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ぼっち・ている  作者: とろみいと
灰色の雛
10/26

失神ダイジェスト!

 アサナへ手紙を届けるためヨヒラが学園を離れた当日、昨日の昼下がり、わたしは魔法実技の必修科目、魔法実技基礎の授業を受けていた。

 

 この授業の教授はヨボヨボのおじいちゃんまさしくといった容姿をしているが、一昔前はイケイケアゲアゲでナウなスーパー魔法使いだった、と初回の授業で自己紹介をしていた。

 なお、わたしには彼が口にした言葉の大半を理解することができなかった。

 

 わたしにとって週に一度訪れる彼の授業は、自らの精神がどこまで保つかを測る試練の場といっても過言ではなかった。

 

 この授業は単純に魔法の腕を磨くことを目的にしたものであり、授業ごとに出される課題を教授に見せ合否を判断してもらうという、非常にシンプルな形式で進む。

 

 これまで出された課題は同時に二つ以上の魔法を発動させるだとか、魔法を狙った的に当てるなどといった基礎中の基礎となるようなものであり、そのような基本的な技術が課題となるという点からも、この授業が魔法使い見習いを対象にしたものであるということがわかる。

 

 わたしとしてもこの程度のことであれば、自作の杖を使えるのならばという但し書きはつくが、アサナに師事していたということもあり特に苦労せずこなすことができる。

 なんなら難易度としては簡単すぎるくらいであり、個人的にはもう少し難しくてもいいのではないかとすら思ってしまう。

 

 ではなぜそこまで余裕があるにもかかわらず、わたしはこの授業のことを、試練の場と、そう称したのか。

 

 その理由は単純で、教授に課題となる魔法を見せる際、生徒たちの前に立たなければならず、また、教授に注目されてしまうがためだ。

 

 別に教授がわたしのことを特別に注視しているということはなく、生徒たちも魔法の練習をしているためこちらへ意識を向けているということもない。

 だが、そんなことはわかっている。

 わかった上で、目前に大量の人がいて、その人たちの前で何かしなければならないのだという状況そのものが、わたしの精神を酷くすり減らすのだ。

 

 全くもって自慢できることではないが、わたしはこれまで一度として、提示された課題を授業中に成功できた試しがなかった。

 毎回毎回授業後に補習を言い渡され、翌日に教授の元まで行き、そこで一度目の挑戦で課題を成功させ、彼に怪訝な顔をされる。それが最近のルーティンだった。

 

 まあ、教授がわたしのことを不思議がるのも当然だろう。仮にも特待生という肩書を持っていながら、授業中はまともに魔法を発動することすらできず、けれど補習の場になれば過不足なく要求を達成する。

 わたしが教授としてそんな生徒を受け持つことになったならば、なんだコイツと、よくわからないものとして扱うだろう。

 

 さて、そんな魔法実技の授業であるが、この日の内容はいつもと少しばかり趣向が異なっていた。

 

 というのも、普段なら個人で全て完結していたのに、この時は2人1組でペアを作ることを強要されたのだ。

 

 今回の課題は魔法を魔法によって相殺することであり、ならばペアになっての練習、発表が効率的だろうと、そのためこちらで属性相性なども鑑みてペアを決めておいたと、教授はそう言った。

 

 彼のその言葉は、わたしを深く暗い、光など決して臨むことのできないような、そんな絶望の淵に叩き落としたのだった。

 

 ――――わたしが、このわたしが!他人とペアを組んで魔法の練習をするなど、できるはずがないだろう!!

 

 わたしは心の中で強く、とても強く、そう叫んだ。

 

 だが、いくら内心で何を思おうと、どれだけ強く想おうと、現実になんら影響を及ぼすようなことはなく、無情にもわたしはまったくの赤の他人とペアを組まされたのだった。

 

 ペアを組んだ相手のことは正直ほとんど覚えておらず、どのようなことを話したのか、それどころか名前や顔さえも酷く朧げだった。

 ただ彼女、だったと思われる、の髪と瞳がこの辺りでは珍しい黒色だったこと、手にしていた杖がその容姿とは対照的に薄く淡い青色をしていたこと、そして、その目つきが鋭かったことだけは記憶に残っていた。

 

 そんな彼女との魔法を相殺するための練習は、ものの数分で終わってしまった。

 それはなぜならば、赤の他人と真正面から対峙しなければならないという状況に追い詰められひどく緊張したわたしが、彼女の放った水弾の魔法に自らの魔法を被せることができず、見事なまでに直撃、失神してしまったからだ。

