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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
25/26

閑話:とある魔女の独白

「あんのバカ、なんともまあ派手なことしてくれやがって…………。後始末するやつの身にもなれっての」

 

 街の中心にある真新しい鐘塔の最上階、そこから街と雲が晴れた夜景、そして空へと昇るランタンを視界に収めながら、独りごちるようにそう呟いた。

 

「言葉の割にずいぶんと嬉しそうですね、アサナ?」

 

 肩に止まる鳥もどき、ヨヒラの言葉を受け、手を口にやる。


 なるほど、確かに俺の口は笑みの形をとっており、おそらく表情も同様なのだろう。だがそれをそのまま認めるのはなんとなく癪で、憎まれ口が口をついて出る。

 

「うっせぇよ。んなことより、セツと一緒にいたあの二人、あいつらは大丈夫なのか?…………送り込まれた刺客だったり、あー、セツに怯えたり、とかよ」

 

 そう言い放ち、いつの間にか止まっていた視線を再び動かす。

 

「ほんっと心配性ですね。まあ、たぶんダイジョーブでしょ。少なくともセツを狙っている様子はなかったですし、ただ存在が違うってだけで拒絶する子達ではないはずです。そこに理由があればどうなるかはわからないですけど」


 ヨヒラの煮え切らない返事に思わず小さく舌打ちしてしまう。

 

 先ほどまで厚い雲に覆われていた夜空は今や満点の星が拝めるほどに澄み渡っており、はるか遠方よりこちらへ迫っていた龍もいつの間にか消えていた。

 これらの突然の変化が表すところは、セツが自らの本当の力を振るったのだということを指し示す。


 そして、あいつの性格、ヨヒラから聞く現状、それらを鑑みれば自分一人でラーレ送りを見るために空を晴らしたとは考えがたく、おそらくその場には友人の二人もいたのだろう。

 であれば、その二人がセツの本当の力を見て怯えてしまうかもしれない、その反応にセツが傷ついてしまうかもしれない、そう考えるのは全く妥当なことなのだ。

 

「はいはい、たぶんじゃなくてゼッタイでーす。セツもあの二人にはかなり懐いてましたから、もし何かトラブル起こってもなんだかんだ自分なりにがんばって、きっと丸く収まりますよ」

 

 いくらか呆れたような目つきでこちらを見る鳥もどきに苛つきながら、淡い光に照らされた街並みを眼下に見下ろす。

 

「というか、前から思ってたんですけど、そんなに気になるなら一度セツに会いに行けばいいじゃないですか。機会ならいくらでもあるのに、なんでかたくなに会いに行かないんです?」

 

 肩の上で毛繕いをしながら、ヨヒラがそんなことを問いかけてきた。

 

 なぜ会いに行かないのか、か。

 別に特別な理由はなくて、そう、なんとなくだ。だが、それをあえて言葉にするなら。

 

「そりゃお前、仮にも師匠なんだし、こっちから行くのはなんか違うだろ。…………それに、俺が寂しがってるみたいになるじゃん」

 

 直後、動きを止めたヨヒラの視線が再びこちらへ向く。その瞳は鳥のものであるはずなのに込められた感情は非常にわかりやすく、先ほどよりも多分の呆れが感じられた。

 端的にいって、マジかこいつ、と、言葉なくとも眼差しがそう語っていた。

 

「…………マジかこいつ」

 

 訂正。言葉もあった。

 

「んだよ。何かいいたいことでもあんのかよ、ああ“ぁ!?」

 

「今凄んでもカッコ悪くなるだけですって…………。ていうか、なんですかその理由。思春期の子どもじゃないんですから…………」

 

 ヨヒラがため息混じりにそんなことを口にする。

 …………正直、自分でもくだらない理由だと思っているしこいつの反応も納得しかないのだが、それでも直接言葉にされると認めがたく、つい語気を強めて誤魔化そうとしてしまう。

 

「会いたいならいつでも会いに行くべきでしょ。えーと確か、思い立ったがキチジツ、でしたっけ?ただでさえセツに関してはいろいろ事情が混み合ってるんですから」

 

 ヨヒラが重ねた言葉に再度舌打ちする。

 

「わぁーってるよ。…………ああ、わかってはいるんだがな。どーも先延ばしにしちまう」

 

「まだセツを学園に送ったこと気にしてるんです?ほんっと、人間ていうのはメンドーくさいですね」

 

 ガシガシと頭を掻きながら漏らした俺の声へ、ヨヒラは煩わしそうにそう返答した。

 

