いかり の いちげき
「…………んんっ、ん?あれ、ここは?」
目が覚めると、乱雑にさまざまなものが置かれた、いくらか埃っぽい物置のような部屋、そこに備え付けられたソファの上で横になっていた。
体を起こして周囲を見回すがこの場所に見覚えはなく、なぜ自分がこんなところにいるのか、その理由も掴めず困惑してしまう。
――――ええと、確か、ヨヒラといっしょに書店に入って…………。
頭の中でこれまでのことを思い返していると、背後からドアの開く音が聞こえた。
「ひゃう!?」
突然の物音に驚き、悲鳴のような鳴き声のような、よくわからない声を出すとともに大きく肩を跳ねさせる。
恐る恐る音のした方向、背後へ振り返ると、そこには目つきの悪い黒髪の少女がいた。
瞬間、わたしは意識を失う直前のことを思い出す。
「ん?おお、目が覚めたか。体の調子はどうだ?頭とか打ってないか?」
「……………………」
「ここは書店の物置だ。見た目通り狭っ苦しい店でさ、スペースがないんだよ。多少埃っぽいのは勘弁してくれ」
「や………」
「や?…………まあ、体調すぐれないんらもう少し休んでけよ。今使い魔の鳥も呼んで」
「やぁーーーーーー!?」
わたしは悲鳴をあげながら、彼女の視線から逃れるためソファから転がり落ちるように降り、そのままソファを盾にして身を隠す。
顔上半分を出し、少女の様子を伺う。
彼女はわたしの突然の言動に驚いたような表情をしていた。
この場から逃げ出すには今この瞬間しかない。
意識を取り戻した直後にも関わらず、命の危機に瀕しているがために高速で回転する思考が、そう答えを導き出す。
「ええぇ…………?なんで、なんでこんな怯えられてんの…………?」
わたしは自らの為すべきことを定め、実行するため、周囲を改めて見まわし現状を確認する。
この部屋に出入りするためのドアは一つだけ。そして、そのドアは目つきの悪い少女によって塞がれている。一方で出入り口とは正反対の位置、わたしの後ろにはガラス張りの窓があった。
ならば、わたしの行動も決まった。
「…………あ、ああっと、とりあえず落ち着けって。別にアンタに何かしようだなんて思っちゃいないしさ」
ヨヒラはおいていくことになるが、それに加えこれからわたしが壊す窓ガラスの弁償を彼に任せることになるかもしれないが、仕方ない。彼はわたしのための尊い犠牲になるのだ。
バイバイ、ヨヒラ。あなたのことはできる限り忘れないようにするよ。だからあとは任せた。
頭の中でヨヒラとの別れを済まし、意を決して窓ガラスに向けて駆け出した、その瞬間――――。
「させるかぁぁーーーー!!」
「グエェッッ!?」
目つきの悪い少女、そのさらに後ろから、わたしの行動を咎めるような叫び声とともに急接近、そして背中に衝突する存在があった。
それは他の誰でもなく、わたしの使い魔、のような何か、であるヨヒラだった。
…………少し前にも似たようなことあったな。
頭の中の冷静なわたしがそんなことを呟く。
わたしはちょうど走り出したところで背中に衝撃を受け、勢いあまりそのままずっこけ、顔面から地面にダイブしてしまう。
彼はそんなわたしの頭の上にふわりと着地し、一仕事終えたかのように息をついたのだった。
わたしは涙目になりながら、頭上のヨヒラに抗議する。
「な、何するのさ!?今顔面からいったからね!?もしわたしのかわいい顔に傷でもできたらどうするの!?」
「うっさいです!自分が止めなきゃどうせ窓ガラスを割って逃げる気だったんでしょ!?しかも自分を置いて!ジゴージトクってやつですよーだ!」
「だからってもう少しやり方ってものがあるでしょ!あ、ほら!鼻血出てきたじゃん!あーあ、ヨヒラのせいで怪我しちゃったなー!」
そんな風にわたしたちが子どもの喧嘩染みた言い合いをしていると、ドアの向こうから再び人影が現れた。
「なんだかすごい音したけど大丈夫?カルミア、またセツさんのこと怖がらせたんじゃないでしょうね?」
「だから、さっきも今も怖がらせるようなことなんてしてねーって。原因は私じゃなくて向こうだってその小鳥もいってただろ?」
状況はしっちゃかめっちゃかで、わたしは未だ現状を掴めていなかった。
「…………とまあ、そんなところかしら」
場所は変わらず物置の部屋のまま、その言動からおそらく店員なのであろう、赤橙色のミディアムヘアに黄色の瞳、女性らしい体つきをした少女が、わたしが意識を失ってからのことを説明してくれた。
なんでも、わたしが倒れてからヨヒラがいつものことだから気にしないでいいなどと薄情なことを言うが、それでも心配だからと物置まで運び、ソファで休ませてくれていたらしい。
ヨヒラは外を見て回ってくると言って薄情にもわたしの元を離れ、わたしが意識を取り戻したタイミンングで目つきの悪い少女が入室。叫び声を聞いた赤橙色髪の少女とちょうど戻ってきた薄情者のヨヒラが物置に駆けつけた、のだとか。
赤橙色髪の少女の話を聞いて、とりあえず、ヨヒラが薄情だということがわかった。
――――このっ、鳥もどきの人外め!お前に思いやりの心はないのか!
