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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
15/26

人、それを丸投げという

「前から今の人数だとどうしてもシフトに穴ができるからって、店長さんがもう一人アルバイトがほしいっていってたのよ」


 言葉の意味を理解できずに固まってしまったわたしに頓着せず、リビアはさらに続けた。

 

「このお店の店長さんはその、ゆるいというかなんというか…………そう!融通のきく人なの!だから、このお店で働いて後で買うっていうなら先に読むことも許してくれると思うわ!」

 

 ゆっくり、彼女が発した言葉を咀嚼する。


 つまり、ここでアルバイトをすればお目当ての本を買うためのお金を稼げるだけでなく、お金が貯まるよりも先にその本を読むことができるのだと、彼女はそう言いたいのだろう。

 

 わたしはこの本の著者の一ファンとして、たとえその内容がわかっていても実物を手元に置いておきたいと思っている。

 そんなわたしからすれば、本の中身をすぐに読むことができ、なおかつ最終的には購入するためのお金も稼げる彼女の提案は、とても魅力的に思えた。

 

 だが、その上でなお、彼女の言葉に素直に頷くことはできなかった。

 それはなぜならば――――。

 

「いや、流石に厳しくないか?店長の適当さについては同意だが、それとは別に、セツ自身これまでの様子から接客業なんてまさしく苦手分野だろう?別にそれを悪くいうつもりはないが、それでも金をもらう以上最低限はこなせなきゃ店長にも客にも示しがつかない」

 

 そう。対人能力がマイナスに振り切ったわたしに、書店員なんていう非常に高難度かつ危険な業務が果たして務まるのか。そして、その業務に耐えることができるのか。

 それが、わたしがリビアの提案に答えあぐねている理由だった。

 

 頭の中で自分がここで働いている姿を想像する。

 お客さんが突然入店して失神するわたし、お客さんに本の場所を尋ねられて失神するわたし、お客さんにクレームをつけられて失神するわたし、まだ見ぬ店長に怒られて失神するわたし、何がなくとも失神するわたし。

 他にもまだまだたくさん、さまざまな理由で、簡単に意識を失ってしまう自分が数え切れぬほど思い浮かぶ。

 

「…………カルミアの言いたいこともわかるけど、それでもみんな最初は初心者で、失敗から学んでいくものでしょ?セツさんもこれからできるようになっていくわよ」

 

「ああ、みんな初心者っていうのはその通りだ。でも、ずっと初心者ってわけにもいかないし、やることはさっさとできるようになってもらわねーと。で、そうなると結局は本人の適性とやる気に左右される。まあ、つまりはセツが自分で決めることで私たちがどうこういうことじゃないんだろーな」

 

 カルミアはリビアの反論を受け流し、そう結論づけた。

 

 おそらく、カルミアはわたしがにここで働こうと働かなかろうと、どちらでもいいのだろう。


 だがそれと同時に、もしわたしが自らの意思のもとここで働くことを決めたのならば、決してそれを否定することなく、わたしが真っ当に働けるようになるまで手助けしてくれるのだろうなと、そうも思えた。

 

 わたしは初めてリビアと出会ったあの時、彼女のことをとんでもないお人よしだと思った。そして今、わたしはカルミアのことを、リビアとは異なる形ながらも彼女に負けず劣らずのお人よしなのではないかと感じている。

 

 なぜそんな風に感じるのか、言葉にすることはとても難しい。


 でも、その上でなおむりやりに言い表すなら、なんとなく、アサナに似ているから、なのだろう。

 わたしにとって、誰かを信頼する理由にそれ以上は必要なかった。

 

「…………ぁ、あの!!」

 

 わたしはなけなしの勇気を振り絞って声をあげ、それにつられて二人がこちらへ振り向く。

 わたしにとって他人に注目されるというのはひどく恐ろしいことであり、この時も直前の自分の行動をすぐに後悔してしまう。

 

 けれど、それでも、震える声と体を抑え、わたしは言葉を続けるため、口を開いた。

 

「え、と…………その、わ、わたし、ここで、は、働きたい、です…………!」

 

 ああ、言ってしまった…………。でも、こうなったらもう後戻りはできない。

 

「…………セツ、働いて金をもらうってことは責任が伴う。本当に大丈夫か?」

 

 カルミアが最後の確認とでもいうようにそう尋ねてくる。そんなところもアサナみたいだなと思いながら、わたしは返答する。

 

