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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
12/26

誰のせいかといえば自分のせい

 翌日、わたしとヨヒラは朝食を済ませた後、街へ繰り出した。

 

 大の人嫌いであるわたしが、ヨヒラがそばにいるからといって、何故たくさんの人がいる街に自ら進んで向かうのか。


 その理由は単純で、前々からずっとほしいと思っていた本を買うためだった。

 

 わたしが以前から欲していた本。それはとある魔法学者が記した、魔法の規模と込める魔力量の関係、魔法へ過剰に魔力を込めた場合の臨界点、その二つの研究をまとめた論文が掲載されている学問書だ。

 

 わたしの目的の本の著者は、世間一般的に見ると無名と言っていいほどに知名度がなく、彼の研究もこれまで日の目を見ることはなかった。けれど、そんな彼がこれまで発表してきた論文、研究のおかげで、わたしは魔法を真っ当に扱えるようになったと言っても過言ではない。

 そう言い切れるほど、彼の研究はわたしの体質における問題点を克服する助けとなってくれた。だからこそ、わたしは彼のことを尊敬しているし、感謝しているのだ。

 

 そのため、わたしは彼が記した本は可能な限り購入し、手元に置いておきたいと思っている。


 だがいかんせん彼自体ほとんど世間から注目されておらず、またそんな彼が出した本も発行部数、置いてある店ともに非常に少なく、買う買わない以前に見つけることすら困難なのだ。

 

 そんなわたしにとっては超希少な本を、アサナの元に旅立つ前、食料を買いだめするために街へ出たヨヒラが偶然にも発見してくれたのだ。

 

 わたしとしては本の購入までヨヒラに任せてしまいたかった。

 けれど、仮にも学問書ということもあってそれなりに値が張ることに加え、最近本の表紙だけを真似て中身はすかすかという悪質なコピー品が出回っているという噂もあり、直接わたしがその本を見て購入することに決めたのだ。

 

 そのような経緯で、現在わたしはヨヒラ先導のもと彼が以前目的の本を見つけたという書店まで向かっている、のだが、正直なところ早くも心が折れそうだった。

 

 予想していたことではあるが、休日の昼間ということもあり人通りが非常に多いのだ。

 

 わたしの体力と精神力は瞬く間に減っていき、道のりの半分にも届かず、路地裏で強制的な一度目の休憩を差し挟むこととなった。

 

「…………やっぱり人類の数って半分くらいでよくない?」

 

 わたしは座り込んだまま、誰に向けるでもなくひとり、ポツリとそう呟いた。

 

「それについてはほんと同意ですね。うじゃうじゃうじゃうじゃ、多すぎるんですよ」

 

 別に返答を求めていたわけではなかったのだが、ヨヒラとしては何か思うところでもあったのか、わたしの発言を受けしみじみとそんな言葉をこぼした。

 

 アサナであれば、わたしが先ほどのような破滅的なことを口にすればすぐさま注意するのだろうが、ヨヒラは違う。むしろ肯定するか、面白がるか、少なくともそのような考えを否定することはない。


 それは何故なら、きっと、彼の思想がわたしと同じように反人類的とでもいうべきものだからなのだろう。いや、あるいはわたしとさえ異なり、本当に己の手でその破滅的事象を発生させたいとすら思っているのかもしれない。

 

 まあ、仮にそうだとしても、わたしにとってはどうでもいいことだ。

 だって、たとえヨヒラが人類と敵対しようとも、決してわたしとアサナに危害を加えるようなことはないのだと、何がなくとも知っているのだから。

 

 そんなことを考えていると、肩に止まっていた彼が勢いよく飛び上がり、わたしの顔の前で羽をパタつかせながら口を開いた。

 

「よし、そろそろ行きましょうか!」

 

「ええー、もうちょっと休憩してよーよ。まだ全然回復してない…………」

 

 ヨヒラの旅の再開を促す声を受け、いくらか情けない泣き言を口にしてしまう。

 

「もー、そんなんじゃ日が暮れちゃいますって!ほら、早く立って立って!」

 

 そう言って彼はわたしを急かす。

 わたしは渋々重い腰を上げ、再び歩き出すのだった。


 



 

「や、やっと着いた…………!」

 

 わたしの前方を飛ぶヨヒラが、ひどく疲れたようにそう呟いた。

 わたしたちが自室を出たのが昼前よりもさらに早いくらいの時刻であり、現在はもうおやつどきを過ぎていた。

 

 ――――うーん、なんとも、時の流れは早いものだ。

 

 わたしがそんなことを考えていると、彼はげんなりとしたまま言葉を続けた。

 

「部屋から書店まで大した距離もないのに、なんで、なんでこんなに時間がかかるんですか…………?自分たちの周りだけ時の流れ歪んでたりしてません…………?」

 

