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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
16/26

新たな境地(後遺症:トラウマ)

 ――――神は死んだ。

 

「らっしゃせーらっしゃせー!!安いっすよー!おひとついかがっすかー!!」

 

「出来立てあつあつで、とってもおいしいですよー!!よかったら見ていってくださーい!!」

 

 リビアとカルミアが声を張り上げて呼び込みをするそのすぐ横で、わたしは現実逃避するように無心になってヘラをふるう。

 鉄板の上で甘辛いソースに麺と野菜と肉を絡めた料理、確か名前はヤキソバといっただろうか、を作り続ける。

 

「お二つっすね!どもっ、お買い上げありがとうございまーす!!」

 

「ありがとうございます!お祭り楽しんでくださーい!!」

 

 ひたすらに麺と野菜と肉を炒め、ソースを絡める。出来上がれば隣にいるカルミアが容器に詰め、わたしは鉄板に再び材料を投入する。そしてそれをまた炒め、絡め、完成させ、材料を投入する。

 炒め、絡め、完成させ、投入。炒め、絡め、完成させ、投入。炒め、絡め、完成させ、投入。炒め絡め完成させ投入。炒め絡め完成させ投入。炒め絡め完成させ投入。炒め絡め完成させ投入炒め絡め完成させ投入炒め絡め完成させ投入……………………。

 

「やぁーーーーーーーーーー!!?」

 

「うおっ!?ど、どうしたセツ!?」

 

「び、びっくりしたわ…………!火傷でもしちゃった、セツさん?」

 

 ……………………はっ!?

 

 二人の声で我にかえる。

 どうやら、あまりの精神的負荷に耐えきれず、心をどこか遠くへトリップさせてしまっていたようだ。

 

「お、驚かせて、ごめん、なさい!その、ちょ、ちょっと疲れて、ぼーっとしてたら、えと、か、勝手に声が、で、出てました。よ、よくあることなので、あの、気にしないで、ください…………」

 

 わたしは驚かせてしまった二人、リビアとカルミアに謝るとともに、自分は大丈夫だと伝える。

 幸い、二人とも驚いた拍子に目の前の鉄板に触れてしまうというようなこともなかったようで、素直にわたしの心配をしてくれていた。

 

「お、おう、それならいいけど。……いや、突然叫び出すのがよくあることって逆に大丈夫なのか……?」

 

「セツさんはずっと熱い鉄板の前で料理し続けてるんだもの、疲れちゃうわよね」

 

 現在、わたしたちは魔法学園都市全体で行われている大規模なお祭り、今回は都市の自治体が主体となって開催しているもので学園祭とはまた異なり、その名をラーレ祭という、に出店している屋台のひとつで売り子をしていた。

 

 わたしたちの屋台は都市の大通り、その一角に店を構えており、両隣どころかずっと遠くまで色とりどり種々さまざまな屋台が軒を連ねていた。

 

 当然、大通りには今日のお祭りを楽しもうと数えきれぬほどの人が行き交っており、端的にいって、わたしは早くも限界だった。

 

 ヤキソバの屋台を開店したのが午前のティータイムよりいくらか早い時間帯であり、今はお昼少し前。この短い時間でわたしの精神、肉体は、どうしようもなくボロボロに摩耗してしまっていた。

 そして、そんなひどく打ちのめされたわたしをさらなる絶望に叩き落とす、どうあっても逃れることのできない未来がすぐそこまで迫ってきていた。

 

 その未来の名は、そう、お昼どき、だ。

 

 わたしたちが売り子をしているこの屋台は、今に至るまでの昼食には早い時間帯でもそれなり以上に繁盛していた。そんな、それなり以上に繁盛しているこのお店に、お昼どきが訪れればどうなるか。そんなもの、火を見るより明らかだ。


 これまで以上にお客さんが、いや、飢えた獣が如き卑しい人間が、自らの欲望を満たすためにこの屋台へ狙いを定め、殺到し、その結果としてわたしは死ぬ。

 わたしにはそこに至るまでの過程が、そしてそんなわたしの末路が、嫌になるほどくっきりと見えていた。

 

 もうお家、もしくは自室、に帰って毛布にくるまり、まる三日間くらいミノムシになっていたかった。

 何もせず、ただただ惰眠を貪り自らの一切の世話を他者、ヨヒラかアサナに限る、に任せてしまう、そんな愛玩動物のような生き方をしたかった。

 それが叶わぬのならば、せめて、せめてこの場から逃げ出してしまいたかった。

 

 けれど、今のわたしでは逃げ出すことすらできない。

 

 それはなぜならば、わたしはとある重要なものを悪逆非道なる人物によって質に取られており、その人道を解さない存在の言いなりになってしまっているからだ。


 彼に取引を持ちかけられた際、わたしは激怒した。必ずかの邪智暴虐なる人物を除かなければならぬと、そう決意したほどだ。

 

 ――――ああ、なんたる卑劣!なんたる悪辣!まさに姑息にして狡猾!相手の意思を無視して無理矢理に行動を強制させるという、人を人とも思わぬ不義なる凶行!これが、人間のすることか!!