 こいつとは何だかんだ長い付き合いだが、たまに価値観や判断基準において埋まることはないであろう差を感じる。それは俺達の間にある種族や倫理観の相違によるものなのだろうが、それでも、こいつのように物事を単純に考えられたらと羨ましく思ってしまうことがある。

 

 ヨヒラが口にした、セツを学園に送ったこと気にしているのかという言葉。それは全くもって図星だった。あいつの意思を無視して学園に送ったという事実、そして、そうまでして学園へ行くことを強要した理由。それは、俺にとって確かな負い目なのだ。

 

 俺があの屋敷でセツに語った、学園へ通うべき理由である人嫌いの克服。確かにその目的は今後のセツにとって重要なことであると同時に、俺が意図したところでもある。

 だが、そんなものはあくまで副次的な狙い、あるいはただの建前でしかなかった。

 

 俺が、いや、俺たちがセツを学園へと送り出した本当の理由、それはセツの身柄を狙う勢力を誘き出すため、いわば敵を釣り上げるための撒き餌としての役割を求めてが故だった。

 

 セツが持つ力は、ただひとりの個人が扱うにはあまりにも過ぎたものだ。

 

 先ほどあいつが行ったであろう天候操作と龍の進路妨害。

 それだけの規模の魔法を、どれほどの魔法使いが扱えるか。そして、それだけの大魔法を発動して誰が平然としていられようか。


 少なくとも、俺の知る限りそんなデタラメな存在はセツだけだった。

 

 だが、それも当然といえば当然か。あいつは、セツは、その身が宿す能力、その肉体において、文字通りに人間を外れた生命体なのだから。


 




 セツという存在は、俺の師匠が様々な生物を掛け合わせて造った人造生命体、いわゆるところのホムンクルスだ。

 

 あいつの身体には数多くの生物の因子が組み込まれていると、その中には伝説的存在である龍種すら含まれているのだと、彼女は語っていた。

 

 師匠は生まれてすぐに捨てられた俺を拾い、育ててくれた、文字通りの命の恩人であると同時に、凡人には理解できない世界に生きる天才にして、全くの狂人だった。

 ありていに彼女を表すのならば、世界に名を轟かすマッドサイエンティスト、いや、マッドウィザードとでもいうべきだろうか。

 

 彼女が造り上げたものは彼女の名と同様、今現在においても広く世界中に知れ渡っており、多くの国がその作品を求めている。


 そんな、世界から求められる彼女の作品とはいったいなんなのか。

 

 一言でいってしまえば、兵器だ。

 

 師匠は自らの興味関心によって、これまで数多くのモノを造り上げてきた。けれど、そうして生み出されるのはすべからく人を殺傷するための道具であり、なんの感慨も、逡巡もなくそれらを作り続ける彼女の在り様を、俺は最後まで理解することができなかった。

 

 俺の抱える思いに彼女も気づいていたのだろう。

 俺が独り立ちできる程度の能力、年齢になると、師匠はそれまで二人で住んでいた屋敷を譲り、どこかへ旅立った。理由も目的も話さず、ただ旅に出るとだけ言い残し、ある日突然屋敷からいなくなったのだ。

 

 それから数年の時が経ち、旅に出た時と同様、師匠は突然屋敷に帰ってきた。

 その腕に生まれて間もないであろう赤子を抱き、スライムが如きキメラを率いて。

 

 そして、彼女はあっけらかんと自らの死期が目前に迫っていることを語った。

 

 脈絡もなく告げられた彼女の余命に固まる俺を尻目に、だからこの子のことをお願いと、こっちのキメラの子もあなたに任せるねと、彼女は何でもないことのように、言った。

 

 世話になった家族が死んでしまうことへの悲しみ。自らが造り上げた生命を無責任に他人へ任せる怒り。何より、全て自らの中で完結してしまうその在り方への言葉にならない感情。

 俺のそんな複雑に入り混じる心境を無視して、あの大馬鹿は、そうぬかしやがった。

 

 だから、俺は師匠に向かって、生まれて初めて、心のままに怒鳴り散らした。

 

 ずっと溜め込んでいた思いを、普段なら表に出すことなどない想いを、どうしても抑えることができなかったのだ。

 そうして口をついた支離滅裂で要領を得ない、感情の羅列でしかない溢れる激情を、けれど彼女は静かに受け止めていた。そして、そんな彼女の態度がいっそう俺を苛立たせた。

 

 ひたすらに怒鳴り続けようやく言葉が尽きたころ、師匠は小さく微笑むと、俺に赤子を差し出した。


 ただ、今までありがとう、ごめんね、と、それだけを口にして。

 

