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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
24/26

人間ではなく、化け物でもなくとも

「わ、わたし、は…………」

 

 カルミアから投げかけられた問い、その答え。

 わたしはそれを、持ち得なかった。

 

 今ここにいるわたしは、セツという存在は、いったいなんなのか。

 人間か、化け物か、はたまたそれらとは全く異なる何かか。

 

 彼女が発した疑問はわたしがずっと抱き続けてきて、けれど、未だその答えを見つけられずにいたものだ。

 だから、わたしはただ言葉を詰まらせ、言い淀むことしかできなかった。

 

 そんなわたしの姿がどう映ったのか、カルミアは皮肉な笑みを浮かべ、言葉を重ねる。

 

「…………はっ、だんまりかよ。私みたいな格下に話すことはないってか?」

 

 彼女が今どのようなことを考え、どのように感じているのか、わたしには分からない。

 けれど、彼女が発する言葉が、先ほどよりも鋭利なものになっていることは分かった。そして、彼女が口にするそんな響きに、わたしの心が想像以上に傷ついているということも。

 

 何か言わなければと、今この場面において沈黙は悪手なのだと、カルミアに言葉を返さなければと、思う。思っている。

 でも、それでも、何を言えばいいのか、どうしても分からないのだ。

 

 リビアの声を聞く前のように冷や汗が流れ、口内は乾き、動悸は激しく、頭は少しも回らず、目頭が熱かった。けれど、今ここで泣いてはいけないのだと、そう感じた。

 だって、今ここで泣き出してしまったら、会話を諦めてしまったら、カルミアとの間にある溝は二度と埋まらないと、そう思えたから。

 

 だから、またカルミアと今までのように過ごしていきたいと思うのなら、たとえどれだけ恐れ怖じけ傷つこうとも、それでも、彼女と向き合い続けなければならないのだと、わたしの心がそう叫んでいた。

 

 わたしは潤む琥珀を再び服の裾で拭い、いつの間にか俯いていた顔を上げ、彼女の夜空のような黒瞳を見つめ返す。


 逃げてはならないのだと、わたしが受け止めなければいけないことなのだと、それが、わたしがするべきことなのだと、そう、定めた。

 

 わたしはリビアの服の裾を離し、一歩、前に出る。

 

 合わさった視線、踏み出した一歩。それによって、一瞬カルミアがたじろいだように感じられた。

 そうして気づく。彼女もわたしと同じだ。わたしが彼女の言葉を恐れるように、彼女もわたしの行動を恐れているのだ。


 そうやって気づけたから、彼女に近づけた気がしたから、少しだけ、心が軽くなった。

 

 カルミアが発した問い、わたしはなんなのか。

 

 それは、これまでわたしがひたすらに自問し続けてきてなお答えを見つけることのできなかった、いわば、わたしにとっての命題。

 その解を今一度、自らの胸にそっと手を置き、問いかける。

 

「わたしは…………」

 

 わたしは人間か。

 否。ただの人間が、わたしのような馬鹿げた魔力量を持つはずが、持てるはずがない。

 

 では、わたしは化け物か。

 否。わたしは人間と同様の容姿をしており、人間並みの知能を持ち、自らの力を自制するだけの良識を持っている。ならばそのような存在は、少なくともわたしは、化け物ではないと思う。

 

 ならば、人間でもなく化け物でもないのなら、いったい。

 

「…………わたし、は」

 

 どうしても、その先の言葉が続かない。出てこない。分からない。

 けれど、それでも考え続ける。

 

 そうして、ふと、もう一度思い出した。初めて出会ったあのとき、彼女の、アサナの表情を。

 

 ――――ああ、なんだ、そうだったのか。

 

 とても、簡単なことだった。

 悩むことなんてなくて、思っていたことをそのまま言葉にすれば、それだけでこうも胸にスッと落ちていく。

 

「わたしは――――」

 

 ずっと悩み続けていたことがむしろおかしく感じてしまう。こんなことにどれだけの時間を費やしたのか。いや、あるいは心の奥底ではずっと前から気づいていて、ただそれから逃げていただけか。

 

 まあ、どちらでも、なんでもいい。

 

 カルミアに返す言葉が、ずっと求めていた答えが、ようやく見つかったのだから。

 

 胸に置いた手が、いつの間にか、強く、強く、握られていた。

 

 わたしは、ずっと探していた、けれど見つけてしまえばどこまでも寂しさしか残らない、そんな言葉を、ゆっくりと吐き出した。

 

「――――独りぼっち、なんです」

 