 

 わたしは声を大にしてそう叫びたかった。けれど、質の存在故に、わたしは彼に従うほかなかったのだ。

 

 …………まあ、長々と現在の心境やわたしが置かれている状況をそれらしく語ってきたが、実際のところ、言葉にすればひどく単純で、たったの一言で余すところなくその内容を伝えられる。

 

 ズバリつまりそれは、必修授業の単位補填のため、お祭りの屋台の売り子をさせられている、だ。






「おーい、セツ、生きてるかー?」

 

「…………や、やきそば、ぃため、……め、完成さ……、とうにゅぅ、ううっ…………!」

 

「だ、だいぶ重症だな、こりゃ…………」

 

「たっだいまー!大漁よ、大漁ー!……ととっ、うるさくしちゃダメよね。カルミア、セツさんはどう?」

 

 わたし、やきそば、つくる。なくなったら、また、つくる。つくって、つくって、つくってつくってつくって…………。

 

「おお、買い出しご苦労さん。セツはまだ寝てるが、それでも今日の目玉、ラーレ送りまでには起きるだろ…………っと、噂をすればってやつか」

 

 どうして、やきそば、つくる?

 どうして、つくらなきゃ、いけない?

 

「セツ、お疲れさん。よくがんばったな。今ちょうどリビアが食いもん持ってきてくれたところだ。なんか食べるか?」

 

 おまつりがあるから、ひとがあつまるから。

 なら、わたし、は――――

 

「――――人類!!滅ぼす!!!…………んんっ、あれ、ここ、は…………」

 

 つい先程まで酷い悪夢を見ていたような気がしたが、気がつくとわたしはひと月ほど前から働かせてもらっているアルバイト先の書店、その物置のソファで横になっていた。

 

 ええと確か、今日はお祭りの日で、書店はお休みで、ヨヒラは薄情にも用事があるからなどと言ってついてきてくれなくて、わたしはおとぎ話の悪役がごとき教授との取引によって無理やりに屋台の売り子をさせられて、それから…………。

 

 現状と記憶が結び付かず、情報を求めて周囲を見まわす。

 

「なあ、なんか今すごいこと口走ってなかったか…………?」

 

「…………きっと、よっぽど疲れたのよ。そういうことにしておきましょう」

 

 そうして、すぐ目の前にいる二人の同僚にして同期、椅子に座るカルミアと大きな袋を持ったリビアを視界に収める。


 わたしの視線に気がついたのか、リビアがこちらへ顔を向け、明るく口を開いた。

 

「おはよう、セツさん!売り子お疲れさまね。お客さん多くてお昼も食べられなかったからお腹空いているんじゃない?美味しそうなものいろいろあるから、よかったら食べて!」

 

 そう言って、彼女は手に持つ袋から食べ物が入っているのであろう容器を取り出し、ソファのすぐ前方にあるテーブルに並べ始めた。

 

「えっとね、これがフルーツを飴でコーティングしたもので、こっちは野菜一本をまるまる漬けて串に刺したもの、この白いモコモコは砂糖を溶かして空気を含ませながら固めたお菓子!他にもたくさんあるから好きに選んで!」

 

 袋に入れてあった容器を全て出し終わったのか、リビアはそのうちの一つを開け、中から魚の丸焼き二串を取り出し、ぱくつき始める。

 彼女が魚へ齧り付く様子を見るともなしに見ていると、不意にわたしのお腹が小さく鳴り、その音が聞こえたのか二人がくすりと笑った。

 

 わたしは彼女たちの生暖かい視線に耐えられず、料理を物色しようとテーブルへ視線を向ける。

 

 現状に対する疑問は尽きないが、それらを解決するのはお腹を満たしてからでもいいだろう。

 わたしは空腹に勝てずにそう結論づけ、目前の大量にある料理へと思考を移す。

 