 そのときの師匠の琥珀の瞳はひどく、ひどく、澄んでいて、だから、俺は彼女の最後の頼みを断ることができなかった。彼女が差し出した赤子を、受け取ることしかできなかったのだ。

 

 受け取った赤子を、腕の中にいる小さな温もりを見つめると、彼女と目があった。

 

 身勝手にも兵器として生み出された、人間を模した人外。その身を構成する要素はひどく不明瞭で、起源すら曖昧な存在。同種の仲間はおらず、この広い世界においてただ独り、生まれからして孤独が決定づけられた、幼く儚い、無垢なる命。

 

 彼女と初めて視線が重なったあの瞬間、俺はどんな表情を、どんな感情を、彼女へと向けていたのだろうか。

 

 俺が赤子を受け取った後、師匠は満足そうな笑みを浮かべ、最後に行くところがあるとだけ言い残して俺たちの元を去った。

 

 そうして、俺とヨヒラ、そしてセツの、家族としての日々が始まった。

 

 初めのうちはヨヒラと言い争いになったり、セツの取り扱いに困ったりと苦労も多かった。だがまあ、今になって思い返せば、良い思い出というやつになるのだろう。

 

 ただ、そんなのんびりとした日々は長くは続かなかった。

 

 セツもヨヒラも、師匠が造り上げた生命体だ。であるのならば、その力を求める勢力が現れるのもまた必然だった。

 

 不幸中の幸いとでもいうべきか、ヨヒラには自衛能力が備わっており、あいつの安全に関して俺が必要以上に気を張る必要はなかった。

 その一方でセツはまだ幼く、自衛能力なんて皆無で、完全な庇護対象だった。

 

 セツが言葉を覚え始めたころを堺に、その身柄を求めるどこぞのお偉いさま方が、ひっきりなしに屋敷へと訪れるようになった。最初のうちは金品をもとにした交渉だったが、それは次第に恫喝まがいのものに変化し、最後には力に訴えた略奪となっていた。

 

 毎日のように現れる刺客を前に、次第に俺は個人の限界を感じ始めた。このままではいずれセツにも被害が及ぶのではないかと、そう考えるようになっていったのだ。

 

 だが、俺はそんな未来を、決して許容することはできなかった。

 

 このときの俺は師匠がどうとか関係なく、セツとヨヒラ、二人へ大きな情を抱いていた。何者にも縛られず、ただ当たり前に、自らの望むように生きてほしいと、そう思ってしまっていたのだ。

 

 だから、俺は魔法協会を頼った。

 

 セツが狙われる要因として、俺たちが何の組織にも所属していないことがその割合の大部分を占めていた。というのも、もし俺たちがどこかしらの組織に所属していれば、セツを狙うという行為はその組織への宣戦布告と同義となる。

 故にこそ、セツを狙う勢力への牽制として、この世界で有数の影響力を持つ協会に所属することを決めたのだ。

 

 けれどその一方で、協会内にもセツを狙う勢力は少なからず存在していた。

 協会における上層部はセツを軍事利用することは決してないと、だから協会に所属させるべきだと、そう以前から語っていた。だが、奴らの一見こちらを慮ったような言葉は、セツという個人をただの実験対象としてしか認識していないが故のものだった。


 協会にとって、セツという存在は喉から手が出るほどに惜しい被験体だ。そのため、俺たちが所属すればセツを引き渡すようにと多方面から圧力をかけてくるであろうことは想像にがたくなかった。そして、仮にセツが奴らの手に渡れば、実験動物よろしくその一生の全てが管理されることになっていただろう。

 

 つまるところ、ただセツを協会に所属させるだけでは事態をより悪化させることにしかならないのだ。


 だからこそ、俺は協会における上層部と、一つの約定を結んだ。

 

 それは、俺が協会の駒として働き続ける限り、セツとヨヒラには決して手を出さないというものだ。

 

 普通なら個人対組織の契約など笑い話もいいところだが、幸い、俺には協会を頷かせるだけの力があった。そして、その力は師匠の教えによるところが大きく、俺はそのことに、なんとなく、言葉にし難い因果を感じた。


 そうして、俺は魔法協会の使い走りとして、セツとヨヒラは庇護対象として、協会に所属することとなったのだった。

 

 それからの日々は、セツ周りはという但し書きはつくが、穏やかなものだった。

 以前まで連日押しかけてきていた輩はすぐに消え、セツを無理やり攫おうとするような馬鹿も思い出したように現れる程度となった。 

 