 本当に、ただ一言で言い表せるほどに、ひどく単純なことだったのだ。

 

「ひとりぼっち…………?」

 

 カルミアがオウム返しにわたしの言葉を繰り返す。

 だがその響きの意味するところは理解できていないようで、彼女の表情、声音は訝しげなものとなっていた。

 

 彼女が再度口を開くより早く、わたしは震える声を重ねる。

 

「わたしは、自分の出生を知りません。も、物心ついた時から、ヨヒラと、もう一人の家族と、暮らしてました。…………で、でも!二人は、わたしとは、違うんです。ヨヒラはキメラで、もう一人は人間で、わたしは、どちらでもなくて…………」

 

 わたしが出した答え、それはきっと、カルミアが求めているものではないのだろう。それでも、たどたどしく、つっかえながら、なお、わたしは必死になって口を動かし続ける。

 

「き、きっとそれは、この世界全てでもそうなんです。わたしは人でも、化け物でもなくて、わたし自身なんなのか分からなくて、わ、わたしと同じ存在は、この世界にいなくて…………。だ、だから、独りぼっち、なんです」

 

「――――――――」

 

 カルミアがひどく苦々しく、それでいてどこか悲しそうに、口をつぐんだままこちらを見つめていた。

 

 彼女が何を思っているのか、なぜそんな表情をしているのか、わたしには分からない。分からないけど、でも、二人と出会えたからこそ生まれた、この胸の内にある温かい何か。それを伝えるために、わたしは続ける。

 

「…………で、でも、独りぼっちでも、一人は、嫌、なんです…………!!ふ、二人が、ずっとわたしに優しくしてくれてたから、い、今はなおさら、そう思うんです!!…………だから、だから…………!」

 

 いつの間にかあれだけ堪えようとしていた涙が溢れ、しゃくりあげながら、言葉に詰まりながら、それでもわたしの想いを伝えようと、伝えなければと、無理矢理に口を動かす。

 

「だから、わ、わたし、は…………わたしは!!誰かといっしょにいれるなにかに、なりたいんです!!」

 

 涙を拭って、カルミアの瞳を見つめながら、そう、叫んだ。

 

 結局のところ、わたしは自分がなんなのかという問いに対して最後まで明確な答えを示すことはできなかった。けれど、だからこそ、わたしはリビアとカルミア、彼女たちと共に笑い合えるような存在になりたいと、そう強く思ったのだ。


 たとえ自分がどのような存在なのかわからなくとも、これから先、自らが望むように在ろうとすることはできるはずだと。わたしはそう思い、そう感じ、そう言葉にした。

 

 それが、二人と出会って、共に日々を過ごして生まれた、わたしの、わたしだけの願いだった。

 

 顔をぐちゃぐちゃにして、流れる涙をそのままに、動き回ったわけでもないのに息を切らしながら、わたしはカルミアの瞳を見つめ続ける。

 

「っんだよ、それ…………!」

 

 だが、彼女は小さく何かを呟くと、わたしと合わさっていた視線を外し、地面へと向けてしまう。


 その表情は先ほどよりもなお歪んでいて、彼女が何かに葛藤しているのだろうということが容易に伝わってくる。そして、それゆえに、わたしはこれ以上彼女に何を言えばいいのか分からなかった。

 

 そうして、わたしとカルミアの間にひどく重苦しい沈黙が流れる、寸前。

 

「……………………」


 リビアが顔を伏せ、口を閉じたままコツコツとただ足音だけを鳴らし、カルミアへ向けて歩み出した。


 彼女たちの距離はすぐに埋まり、リビアがカルミアの目前で止まる。

 

 そして、カルミアが何か問いかけるよりも早く、ただ一言、呟いた。

 

「歯を食いしばりなさい」

 

「は――――」

 

 瞬間、リビアは大きく腕を振りかぶり、カルミアの右頬を勢いよく引っ叩く。

 

「…………!?て、てめ、何しや」

 

 けれど、それだけで終わらず。

 

「オラ!もう一発!」

 

 続けて左頬。

 

「!!?ま、待て、いっか」

 

「さらにおまけ!!」

 

 再び右頬。

 

「ほ、ほんと、ちょ」

 

 リビアは尻餅をついたカルミアに馬乗りになると、胸ぐらを掴み、容赦なく振りかぶった。

 

「ラスト一発!!!」

 

 言葉通り、最後にもう一度左頬を引っ叩くと、リビアはカルミアの胸ぐらを離したのだった。

 

 …………リビアサン、トッテモ、コワイ。

 

 先ほどの空気など忘れて、わたしはただただリビアの突然の凶行に恐れ慄き震えていた。なお、その暴力に晒されたカルミアは地面に倒れ伏し、先ほどとは違う意味で沈黙している。

 

「ほら、何横になってるのカルミア!さっさと起きなさい!それともまだビンタくらいたいの!?」

 

 鬼だ、ここに鬼がいる…………!