「ふっ、認識が甘かったね、ヨヒラ。わたしと一緒に買い物に行くということは、お店の場所に関係なく、その買い物に一日全てを費やすことになるんだよ…………!」

 

「ええぇ…………。やっぱり、絶対前よりいろいろと悪化してますって。ていうか、それ自分でいってて情けなくならないんです?」

 

 彼の何気ない口撃をスルーし、わたしは目前にある目的地、年季を感じさせる書店に視線を向ける。

 よくいえば時代を感じさせる、悪くいえばいくらか古びたような、そんな、ある種の書店らしさを感じさせる店構えをしていた。

 

 なんとなく、こんなに雰囲気あるお店ならばきっと置いてある本も本物に違いないだろうなどといった勝手な期待を抱いてしまう。

 

 わたしははやる気持ちを抑え、ヨヒラが肩に止まるのを待ち、一度ゆっくりと深呼吸をしてから店のドアに手をかけた。

 

「らっしゃせー」

 

 ドアに括り付けられていたベルがチリンチリンと鳴り、次いで奥にいる店員のおざなりな挨拶が室内に響いた。

 

 中は外から見たときよりもどことなくこじんまりとしており、軽く辺りを見回すと至る所が本で埋め尽くされていた。そのためか通路は逼迫され、人1人通るのがやっとなほどに狭くなっている。

 とはいっても、現在のところわたしたちの他に客は見られないため不便に感じることはなかった。

 

 外にいたときよりもいくらか声を抑え、ふと湧いた疑問を肩の上にいるヨヒラへ尋ねる。

 

「そういえばだけど、なんでわたしの欲しい本見つけられたの?ヨヒラ、書店とか興味ないでしょ?」

 

「…………あー、グーゼンですよ、グーゼン。この店の前を通ったとき、たまたまその本を並べているところが目に入ったんです。…………ほんとですよ?」

 

「ふーん、まあ、なんでもいいんだけどさ」

 

 ヨヒラの口から出た言い訳は流石に苦しかった。

 彼はあれで嘘をつくのがあまり得意ではない。そのため、このまま疑問を問い続ければきっとボロを出すのだろうが、わたしとしてもそこまでするほどその理由に興味があるわけではないため、深く追求することなく会話を終わらせるのだった。

 

 それに、今はそんなことよりももっと重要なことがあるのだ。

 

 わたしは目的の本を求めて店内を歩き回る。

 

 この書店は見た目通りというかなんというか、取り扱っている品は少しばかり年代を感じさせるようものが多かった。だが、それでも品揃えは非常に豊富で、目的のものがあるにも関わらずついつい目移りしてしまう。

 

 そうしてしばらくの間店の中を周り、ようやく今回のお目当ての品を見つける。

 手に取ってパラパラとページをめくり中身を確かめたがそれらしい不備はなく、おそらく偽物ということはないだろう。

 

「うん、本物みたい!これこれ、これが欲しかったの!ヨヒラー、お手柄だよ!!」

 

「よかったですね。じゃ、さっさとお会計して帰りましょ。なんだか自分疲れちゃいました…………」

 

 ヨヒラが帰りたそうに、萎れたように、そう口にした。

 

 わたしとしても早く帰りたいというのは同意見だったが、それでも、彼の言葉でまだ最終関門が残っていることを思い出してしまった。

 

「はっ!?本を買うってことは、店員の人にお会計してもらわないといけない…………!?」

 

「そりゃそうでしょ。…………え、もしかしてそれすら忘れてたんですか!?」

 

 ヨヒラは驚いたようにそう声を上げる。

 その口ぶりからは、そんな常識すら忘れてたのか、マジかこいつ、とでも言いたげなニュアンスが感じられ、わたしは咄嗟に言い訳を口にする。

 

「だ、だって屋敷にいたころにまともに買い物したことなんて数えるほどしかなかったし、こっちにきてからはヨヒラにお願いしてたから…………。そ、その、こうやってお店に来ること自体すごく久しぶりだったんだもん…………」

 

 わたしの発言を受けてヨヒラは大きくため息を吐き、そのまま言葉を続ける。

 

「今初めて、アサナの判断は正しかったんだなって思いました。人間社会の最低限のルールすら忘れるって、ほんと重症ですね」

 

 彼は憐れむような目つきでわたしを見つめていた。

 

 ううっ、何も言い返せない…………!

