お前はいったい、なんなんだ?
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「…………っっっっ、ふぅーーーー」
先ほどと同じように、魔法を扱うだけの機構から、セツという名の一人の少女へと、自らの意識が切り替わっていく。
その過程で、長く重いため息が口をついてでた。
これまでも必要に駆られ、今回のように規模の大きい魔法を使うことは何度もあった。だが今までの適当に魔法を使えばよかった場面とは異なり、今回は一つの条件がつけられていたのだ。
ズバリつまりそれは、出力を上げすぎてはいけないという、まさしくわたしにとっての鬼門だった。
もしわたしが出力を誤り、必要以上の魔力を注いでいたらどうなっていたか。
この街の木々が丸裸になる。建物のいくつかが吹き飛ぶ。それらはまだ比較的マシな方で、下手をしていたら龍を傷つけてしまいその報復によってこの街が滅びかねなかったのだ。
だからこそ、上手くことが済んだ安堵、脱力、達成感、そのほかにも様々な感情でわたしの胸の内は埋め尽くされていた。
本当に、とても、とても疲れたけど、無事に雨雲を吹き飛ばすことができて良かった。これで何もかも解決。あとはアサナが語る物語のように、幸せになりましたでおしまいだ。
…………ああ、わかってる。これは現実だから、ここで終わるなんてことはなくて、いい加減すぐ後ろの彼女たちに、リビアとカルミアに向き合わなければいけないのだということを。
わたしの内にある、人の道理を超えた力。
わたしは二人にならそれを見せても大丈夫だと、それだけの力持つわたしでも、きっといつものように笑って受け入れてくれると、そう思えたからこそ、この場でその力を振るった。
リビアも、カルミアも、これまでどんなわたしであろうと受け入れてくれた。わたしの言動に呆れても、笑っても、怒っても、決して拒絶することも、否定することもなかった。わたしから離れようとは、しなかった。しないでいてくれた。
だから、だからこそわたしは、怖かった。
彼女たちを好きになってしまったから、彼女たちのことを大切に思ってしまったから、彼女たちに、心を許してしまったから。
彼女たちに拒絶されることが、彼女たちに否定されることが、彼女たちが、離れていってしまうことが。
わたしには、心の底から、震えるほどに、恐ろしかった。
わたしの背後にいる二人、彼女たちはどんな表情でわたしを見ているのだろうか。
笑顔でこちらを伺っているのか、恐れに顔を歪ませているのか、呆然と驚いているのか、あるいは、何も感じえぬ無か。わたしにはわからない。わからないから、怖くて恐ろしくて、振り向くことすらできない。
一度は彼女たちなら受け入れてくれるはずだと信じられたのに、いざ答え合わせを前にすれば恐怖で動くことも、声を発することもできなくなっていた。
心臓は苦しくなるほどに鳴り響き、口の中はまるで針を含んでいるように乾いている。頭の中は少しもまとまらず、なにを言えば良いのかわからなくなってしまっていた。瞳はきつく閉じているのに瞼の上から涙が溢れ、止めることもできない。
そんな激しい感情の嵐の中、それでも何か言わなければと、無理やりに口を動かし声を発する、その、直前。
「セツさん!!!」
――――温かな響きを伴って、わたしを呼ぶ声が、聞こえた。
「すごいわ!!本当に本当に、すごすぎよ!!雨雲が吹き飛んでいったのはセツさんのおかげなのよね!?キャーー!!天気を変えるだなんてそれこそ龍みたい!!もう、こんな力持っていること黙ってただなんて水臭いじゃない!!」
リビアがこちらへと向かいながら、高揚した様子で捲し立てるように言葉を並べる。
その様子は普段と何も変わらず、だからこそ、わたしの心はとても、とても大きく、緩んでしまう。
そして、そうして安心したからこそ、緊張の糸が切れてしまった。
「どうしたらあれだけの魔法が使えるの!?もしかして普段から持っていた杖はトレーニング器具的な感じなのかしら!?あー、もう!聞きたいことがたくさん過ぎて…………って、セツさんどうして泣い」
「う、うわ“ぁ“ーーーーーん“!!り、リビア“ざん、わだじ、わ“だじーー!!よがっだよぉーー!!う“う”っ、あ、あ“りがどうございまずぅーー!!」
すぐ後ろにいるリビアへ振り向き、縋るように抱きつきながら、涙を隠すこともせず、支離滅裂に叫んだ。
自分が今どんな感情を抱いているのか、それを言葉で説明することなどできないほどに内心はぐちゃぐちゃで、けれどそこに暗い気持ちが含まれていないということは何がなくとも理解できて、だから、涙が、叫びが、止まらなくて。
「…………ふふっ、セツさん、お疲れ様。それに、空を晴らしてくれて、わたしの方こそありがとうね」
涙を、叫びを、そしてわたし自身をあやすように抱き止めながら、リビアはそう言った。その瞬間の彼女の表情は、まるで物語に出てくる聖母様のように優しく、柔らかく、温かかった。
「…………なあ、セツ」
リビアに抱きついたまましばらくの時が流れ、わたしがようやく落ち着いてきたころ、それまで無言で地面を見つめていたカルミアが、タイミングを見計らったかのように、独りごちるように、そう声をかけてきた。
わたしは先ほどの涙によって赤くなってしまった目元を拭いながら、リビアの服の裾を掴んだまま彼女へ視線を向ける。
そうして視界に入ったのは、何かを言い淀むように、あるいは言葉を探すように、瞳を動かす彼女だった。
わたしの視線を受けて意を決したのか、焦点がわたしへと定まり、話し出す前動作のように口元が引き結ばれる。
そして、彼女の口から、漏れ出すように音が零れた。
「…………お前は、なんなんだ?」
思わず、リビアの服の裾を強く握り込む。
「天候を変えるだけの能力を持つ魔法使いはたしかにいる。けどそれは、本当にごく僅か、それこそ、世界全体で見ても十人もいないだろうさ。そして、それだけの力を持つ奴はたとえ世界のどこに隠れようと、草の根をかき分けてでも、協会か他の組織か、どちらにしろ例外なく囲われちまう」
カルミアの口から溢れる声はいつものおちゃらけた雰囲気を感じさせるものとは異なり、ひどく真剣な空気を纏っていた。
「…………いいや、囲われなくちゃならないんだ」
そして、その口調はひどく苦々しく、まるでわたしのことを詰問するようで、それだけで勝手に心が竦んでしまう。
「こんなところで呑気に学生なんてできやしないし、ましてやその力を自らの意思で振るうことなんてできないんだよ。お前みたいなやつは」
わたしの琥珀に潤む瞳へ合わせていた黒瞳を外し、地面へと向けながら、彼女は吐き捨てるようにそう言った。
「何その言い方!?ちょっとカルミア!!」
「リビア、悪いが少し黙っててくれ」
わたしへの発言に物申すようにリビアが声を上げたが、カルミアはわたしへ視線を戻した後、リビアを一瞥することもなくそう口にして彼女を制した。カルミアが放つ、普段とは全く異なる空気に気圧されたのだろう。
「気づいてるか知らないが、さっき魔法の準備してたとき、お前、光ってたんだぜ。今はもう見えなくなった、あの龍みたいにさ」
カルミアは親指を立てて背後を指し、言葉を続けた。
…………彼女の視線や口調、放つ空気から、言いたいこと、聞きたいことが、もう十分に伝わってきた。十分に、分かってしまった。
つまり、彼女は、わたしを。
「…………なあ、お前はいったい、なんなんだ?」
――――人間ではない何かだと、そう、認識してしまったのだ。
次回は本日21時ごろ投稿予定です。