 

 カルミアはリビアの言葉を聞いてか瞬時に起き上がり、そのままリビアの手が届く範囲から勢いよく飛び退いた。カルミアの様子からはリビアに対する恐怖がよくよく感じられ、素直に同情してしまう。

 

「て、てめー、リビア!!急に何すんだよ!?」

 

「うっさい馬鹿!この大馬鹿!!正真正銘本物の大馬鹿!!!あんたこそ何してんのよ!?」

 

 両頬を真っ赤にはらしながら突然の蛮行の意図を問いただすカルミアに、リビアはそれ以上の声量をもって叫び返す。そんなリビアのとりつく島もない態度にカルミアは気圧され、言葉を詰まらせた。

 

「さっきからカッコつけてんじゃないっての!!何が、お前はいったいなんなんだ、よ!!そんなの決まってるでしょ!?彼女はセツさんで、わたしたちの友達!!それ以上に何が必要なのよ!!?」

 

 リビアは叫びながら、再びカルミアへ近づいていく。わたしからは彼女の後ろ姿しか見えないが、それでも、その背中からははっきりとした怒気が伝わってくる。

 

「あんたもなにか抱えてんのかもしれないけど、だからってセツさんに八つ当たりしていい理由になんてなるわけないでしょ!!」

 

 リビアの叫びを聞いて、後退りしていたカルミアの動きがピタリと止まる。片方の動きが止まったのならば当然その間にある距離はすぐに縮まり、リビアは再び彼女の胸ぐらへ手を伸ばした。

 

「あんたが何にどんな感情を抱いてんのかなんて知らない!!でも、その感情はセツさんに向けるものなの!?その相手はセツさんなの!?ねえ、答えなさいよ!?」

 

「そん、なの…………」

 

 胸ぐらを掴み、顔を寄せ、リビアはなおも叫び続ける。そんな彼女の勢いに押されてか、カルミアは顔を俯かせ返答に窮していた。


 言い淀むカルミアに何を思ったのか、リビアが今度は頭を振り被り、カルミアの額へ勢いよく頭突きを食らわせる。

 

「いっっ!?」

 

「俯くな!!前を、セツさんを見なさい!!泣きながら!震えながら!それでもあたしたちと一緒にいたいって叫んだセツさんを見て、あんたが向ける感情は、向ける相手は、正しいっていえる!?答えなさい!!答えろ、カルミア!!!」

 

 そこまで言い切り、リビアはカルミアをわたしへ向かって放った。

 

 瞬間、先程まで背中しか見えなかったリビアの瞳が視界に映る。普段は明るさや優しさを感じさせる彼女の美しい黄色の瞳は、今このときはひどく潤み、すぐにでも雫が溢れそうだった。

 

「今のセツさんを見てなにも感じないってんなら、あたしは心底からあんたを軽蔑するわ」

 

「…………っ」

 

 次いで、わたしの目の前に来たカルミアと視線が絡む。

 

 彼女の黒瞳はわたしを視界に収めた瞬間から大きく見開かれ、そのまま固まってしまう。

 わたしはそんな彼女に何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからず、ただあたふたとリビアとカルミアの間で視線を彷徨わせる。

 

 ここにいる全員が何も言わず、動かず、しばらくの時が経ち、不意にカルミアがわたしへ向けていた視線を外し、空を仰いだ。

 

「…………ああ、そうだな」

 

 カルミアはただ一言そう呟くと、わたしとの間にあった距離を詰め、互いの手が届くほどまで接近する。

 わたしは彼女のこの後の行動が予測できず、ただ体をこわばらせることしかできなかった。

 

 カルミアがポケットに手を入れ、さらに一歩踏み出す。

 すぐそこにまで迫る彼女に、思わず目を瞑ってしまう。

 

 そうして一瞬の後、視界を失った世界で、頬に柔らかなものが触れた。

 優しく、温かく、柔らかに、けれどどこか壊れ物を扱うような躊躇いをもって、わたしの流れる涙を拭う感触かあった。

 

 恐る恐る瞼を開けると、そこにはわたしの頬へハンカチを押し当てるカルミアがいた。

 彼女はひどくバツが悪そうで、それでいて申し訳なさや罪悪感を感じさせるような、そんな複雑な表情でこちらを見つめている。

 