 

 自分のことながら、流石に擁護できなかった。むしろ、社会における基礎の基礎すら忘れてしまうような体たらくで、よく一月も学園で生きてこられたものだとすら思ってしまう。

 

「はあ……。これからは買い物するときセツにもについてきてもらいましょうか。人外の自分にここまで危機感抱かせるって相当ですよ?」

 

「そ、そんなアサナみたいなこと言わないでよー!というか、わたしが買い物について行ったら今日みたいにそれだけで1日潰れちゃうよ!ヨヒラはそれでもいいの!?」

 

「うぐっ、た、確かに。…………ああもう、人間もセツも、めんどくさいですね!細かいこと考えるのは後にしましょ!今はとりあえず本を買って部屋に戻りますよ!」

 

 そう言って、ヨヒラは急かすように嘴でわたしの耳を攻撃し始めた。

 

「ちょ、いたた、痛いって!…………ねえ、わたしがお会計してもらわないとダメ?」

 

「トーゼンです!!ただ本を渡してお金を払うだけでしょ!?それくらい自分でやってください!」

 

 ヨヒラにせっつかれながら、渋々と店員さんがいるカウンターへ向かう。

 

 くそぅ、今からでもなんとかならないものか。

 わたしは目前に迫った危機をどうにか回避できないかと頭を回す。

 

 本を諦める。一瞬そんな考えが脳裏に浮かぶ。が、すぐさま打ち消した。


 なぜならば、それはここまでの苦労を無駄にすることであり、また、今手の内にある、もはや手に入れたも同然のこの本を手放すということなのだ。その選択を認められるほど、今のわたしは絶望していなかった。

 

 ではどうするか。考えに考え、頭をひたすらにこねくりまわし、一つのアイディアが浮かぶ。

 

「はっ!このまま万引きしてしまえば…………!」

 

「うっわー…………。それはさすがの自分もドン引きですよ。もしほんとにやるようならアサナに報告しますからね」

 

「…………ははっ、じょうだんだよ、冗談。さ、お会計して帰ろうか!」

 

 わたしは明るくそう口にして歩みを進める。

 

 ううっ、こうなったらもう腹を括るしかない。

 表情を隠すため俯き、目線が合わないように地面を見つめ、話しかけないでオーラを全開で放出する。

 そうして、わたしはカウンターの前に立ち、本を置いた。

 

 奥にいた店員さんがこちらに気づき、声をかけてくる。

 

「どもーっす。お買い上げあり……って、あんた、授業の時の…………」

 

 店員さんからの予想外の反応に、どうしたのだろうと、思わず顔を上げてしまう。

 

 視界に映った彼女は、スレンダーかつ長身の身体にこの辺りでは早々お目にかかれない黒髪黒瞳をもって、まじまじとわたしを見つめていた。

 

 ――――つい最近、その特徴的な容姿をどこかで…………。

 

 記憶を辿り、一瞬後に思い出す。

 

「あ、授業でペアになった目つきの悪い人!」

 

「あ“あぁ?」

 

「ひうぅ!?」

 

 彼女の威嚇するようなドスのきいた声を受け、わたしは思わず情けない悲鳴をあげてしまう。

 

 咄嗟に肩に止まっていたヨヒラを掴み、盾がわりに前に掲げ、体を縮こませる。そして、ヨヒラを掲げた手の横から警戒心を露わに、目つきの悪い彼女を覗くようにして見つめる。

 手のひらの中でヨヒラがピィピィ喚いているが無視し、彼女へ向けた視線はそのままに、いつでも逃げ出せるように後ろ足に重心を置く。

 

 現状は完全に想定外だった。

 まさか、書店の店員がわたしに話しかけてきて、さらには怒りを向けてくるだなんて。

 ううっ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。いや、わたしの余計な一言のせいなのだが、それはおいておくとして。

 

 本はとても、とても、欲しい。でも、彼女と向き合うのもとても恐ろしいのだ。

 どうしたら、どうしたらいいのか。再度必死に思考を回すが答えは出ず、わたしの動きはわずかな間とはいえ完全に止まってしまっていた。

 

 そして、その一瞬の間に、出入り口に括り付けられたベルの音が再び鳴り響く。

 

「たっだいまー!買い出し遅くなっちゃってごめんなさい。カルミアの言ってたお店混んでて…………。わっ、お客さん来てたのね!いらっしゃいませ!」

 

 振り向くと、そこには赤橙色の髪をした少女がこちらを向き、にこやかに笑っていた。

 

「あら、あなたどこかで…………」

 

 赤橙色髪の少女が何か言っているが、その声がわたしに届くことはなかった。

 

 それはなぜならば、ここまでの道のり、目つきの悪い彼女からの怒り、そして、狭い室内で赤の他人2人に挟まれ、その上出口を塞がれたという事実。

 

「…………きゅう」

 

「うおっ、あんた、大丈夫かよ!?」

 

「わわわっ、ど、どうしたの!?」

 

 それらの耐え難きストレスによって、わたしの意識は体を離れ、どこか遠くへ旅立ってしまったからだ。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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