「ふ、二人がいてくれるなら、こんなわたしでも、は、働けるかなって、その…………」

 

 ひどく他力本願のようで他者依存的な動機だと、自分でも十分わかっている。だが、それがわたしの偽らざる本音だった。

 

 わたしたちの間に一瞬の沈黙が訪れ、けれど、それはすぐに破られる。

 

「そうか。なら、後で店長にお前がここで働きたがってるってこと伝えておくよ。まあ、あのおっさんのことだから面接どころか会うことすらなしに採用するんだろうな…………」

 

「そうね…………。君たちに全部任せるよー!なんていうのかしら。ああ、声音から表情まではっきりとイメージできるわ…………」

 

 二人はいくらか疲れたような、うんざりしたような、そんな雰囲気を醸しながらそう口にした。

 …………どうやら、先ほどから話題に上がるこのお店の店長はかなり個性的な人のようだ。

 

 リビアが気を取り直すように咳払いをし、話を進める。

 

「とりあえず、店長さんから返事が来たらセツさんに連絡するわね。たぶん遅くても2、3日後くらいかしら。カルミア、あなたセツさんと同じ授業受けてるのよね?伝言お願いしてもいい?」

 

「ああ、それは構わないんだが…………。なんでかな、この前の二人組の授業の時しかセツのこと見てないんだよな。セツ、毎回授業ちゃんと出てるよな?」

 

 わたしはカルミアの言葉に首を上下に激しく振ることによって返答した。

 

 彼女が普段の授業でわたしを認識できないのも当然だった。それはなぜならば、わたしは授業を受けるとき、毎回認識を阻害させる、詳しく言えば特別に対象へ意識を向けなければその存在を記憶することができなくなる、そんな魔法を自身へかけているからだ。

 

 この認識阻害の魔法はわたしが魔法学園に来た当初、他人からの視線を避けるため独自に開発したものだ。

 カルミアが授業でわたしを見ていないというのもこの魔法が原因であり、おそらくこの魔法をかけ続けている限り、彼女が授業中にわたしを見つけることは不可能だろう。

 

 だが、魔法なしで授業に出るという選択肢はわたしにはなく、どうすればいいだろうかと考え、思いつく。

 

「…………あの、わ、わたしも、カルミアさん見つけたら、こ、声をかけるように、します!」

 

 わたしにとって自分から誰かに声をかけるというのはなかなかに難易度の高いことではあるが、それでも今この手の中にある本のため、なんとかやってみせよう。

 

「そうだな、セツも私のこと見つけたら頼むよ。後は……うん、給与体系やらシフトやら話すことはたくさんあるが、それは店長から雇用の許可が降りてからでいいだろ。…………うっし、とりあえず、今日はこんなところで終わりだな」

 

 カルミアは話を切り上げるようにそう声を上げ、軽く伸びをした。

 彼女のそんな様子を見てわたしもいくらか気が緩む。

 

「ところで、外はもう真っ暗みたいだけど、セツさん一人で帰れそう?あ、そういえばヨヒラちゃんもいたわね。それなら大丈夫…………よね?」

 

 リビアが前半はわたしを心配するように、後半にはそういえばと安心したように、そして、最後にはむしろいくらかの不安を覗かせるように、そう言った。

 彼女のそんな様子から、わたしたちへの負の信頼を感じる。

 

 窓から外を覗くと、彼女の言葉通り、春の終わりごろにも関わらずすでに暗く、おそらく時刻は夕食より少し早いくらいといったところか。

 自室に着くのは何時ごろになるだろうか。

 

 そういえば初めて出会った入学式の日の別れ際も同じように心配してくれていたなと不意に思い出し、小さく笑いが溢れた。

 

「だ、大丈夫、です!……きっと、たぶん。わ、わたし、そろそろ、お、お暇します、ね。あと、その、いろいろと、あ、ありがとうございました!」

 

 わたしは絞り出したような声になりながら、それでもなんとか彼女たちに向けてお礼と別れの言葉を発し、手に持っていた本を返す。

 

「おう、帰り道気をつけてな。また授業のとき会おうぜ」

 

「こちらこそ、アルバイト引き受けてくれてありがとう、セツさん!わたしも学内で会えたらいいのだけど、まあ、こればっかりは仕方ないわね。次に会えるのを楽しみにしているわ!」