 

 その後、わたしは気がついたら保健室のベッドに横になっていた。

 

 授業終わりに保健室まで様子を見に来てくれた教授から聞いた話では、ペアだった彼女がわたしを運んでくれたのだとか。

 なお、教授からはもはや恒例かのように翌日の補修を言い渡されたのだった。




 

 

 ヨヒラがわたしの元を離れた翌日、つまりは今日、一般教養における必修授業の一つ、社交界マナーIが予定に入っていた。

 

 社交界マナーIの授業は読んで字の如く、社交界における基本的なマナーを学ぶための授業で、その名前からも分かる通り、当然II、Ⅲと、発展系の授業も存在する。

 

 だが、だからといってこの学園の生徒全員が社交の場を必要としているかというとそんなことはなく、この授業で得られる知識を実際に活用できるのは一部の貴族だけだろう。


 ではなぜそのような授業が必修の科目になっているのかといえば、なんでも、教養のため、なのだとか。

 わたしとしてはそんな使い勝手の良い言葉のせいで受けたくもない授業を受けさせられるというのは非常に腹立たしいことなのだが、それでもサボりなどして単位を落としたらと思うと、おとなしく参加するという選択肢しかなかった。

 

 この授業は基本的に男女別で行われる。

 というのも、社交界におけるマナーは男女間で大きく異なっており、また、異性にマナーを学んでいるところを見られるなど絶対にあってはならないことだから、らしい。

 

 学園として様々な方面に配慮した授業を行なっているのだろうが、正直なところわたしにとってそんな細かなことはどうでも良く、重要なのは授業環境だった。

 

 こちらの授業も先ほどの魔法実技基礎と同じように、教授に淑女としてふさわしい振る舞いかどうかを実際に見てもらい、合否を判定してもらうという形式で進む。

 それが何を意味するかというと、こちらも先ほどと同様、わたしにとっての絶望を指し示す。

 

 …………なぜ、この学園は必修科目でわたしの単位を落とそうとしてくるのだろうか。そんなにわたしが苦しむ姿が面白いのだろうか。

 ならば、やはり、この学園は、跡形もなく消え去った方が良いのではないか。

 この授業を受けるたび、そんなことをわたしの中の黒いわたしが囁く。その誘惑に従えばきっと、とても、とてもすっきりするのだろうが、それでも後のことを考えれば実行する気にはなれなかった。

 

 わたしが幼いころアサナが語って聞かせてくれたおとぎ話の主人公、継母や義姉にいじめられながら育った灰かぶり姫は、きっと、このときのわたしと同じような気持ちだったのだろう。

 なんとなく、心の中のアサナが灰かぶり姫はそんな野蛮なこと考えないと騒いでいるような気がしたが、無視した。


 まあ、わたしの内心については語り始めたらキリがないためこのくらいにするとして、いい加減授業の内容に触れよう。


 今日の社交界マナーIの授業は、お茶会における淑女の振る舞い方を学ぶという内容だった。

 

 わたしのような庶民には縁遠い世界だが、貴族の子女はよくお茶会を開くのだとか。

 そんな金の無駄遣いでしかない、無駄の極みのような場における立ち居振る舞いや会話の内容で、全く知りもしない他人に舐められるようなことは決して許容してはならないことであり、そうならないためにもここでお茶会におけるクソのようなマナーを覚えておこう。

 この授業の教授は、にこやかな笑みと上品な言葉に包みながらも隠しきれないお茶会に対する嫌悪感を滲ませながら、そう言っていた。

 

 わたしは彼女の言葉から、少なくとも、この教授にお茶会の授業を任せた人は適材適所という言葉を知らないのだなと思った。

 

 そんな教授であるが、授業の内容自体は非常に丁寧でわかりやすく、この時もお茶会におけるタブーや会話の流れを握る方法など、貴族の子女たちにとって有用な情報を講義していた。

 

 そうして、その後いつも通り教授にその日習ったマナーを見てもらい、無事わたしは死亡した。

 

 強いてわたしの散り際に言及するならば、今回はいつもよりいくらか派手だったということくらいか。

 

 教授に見てもらっている途中いろいろな偶然が重なり、わたしのおでこにフォークがさっくりと刺さり、まるで噴水のようにピューっと血が吹き出したのだ。

 もちろんわたしはその場で失神し、保健室に見舞いに来てくれた教授に補修を言い渡されることとなった。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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