胸の内でそう悪態をつく。
言葉なく彼を見つめているとわたしの想いが伝わったのか、その視線から逃れるようにパタパタと翼をはためかせ、目つきの悪い少女の頭に飛び乗り、取り繕うように毛繕いを始めた。
いまさら鳥っぽいことして誤魔化そうとしても無駄だ!
そんな感情を込めて彼を睨み続ける。
「何はともあれ、セツさんが無事でよかったわ」
赤橙色髪の少女が明るくそう口にし、わたしは彼女へ視線を戻す。
先ほどから彼女たちはわたしの名乗ってもいない名前を口にしているが、おそらくヨヒラから聞いたのだろう。
ソファに座るわたしを覗き込むようにして見つめる彼女を見て、なんとなく、記憶にひっかるものがあった。
…………うーん、どこかで見たような、話したような。あと少しで出てきそうで出てこない、形にならないモヤモヤを感じる。
そんなわたしの様子を感じ取ったのか、彼女は言葉を続ける。
「あたしのこと覚えていない?ほら、入学式の終わりに少しお話ししたのだけど」
入学式の終わり。その言葉で思い出した。彼女は――――。
「入学式で起こしてくれた親切な人!」
「そうそう!覚えていてくれてよかったわ!」
わたしの発言を受けて、彼女は明るく優しく、笑いかけてきたのだった。
「…………なんか、私のときと態度違いすぎねーか?」
「カルミアさん目つきキッツイですからね。仕方ないですよ」
「すっげー納得できないんだけど」
目つきの悪い少女とヨヒラが何か話していたが、聞こえないふりをした。
「そういえばまだ自己紹介していなかったわね。あたしはリビア。セツさんと同じ、ノウゼン魔法学園の一年生で、この書店でアルバイトさせてもらってるの。それでこっちがカルミア。目つきは悪いけど悪い人じゃないのよ?」
「お前らみんな目つき悪いって言い過ぎなんだよ!!」
「ひうっ!?」
目つきの悪い少女、改めカルミアが、うんざりしたようにそう叫んだ。
彼女の突然の大声に身がすくみ、短く悲鳴をあげ、体を縮こませるわたしを気遣ってか、リビアが彼女へ注意をうながす。
「ほら、そうやって大声出すから怯えられちゃうのよ。セツさん、怖くないわよー」
リビアはまるで赤子をあやすように声をかけながら、わたしとカルミアの間に割って入る。わたしは思わずリビアの服の裾に縋りつき、彼女を盾に隠れながら、カルミアを覗くように見つめる。
「なんで私が悪者みたいになってるんだよ…………。はあ、もういい。私もアンタと同じ、学園の一年生だ。まあ、機会があったらよろしく頼むよ」
カルミアは諦めたように、疲れたように、ため息を交えながらそう口にした。
そう言い終わると同時、ヨヒラが彼女の頭から飛び立ち、わたしの肩に止まる。
そして、わたしの耳元で口を開いた。
「ほら、セツ」
「わ、わかってるよ!」
わたしは彼にそう返し、掴んでいたリビアの裾を離して姿勢を正した。
心臓は痛いくらいに鳴り響き、口の中はひどく乾いている。頭の中ではたくさんの小さなわたしがこれから発する言葉を協議しあい、かえってなんと言えば良いのかわからなくなってしまっていた。視線はどこに向けていいのかわからず右往左往させ、ついには涙ぐんでいるのを隠すため閉じてしまう。
そんな失神一歩手前の状態の中、わたしは無理矢理に口を動かし、声をあげる。
「え、えと、その、せ、せせせ、せ、セツっていいます!!よよよ、よろしくお願いしみゃす!?…………い、いったぁぃ、ひたかんだぁ……!」
前半は調子が外れたように大きな声で、後半は舌を噛んでしまったためにうまく呂律が回らず、それでもなんとか彼女たちにあいさつを返した。
盛大に噛み散らかしたこと、口にした内容、声の調子。
それらを思い返すだけで、とても、ひどく、叫び出したくなるほど、この場から有無を言わさずに逃げ出してしまいたくなるほど、恥ずかしかった。
何がなくとも自分の顔が茹蛸のように真っ赤になっていることがわかってしまう。
――――ううっ、こんなことなら会釈だけにすれば、いや、そもそもあいさつなんてしなければよかったんだ…………!!もう本なんていいからおうちに帰りたい!助けてよ、アサナぁ…………!