 二人は明るくそう口にし、わたしを送り出してくれたのだった。




 


「へー、あのセツが、アルバイトですか。うーん、明日は槍の雨、いえ、火山の大噴火か氷河期の到来か、はたまた巨大隕石の衝突か!ま、どれであろうと世界滅亡の危機ですかね。そうなると、今日のうちにおいしいものたくさん食べないと…………!」

 

「な、何それ!!わたしだってアルバイトぐらい!アルバイト、ぐらい…………。うん、まあ、その、ね?わたしももう16歳ですし?そのくらい、ね?」

 

 書店からの帰り道、わたしは肩に止まるヨヒラに書店での出来事を話していた。

 

 わたしがアルバイトを始めると知って彼は冗談半分、だと思いたい、に世界滅亡の危機などとのたまった。わたしは反論しようと勢いよく声をあげ、けれどその途中で自身の日々の言動を思い出し、わたしの言葉には全くといっていいほど説得力がないことに気づいてしまったのだ。

 

 …………きっと、少し前のわたし、どころか書店に行く前のわたしにアルバイトをすることになったといっても、決して信じないだろうなと思う。

 だから癪ではあるが、ヨヒラの反応は無理もないことなのだろう。

 

 まあ、それはそれとして、非常に、とても、ものすごく、ムカつく態度ではあるのだが。

 

「アサナがこのこと知ったらどんな反応するんでしょうね?」

 

 不意に、ヨヒラがそんなことを呟いた。

 

 アサナの反応、か。…………うーん、なかなか難しい。

 頭の中で彼女にアルバイトをすることを決めたと伝えるところを想像してみる。彼女が大喜びする様子、ひどく驚き言葉を失う様子、冗談はよせと本気にしない様子、これは夢かと現実を疑う様子、その他にもいろいろと思い浮かぶ。


 だが、彼女なら。

 

「うん、アサナならたぶん」

 

「そうですね、あのバカ親なら」

 

 ヨヒラと顔を見合わせ、同時に口を開く。

 

「「そっぽを向いて涙ぐむ!」」

 

 意見がぴたりと一致した。


 互いの頭の中にあるアサナ像がひどく似通っていることがわかり、思わず吹き出してしまう。肩の上からも同じように愉快げな声が聞こえ、それが余計におかしかった。

 

 そこまで遅い時間でなくとも日が沈み暗くなった道、それに加え人に出会わないようにするためわざわざ選んだ人通りが少ない路地裏に、わたしたちの笑い声が響く。

 

 そうして二人でひとしきり笑いあった後、なんとなく、わたしはあの書店で働いている未来の自分へと思いを馳せた。

 

 リビアとカルミア、彼女たちに向かって書店で働きたいと言ったあのとき、わたしは二つ心に決めたことがあった。

 それは人に言えるような大層なことではないが、それでも、これから過酷な未来を歩むわたしにとってはとても重要で、いわば目的地を指し示す羅針盤のような、そんな決意だった。

 

 そう、わたしは強く、とても強く、決意したのだ。


 面倒そうなことは可能な限り彼女たちに任せよう、そして、本を買えるだけのお金が貯まったら誰に引き止められようとも速攻辞めよう、と。






 春曙ニノ月 ◯△日


 つかれた。今日はちょうつかれた。


 本を買うために訪れた書店でアルバイトをすることになった。

 正直、やってしまったなと思う。というか思っている。もう泣きそう。泣いた。

 だが、過ぎたことはどうしようもない。ここは前向きに捉えるべきだ。

 今日の書店での出来事をアサナに伝えれば、きっと、彼女はわたしを深く見直すに違いない。

 学園に来てから今日まで、ほとんど誰とも話すことすらなかったわたしが孤立無縁な状態での会話に成功し、あまつさえ自らの意思でアルバイトをすると言ってのけたのだ。これを成長といわずなんというのか。

 まったく、自らの成長ぶりが恐ろしくなる。このぶんではわたしが屋敷に帰る日もそう遠くはないだろう。


 冒頭にも書いた通り、今日はとても疲れているためこの辺りにしておこうと思う。


 最後に、神様、わたしの隕石乞いをご覧あれ。そして、どうか今月末までにその力の一端をもって、世界を一変してくださいますように。

次回は明日17時ごろ投稿予定です。

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