面するという状況にわたしの心は大きなダメージを負ってしまうことだろう。

 

 そんな未来を防ぐためにも急がなければと、わたしは内心で焦りながら懐に入れていた自室の鍵を取り出し、そこで気づく。今までどこへ行く時も必ず手元に置いていた自作の魔法用の杖、それを部屋に置いてきてしまったということに。

 

 一瞬固まり、次いで部屋に戻るか考え、そして、鍵を閉めた。

 

 ――――もうあの杖がなくても大丈夫だと、そう思えたから。

今話をもちまして、第一章「灰色の雛」を完結とさせていただきます。

現在第二章は制作中のため、しばらくの間投稿をお休みさせていただきます。投稿再開は今のところ未定ですが、早ければ2月中旬ごろ、遅くとも3月初めにはと考えています。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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