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不意打ちの喪失

 武道館ライブも発表して、クリエクは乗りに乗っている。今、日本の音楽シーンは彼らを中心に回っていると言っても過言じゃないはず。


 何度もライブへと通っている内に、毎回地雷系ファッションで会場に現れるせいか、あたしもすっかり他の人から覚えられてしまった。今では知らないファンに「一緒に写真撮ってください」とか言われるようになった。


 テレビもクリエクの存在を無視できなくなったようで、この前はゴールデンの音楽番組にクリエクが初めて出演して、強烈なインパクトを残した。


 やっぱり全員超ド級のイケメンっていうのは強いみたいで、SNSのタイムラインは彼らのカッコよさにやられた人たちの黄色い声でいっぱいになった。なんか複雑な気持ちがしないでもなかったけど、それでも自分の愛するバンドがメジャーな世界へと移行していく姿を眺めるのは興奮する出来事だった。


 一緒に夢を見られる。そんな人たちがいるって本当に幸せなんだなって思っていた。


 だけど、そんなあたし達を一気に地獄へと突き落とす日がやって来る。


 ――その日は、あたしは学校にいた。


 昼休みになって、教室のすみっこでスマホをいじっていた。


 最近だとぼっちメシも少なくなったというか、ライブの影響で外向的になったせいでクラスメイトも声をかけてくれるようになったんだけど、すぐに食堂へ行くと腹をすかせた生徒たちでアホみたいに混んでいるから時間差で行くことにしている。


 あたしがスマホで確認するのはやっぱりクリエクに関する情報だ。彼らのニュースは世界中の誰よりも早く知りたい。


 スマホを見た時、周囲が微妙にざわついていた。何人かの生徒が、時々心配そうな視線をあたしに投げかける。え? 何? 何があったの?


 だけど、気にしていても仕方がない。中学生時代のトラウマがちょっと刺激されたけど、少なくともこの学校には陰湿なイジメは存在しない。


 気を取り直してクリエクの公式が出しているニュースを見ると、やたらと小さな字で「お知らせ」と書いてあった。パッと見は読めなくて、なんだか嫌な気がした。


 だけど、このままお知らせをスルーする勇気も無い。指で画像を拡大する。そこに書いてあった内容を見て、あたしはフリーズした。


ファンの皆様へ

突然のお知らせとなり、誠に申し訳ございません。私たちCrimson Eclipseのヴォーカル、キールが2025年5月2日未明、事故により永眠いたしました。享年22歳でした。

キールはCrimson Eclipseの魂であり、その歌声と情熱で多くのファンの心を照らし、共に夢を追いかけてきました。彼の音楽は、深紅と闇が交錯する日食のように、皆様の心に永遠に響き続けることでしょう。

現在、バンドメンバー、スタッフ一同、深い悲しみの中にあります。近日中の活動につきましては、改めてお知らせいたします。ファンの皆様におかれましては、キールの冥福を心よりお祈りいただくとともに、彼の音楽を胸に刻んでいただければ幸いです。

なお、憶測や不確かな情報が広がることのないよう、正確な情報は当公式アカウントおよび公式ウェブサイトにてご確認ください。皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

Crimson Eclipseを愛してくれてありがとう。

キール、君の音は永遠に響く。

Crimson Eclipse一同

2025年5月2日


 ――時が止まる。息ができなくなって、全身が震える。


 は?は?は?は? 何コレ? 何が起こってるの?


 そうだよね、きっとドッキリだよね?


 もう、キールってば、最近だとこういうイタズラってすぐに炎上しちゃうんだからね?


 そう思いながらSNSのタイムラインを覗くと地獄みたいな光景が広がっていた。


「キール…嘘だろ? こんなの信じられない。クリエクの魂が。どうして……涙が止まらないよ」

「キールの歌声、昨日のライブで聴いたばかりなのに……なんで? 22歳って若すぎるよ。心が壊れそう」

「公式の訃報見た瞬間、頭真っ白になった。キールがいない世界なんて考えられない。Crimson Eclipseは私の全てだったのに」

「キール、君の歌は私の闇を照らしてくれた。こんな形で終わるなんて…ずっと愛してるよ」

「事故? キールが? いや、こんなの受け入れられない。クリエクのライブがもう見られないなんて……。嘘だと言ってくれ」

「キール、なんでこんな急に。君の音楽が私の生きる理由だった。涙が枯れるまで泣くよ。」

「公式を見て震えが止まらない。キールが……永眠? こんな残酷なことってある? 信じたくない」

「キール、君がステージで叫ぶ姿、昨日のように思い出せるのに。なんで? なんで君がいなくなったの?」

「クリエクの音楽はキールの魂そのものだった。彼がいないなんて……私の世界が崩れたよ。」

「キール、22歳って……まだ夢の途中だったよね? 君の歌を胸に刻むけど、この悲しみどうすればいいの?」

「公式の発表、読むたびに胸が締め付けられる。キール、君の音楽は永遠だけど、君がいないのは耐えられないよ」

「キールの笑顔、情熱、全部が大好きだった。Crimson Eclipseは私の青春だったのに……こんなの辛すぎる。」

「キールが事故で? 頭整理できない。Crimson Eclipseのライブ、キールの声なしでは考えられないよ。嘘だろ」

「キール、君の歌は私の救いだった。この悲しみをどこにぶつければいい? クリエク、キールなしでどうなるの?」

「キールの歌声、もう二度と生で聴けないなんて……心にぽっかり穴が開いた。永遠に愛してる、キール」

「クリエクの訃報、読んでからずっと泣いてる。キール、君の音楽は私の人生を変えた。ありがとう、でも……なんで?」

「キール、君の情熱がCrimson Eclipseを輝かせてた。こんな若さで逝くなんて……神様はなんて残酷なんだ」


 タイムラインを読んでいる内に、知らぬ間に涙が頬を伝っていた。


 そこにある悲しみは、ドッキリなんかじゃなくて本物の剥き出しになった感情だった。


「嘘、でしょう……」


 視界が滲む。


 あたしの世界を変えてくれた人が、この世を去った。


 その事実を受け入れるのは、今のあたしには不可能だった。だって、そんなことをすれば、あたしの心は壊れてしまう。


 ふと前を見やると、心配そうにあたしを眺めていたクラスメイトたちが気まずそうに教室を去っていく。彼らもきっと、あたしが何を思っているのかを分かっている。


 悲しくなったというよりは、自分の築き上げてきた幸せな世界が予想通りに崩れてしまったのだと思った。


 ――どうせ、幸せなんて長くは続かない。


 だからあたしはひっそりと生きていこう。そう決めたはずなのに。


 ねえキール、あなたが死んでしまったのって、もしかしてあたしのせいなのかな?


 あたしなんかがあなたのことを好きにならなければ、今頃クリエクは武道館ライブなんかとっくに終わっていて、世界に名だたるバンドの一つになっていたのかな?


 寂しいよ。信じたくないよ。でも、これってきっと夢じゃないんだよね?


 あなたが、あたしの人生に光を差してくれたはずなのに。


 今は何も考えたくない。全身から感覚という感覚が失われている。


 そこから先の記憶は残っていない。それこそ悪い夢でも見ていたんじゃないかってぐらいに、帰宅前の出来事は空っぽになっていた。

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