「…………ごめんな、セツ」

 

 小さく、彼女が呟く。

 

「私が間違ってた。…………お前は、人間だよ」

 

 彼女の言葉に含まれる感情は非常に多様で、わたしにはその全てを読み取ることはできない。けれど、それでも、彼女が先程までわたしに対して抱いていた負の感情は感じられず、わたしにはそのことがたまらなく嬉しかった。

 そして、たまらなく嬉しかったからこそ、より一層声が、涙が、止まらなくなってしまう。

 

「う、ゔ…………ゔわ“ぁ“ーーーーーん!!か、カルミ“ア“ざん!!ゔ、ゔわ“ぁ“ぁぁ、うわぁ“ぁーーん!」

 

「っとと…………悪かった、悪かったよ。ほんとごめんな、セツ」

 

 わたしは泣き声を上げながら勢いよくカルミアに抱きつき、彼女は突然の衝撃によろけつつも謝罪を繰り返した。

 

「…………目は覚めた?大馬鹿」

 

 カルミアに抱きついてひたすらに嗚咽していると、前方からリビアの声が聞こえた。

 発言の内容はカルミアを罵倒したものだったが、それでも、彼女の口から漏れた響きには優しさが含まれているように感じられた。

 

「ああ、おかげさまでな。…………お前のいう通りだったよ、リビア。私は、顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくるこいつを見て、敵だとは思えなかった。人間にしか、見えなかったよ」

 

「ふんっ、気づくのが遅いっての」

 

 わたしはカルミアの胸に顔を押し当てたまま、そんな二人のやり取りを聞いていた。

 

「というか、あたしへの謝罪はないの?」

 

「ええぇ……?おまっ、私の両頬と額を見て同じこといえる?めっちゃ腫れてんだけど」

 

「…………あたしへの謝罪は?」

 

「あ、はい。そっすよね。律儀に見てくれてこりゃどうも。…………まあ、感謝はしてるよ。あんがとな」

 

「だから!しゃ!ざ!い!は!?」

 

「ねーよ!!お前にはない!!セツにならいくらでも謝るけど、絶対お前みてーなゴリラには謝んねーぞ!!」

 

「ああ“!?今なんつったこら!?」

 

 リビアとカルミア、二人のいつも通り、というにはいくらか暴力的な、そんな掛け合いが耳に入り、その愉快な様子に思わず吹き出してしまう。

 そんなわたしの笑い声が聞こえたのか二人の注目がわたしへ移る。

 

「ねぇ、セツさんどう思う!?こいつまだ折檻が足りないみたいよ!!二人で何発でも引っ叩いてやりましょ!!」

 

「セツに叩かれるのは良しとしてもお前は違うじゃん!!てかもうお前が叩きたいだけだろこの脳筋!!ほらセツ、そんなやつに構ってないでこっち向け。せっかく整った顔してんのに涙やらなんやらでぐちゃぐちゃだもんな。あっと、そうそう、杖も返さなきゃだ」

 

 リビアはわたしの肩を揺すりながら、カルミアはわたしの顔をハンカチで拭い杖を返しながら、わたしを挟んでじゃれあいのような言い争いを始めた。

 そんな二人がわたしにはおかしく、おもしろく、それ以上に嬉しくて、さらに笑ってしまう。そんなわたしにつられてか、二人もいつの間にか笑っていた。

 

 そうして顔を突き合わせ三人で笑い合っていると、わたしの後方でお腹に響くような大音量で、けれどどこか小気味良さを感じさせる、そんな爆発音が響いた。


 突然の音に驚き振り向くと、そこには満点の星空と月、天へと昇る色とりどりのランタン、そして、そんな世界に咲き誇る、大輪の火の花が瞬いていた。

 

「わぁ…………!」

 

 思わず、感嘆の声が漏れる。そして、それはわたしだけでなく二人も同様だった。

 

 ここに来る前にリビアが語っていた、未だ空を揺蕩うランタンを魔法によって色彩豊かに爆発させる、ラーレ祭のフィナーレが始まったのだ。

 

 先ほどの爆発音を皮切りに宙に浮かぶランタンが次々と爆発し始め、空に浮かぶ花々が弾けてはほどけ、ほどけては弾けていく。


 ここにたどり着いた時と同様に言葉なく、ただ目前に広がる、この瞬間だけ、わたしたちだけの情景を、見つめる。見つめ、そして、願う。

 

 ――――また来年、ううん、その先も、何度でも、三人で観に来れますように、と。

次回は明日17時ごろ投稿予定です。

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