「にしても、ずいぶんたくさんあるな。けっこう金かかったんじゃないか?」

 

 カルミアがいくらかの含みを持たせてそう声を上げた。

 わたしも彼女と同じようなことを思っていたところだ。

 

 わたしと彼女の目線の先、テーブルの上には様々な料理が所狭しと並べられ、パッと見ただけでわたしたち三人で食べ切れるか怪しくなる程度の量があった。

 こういった場にあまり縁のないわたしでも、これだけの量をお祭り価格で買ったとなれば馬鹿にならない金額となるだろうことは容易に想像できる。


 そのため、わたしとしては今回のような買い物の仕方をするのは、あまりにもリビアらしくないと感じてしまう。

 

 書店で働き始めて分かったことだが、リビアは普段のふわふわした言動とは裏腹に、お金に関しては非常に厳しいのだ。

 それは何も書店や先ほどの屋台といった場だけでなく、自身が使うお金に関しても、いや、むしろそちらの方が非常に厳しいとすらいえる。

 

 もちろんこのことはカルミアも知っており、だからこそ、彼女も先ほどのような言葉を投げかけたのだろう。

 

「ああ、気にしないで。全部貰い物だから」

 

「…………これ全部?マジで?」

 

「ええ、まじよ。あたし自身この街の生まれだから知り合いが多いのと、いろいろな場所でアルバイトしてきたから、出店してるそういう人たちが声をかけてきてくれてね、友達と食べなさいって奢ってくれたの」

 

 な、なんというコミュニケーション能力…………!これがリビアの、陽なる者の世界!わたしのように常に引きこもることを考えている陰の者には、決して至ることのできない領域!!

 …………まあ、わたしとしては街を歩くだけでたくさんの人に声をかけられるようになるなど死んでもごめんなのだが。

 

「そりゃあずいぶんとお得なことで。それならまあ、私も遠慮なくもらおうかな」

 

「どうぞー、好きなだけ食べてちょうだい」

 

 そんなやり取りの後、カルミアはどれを食べるか迷っているわたしの隣に来て、同じように屋台料理を物色し始めた。

 

「ど、どれがなんなのか、わかんない、です…………」

 

「だな。ま、屋台料理なんて運試しみたいなもんだ。わたしはこれもらうぞ」

 

 わたしの発言にカルミアが同調し、けれど大して悩む様子もなく、平たい揚げパンらしきものを手に取った。

 それに倣いわたしも深く考えることをやめ、手元にあった、包に覆われている長方形の容器を手に取る。

 

 包みを取り容器の中を覗くと、そこには今日一日で文字通り嫌になる程見慣れてしまった料理が入っていた。

 絡まったソースによってテカテカと茶色に輝く麺、申し訳程度にその姿が見える野菜と肉、本来なら食欲をそそる香ばしい香り。


 そう、それはわたしにとっての絶望、恐怖、そして、心を苛む呪い。

 

 その名は――――。

 

「…………これ、は?や、やき、やきそ、ば?ヤキソバ!?やぁーーーーーーーーーー!!?」

 

「あいつ、完全に屋台でのことトラウマになってるだろ…………」

 

「かわいそうだけど、食べ物でフラッシュバックって一周回ってちょっとおもしろいわね」

 

 ああ、そうだ。そうだった。全て、思い出した…………!


 わたしは、あの屋台でヤキソバの材料の在庫が尽きるまでひたすらにヘラを動かす、感情なきマシーンになっていたんだ!

 

 目前にはたくさんの人が並ぶ長蛇の列。後ろには終わりなど訪れないのではないかと錯覚してしまうほどに積み上がった食材の在庫。そして、わたしに任された仕事は意思など不要な単純作業。

 

 そうだ、わたしは他者からの視線から自分自身を守るため、作業を効率化させるため、自ら心を捨て去ったのだ!!


 考えることをやめ、ただただ定められたルーティンを繰り返す。何も感じず、何にも動じず、やるべきことのみを行う。

 それがわたしだった。それが、あの屋台で会得した新しい極地、心を殺すということだった。

 

 その領域に至ったわたしは一言も発することなく作業を続け、予想よりもずっと早い午後のおやつどき、ついに、言葉にするのも悍ましいあの料理、その材料を消費し切ったのだ。


 そして、そのことを思い出してしまったからこそ――――


「や、ヤキソバ!!!やぁーーー!?やぁーーーーーーーーー!!?」 


 わたしの心は、どうしようもなく荒んでしまっていた。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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