 一方で、俺は協会から様々な依頼を回されるようになった。要人警護や希少素材の採集、危険生物の討伐、遭難者の救出。そして、表に出せない汚れ仕事。


 まあ、仕事の内容について思うことがないでもなかったが、それでも俺たちの家族としての平穏な日々はゆっくりと過ぎていった。そしてセツが15歳になったころ、かねてより機会を伺っていた計画、その準備を始めた。

 

 俺たちの計画、それはセツが自由に生きるための必要事項、あいつを狙う勢力を徹底的に潰すことだった。

 

 協会に所属したことでセツを狙う勢力は確実に減った。けれど、それでもなお諦めない勢力もまた、少なからず存在していた。

 そういった連中を炙り出すにはどうすれば良いか。俺たちは考え、セツをノウゼン魔法学園に送ることを決めたのだ。

 

 魔法学園は協会直属の下部組織であり、その校舎が置かれている都市は国際的に完全中立かつ来るもの拒まずなため、敵にとっては格好の餌場だった。

 もちろん、そんなところにセツを無策で送り出す訳はなく、これまで培ってきたコネや金にものをいわせ、あいつを守り通せるだけの防衛線を張ってある。

 

 まあ、セツを守るように頼んでたやつが急に出張にでかけるなどといったイレギュラーもあったが、それを含めても十全といえる程度には準備してきた。

 ただ、それだけの準備をしてもセツのことはやはり心配で、俺も協会からの依頼がないときはこの学園都市に住むようになった。

 

 この計画の発端ともいえる推薦状についてだが、実のところ、これまでセツ宛にそういった類のものが届くというのは特段珍しいことではなかった。セツは研究者として優秀な部類に入り、協会もその実力を買っていて、何度も同様のものが届いていたのだ。


 だがその都度安全性という観点から時期尚早と判断し、セツに見せることなく握り潰してきた。

 

 そうして時が経ち、各所への根回しもすみ、ようやく最近になってセツを魔法学園へと送り出した、というわけだ。

 

 送り出す前には散々抵抗し入学直後は嫌味ったらしい手紙を送ってくるなどしてきたが、それでも今はあいつなりに学園生活を満喫しているようで、なんとも言い表せない感慨を覚える。

 

 願わくば、このままあいつが自身を取り巻く悪意に気づくことなく、ただの一生徒として学園生活を送っていけたらと、そう思う。


 そして、そのために俺自身もやれることをやっていかなければ、とも。





 

「アサナ、アサナってば!」

 

 これまでのことを回想していた意識が、肩に止まるヨヒラの声で我にかえる。

 

「…………悪い、ちとぼーっとしてた」

 

「はぁ、しっかりしてくださいよもう。…………マークしてた奴らに動きがありましたよ」

 

 ため息混じりの文句の後、ヨヒラは簡潔に状況を説明してくれた。

 こいつの言う通り、今は過去ではなく現在と未来を見据え動く時なのだ。頭を瞬時に切り替え、これからの行動について思考を巡らせる。

 

「うし、向かうか。ヨヒラ頼むぞ」

 

「はいはい、リョーカイでーす」 

 

 言うが早いかヨヒラは俺の肩、そして鐘塔から飛び降り、次の瞬間、手乗り程度の大きさしかなかったその体を人一人が余裕を持って乗れるほどに巨大化させ、青い翼をはためかせながら宙に停止した。

 その質量保存の法則を全く無視した、まさしくファンタジーな変わりようがいっそおかしく、小さく笑ってしまう。

 

 鐘塔の柵を飛び越えヨヒラの背中へと飛び移る。

 ヨヒラの背中はふかふかで、こいつの本来の姿とのギャップを感じてしまう。

 

 そうして俺の準備が整うと、ヨヒラは自身の体を、そしてその背に乗る俺を、今この瞬間の夜空色へと擬態させた。

 

「…………お前、ほんと便利だよな」

 

「なんですかその言い方!はっ、もしかして自分のことなんてもうどうでもよくて、今はこの体だけが目当てなんですか!?ううっ、ひどい!今までたくさん尽くしてきたのに…………!」

 

 感心混じりについ口をついて出た言葉へ、ヨヒラが茶番じみた反応を返す。

 

「なんでそんな昼ドラじみた言い回し知ってるんだよ…………。そういうのいいからさっさと向かってくれ」

 

「わかってますよーだ。しっかり掴まっててください」

 

 そう言い切ると同時、ヨヒラはその翼を先ほど宙に止まっていた時よりずっと強くはためかせ、大輪の火の花が咲き誇る夜空を駆けていったのだった。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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