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DM

 あたしは知らぬ間に帰っていて、ベッドで仰向けになっていた。こういう時、母子家庭って逆に楽だ。家に誰もいないから、今のあたしを見てしまう家族もいない。誰にだって一人にしてほしい時はある。


 相変わらず全身に力が入らなくて、「実はドッキリでした」っていう告知が流れないかなと思いながらスマホをいじっている。絶対怒るだろうけど、それでも推しが死んでしまうよりはずっといい。怒りも悲しみも、生きているからこそ感じられるのだから。


 だけど、キールの訃報は有名なネットニュースでも取り上げられていて、いよいよデマの線は無くなったなと思いながら無気力さを感じている。まだあたし自身はキールが死んだことを受け入れ切れていなくて、今の段階でそれをしたらあたしの方が壊れてしまうから防御反応が働いているんだと思う。


 SNSはいくつかやっていたけど、繋がっているのがクリエク関係の人ばっかりで、タイムラインが地獄過ぎて見るのをやめてしまった。あんなのを見ていたら、キールを知らない人だって病んでしまう。


「はあ」


 今日何度目になったかも分からない溜め息。


 どうして平穏な日常というのはこう簡単に崩れ去ってしまうものなのか。そして自分がこの状況に対してどう反応するのが正しいのか。普通の人間なんかとっくに辞めていたせいで、地球人のあるべき振舞い方が分からなくなっている。


 いまだにキールが死んだなんて信じられないけど、キールの公式SNSはどうなっているんだろう?


 ふと浮かんだ考えでスマホをいじる。


 キール自身はそれほど熱心にはSNSをやっていなくて、武道館のライブが決まった時に「一つの夢が叶う時が来た。だけどここがゴールだなんて少しも思ってないからな」っていう呟きを最後に更新は途絶えている。


 ――きっと本当に、武道館よりもずっと先に行こうとしていたんだろうな、この人は。


 そう思うと、時間差でじんわりと涙が出てきた。ダメだ。真実の受け入れを拒否していても、あたしがそれを理解し始めている。


 じっとキールのアカウントを眺めているけど、彼の呟きが更新されることはない。元々筆不精なところはあったけど、今回ぐらい「悪い悪い、あれは公式のミスだったんだ」ぐらい言ってくれてもいいじゃない。


 悪足掻きだって分かってる。もう彼が死んでしまったと認めるしかないんだってことだって本当は分かってる。


 だけど、認めたくなかった。何が何でも、キールがこの世界から消えてしまったなんて思いたくなかった。


 最後の呟きには、死を悼む内容のリプがたくさん付いていた。見るのも嫌だったので、それは視界に入れないようにした。


 あたしにできること――それは、キールにメッセージを送ること、なんだろうか。


 ――キールはきっと生きている。


 これはただの強がりかもしれない。それとも、メンヘラ気味の中二病をこじらせただけかもしれない。


 だけどあたしは、ふいに浮かんできた自分の勘を信じたかった。それはきっと、神様よりも信じるに値するものだ。


 何が正しいのかなんて、本当のところはあたしだって分からない。だけど、見苦しくても、バカみたいでも、彼が逝ってしまったなんて思いたくない。だからあたしはDMを送ることにした。


「キール、元気?」

「あたしはずっと武道館のライブを楽しみにしているからね」

「あたしはあなたが生きてるって知ってる」

「ねえ、キール、武道館のステージではどんな仕掛けを考えているの?」

「公式の発表、なんかおかしいんだ。キールならこんな簡単にいなくなるはずないよ。スタッフに訊いてみてくれない?」

「あなたの歌声、毎日頭の中で響いてる」

「覚えててくれると嬉しいな。あたし、いつも地雷系の服でライブ来てたファンだよ」

「キール、どこかで笑いでも堪えているんでしょ? 早く出てきてよ、みんな待ってるんだから」

「事故だなんて信じない。あたしの推しがそんなことで終わるわけないもん」

「武道館、キールが夢見てた場所だよね。あたしも一緒に夢見てたんだよ」

「キール、もしこれ読んでたら、一回でいいから返事して。『うるせーバカ』でもいいから」

「クリエクの曲、今日も聴いてるよ。キールの声が、あたしたちをまだ救ってくれてる」

「ねえ、キール、どこに行っちゃったの? あたし、探しに行きたいよ」

「あなたが残してくれた音楽、永遠だよね? だからキールも永遠にいるよね?」

「タイムライン、みんな泣いてるよ。キールならこんな悲しみ、止めてくれるよね?」

「あたし、キールの歌で自分を好きになれたんだ。そんな風に助けられた人がいくらでもいるんだよ。知ってた?」

「キール、もしこれが夢なら、早く起こしてよ。もうこんな夢、見たくないよ」

「クリエクの魂はキールだよ。あなたがいないステージなんて、想像したくない」

「ねえ、キール、武道館の約束、破らないでよ。あたし、絶対そこにいるから」

「キール、生きてて。ゾンビでもいいから、ずっと生きてて」


 知らぬ間に鬼のようにDMを送りまくっていた。ハッとして文字の塊を見ると、自分でも「病んでるな~」って思う。


 だけど、それをしないとあたしのメンタルも持たないであろうことも分かっていた。自分のことは自分が一番よく知っている。


 このままだと壊れてしまいそうだから、タイムラインを眺めるにもちょっと控えよう。いつもと変わらずにクリエクの曲を聴いて、心を落ち着けて生きていこう。


 きっと今のあたしにとって正しいことはそれなんだ。他の誰に間違っていると言われようが、自分の正しいと思うこと貫きたい。


 たとえバカみたいでも、あたしはキールを信じたい。彼はいつだってあたしの心を支えてくれた。今度はあたしが彼を助ける番なんだ。


 だから他の人からどれだけ愚かに見えたって、あたしは彼に声をかけ続ける。


 病んでるかもしれない。でも、病んでるからって何? クリエクの曲はそういう人たちに刺さったから受け入れられたんでしょう?


 あたしは諦めないよ。


 だからいつか返事をしてね。キール、もう一度あなたに会いたい。

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