恐怖や羞恥心、焦り、困惑。そんなさまざまな負の感情が入り混じり、思わず心の中で泣き言をこぼしてしまう。
瞳は未だ閉じたままのため、周囲の状況、リビアとカルミアがどのような反応をしているのかはわからなかった。
だが、そんなもの知りたくもない。もう全て投げ捨てて逃げ出してしまいたかった。
そうやって一人鬱々とした気持ちに囚われていると、何事もなかったかのような、いつも通りだとでもいうような、そんな響きを持って応じる声があった。
「おう、改めてよろしくだ、セツ。今盛大に舌噛んだろ、大丈夫か?」
そんな、全くの予想外な反応に、思わず目を見開いてしまう。
笑うでもなく、茶化すでもなく、わたしの言葉をそのままに受け止め、その上でわたしを心配してくれる。彼女の、カルミアのその有り様は、わたしにとってひどく温かいものに感じられた。
「セツさん、わたしも改めてよろしくね!それはそうと、血は出ていない?痛むようだったら回復魔法かけましょうか?」
カルミアに続いてリビアも同じように声をかけてくる。
わたしはどう反応したら良いのかわからず、言葉を諦め、激しく何度も首を上下に振ることで応答した。
そうやって現状に困惑しているわたしの肩の上で、愉快そうに笑いを堪える存在がいた。
それはいうまでもなく、学園におけるわたしの相棒とでも呼ぶべき存在、ふぁっきん鳥もどきことヨヒラである。
「…………ぷっ、くくく。お、お願いしみゃす、しみゃす、ふふ、ふふふ…………。んんっ、ん“ん“ん…………。セツ、がんばりましたね!あいさつ返せて、ぷっ、偉いじゃない、ふふ、ですか!!」
…………………………………………。
彼は隠そうとも隠しきれない笑いを滲ませ、自らの表情を見せないようにするためか嘴を翼で覆いながら、表面上はわたしを労うように、そう囀った。
「ぷふっ、くくくく…………って、セツ?どうしました?」
わたしはおもむろに肩の上に陣取る畜生もどきに手を伸ばし、鷲掴みにする。
どうやら、わたしのあいさつが随分とお気に召したらしい。彼は笑いを堪えることに気を取られ、周囲への警戒が疎かになっていた。
ヨヒラが逃げ出さないように、全力をもって手のひらを握り込む。
一歩、思いっきりに足を踏み出し、振りかぶる。
体全体のバネを利用し、生まれた作用を肩から肘へ、肘から手首へ、そこでさらにスナップを加え、手首から指先へ。
そうして集まった運動エネルギーを限界まで押し留め、解放する。
「っっ、わたしの、怒りをくらえェぇぇぇーーーー!!!」
「へぶぅっ!!??」
わたしは自身の持てる力の全てでもって、ヨヒラを地面に叩きつけた。
彼はまるで屠殺された豚のような短い悲鳴をあげながら地面に衝突し、その体、体液を周囲に四散させる。
それから一瞬の後、ポカンとした顔で一部始終を見守っていたリビアとカルミアが、我に返ったように騒ぎ始めた。
「お、おま、お前!?いくらなんでもやりすぎだろ!?あの小鳥、バラバラどころかグチャグチャになってるじゃねーか!?」
「せ、せせせ、セツさん!?こ、こんな状態になっちゃったら治せないわよ!?」
彼女たちはあたふたという言葉まさしくとでもいうように狼狽しており、わたしとしてはその様子がかえっておかしく、笑ってしまいそうだった。
だがいつまでも彼女たちに誤解させておくのは忍びなく、現状を説明しようと声をあげる。
「え、えと、ヨヒラなら、だ、大丈夫ですから…………。その、き、気にしないで…………」
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないだろ!?原型無くなっちゃてるじゃん!?」
カルミアがヨヒラの残骸の前に座り込みながらそう声を張り上げた。
ううっ、自分のコミュニケーション能力の低さが憎い…………!
これでは、わたしがまるで使い魔を簡単に殺してしまう血も涙もない冷血漢みたいではないか!
現状をうまく説明できないがために二人の勘違いは未だ解けず、それゆえにこの場を支配する空気はひどく重く、今のわたしはまさしく針の筵のような心地だった。
いいかげん暗い空気に耐えきれず、わたしは声を荒らげる。
「も、もう!さっさと元に戻ってよ、ヨヒラ!!」
わたしの大声に怪訝な顔をする二人を差し置いて、いくらか拗ねたように返答する声があった。
『…………はいはい、わかりましたよーだ。まったく、そっちが自分を叩きつけたんじゃないですか。自分勝手ですねー、ホント!』
カルミアの目前にあるヨヒラの残骸から、ぶつぶつと文句が垂れ流される。
そして次の瞬間、周囲に飛び散っていた彼の肉片が溶けるようにゼリー状になり、こちらもゼリー状になった彼の残骸に向かって、モゾモゾと蠢き、群がり始めた。
――――うーん、やっぱりいつ見てもヨヒラの再生シーンは気持ち悪いなぁ。
ゼリー状になった彼の肉片、残骸はゆっくりと結合していき、数秒と経たずに元の形、青いもこもことした鳥の姿を取り戻し――――
「みんなのマスコット、ヨヒラちゃん?くん?まあ、どっちでもいいですね。のフッカツでーす!!はいみなさん拍手ー!」
――――テンション高く、そうほざいたのだった。
もう一回地面に叩きつけてやろうかな、こいつ。
次回は明日17時ごろ投稿予定です。




