夢を与える
長い回想から戻ると、あたしはコーラの小さなボトルを開ける。この、蓋を外してブシっと音のする瞬間が好き。
クリエクとの出会いは、あたしの人生をまったく別のものに変えてしまった。そんなに運命の出会いとか信じない方だけど、それでもこのバンドと出会ったことは真っ暗だった人生に光が差したみたいだった。
初めてのライブでクリエクのトリコになったあたしは、キールを最推しとして彼らの音楽にハマりまくった。ろくに音楽知識も無いのに、色んなバンドの曲と比較してクリエクの何がすごいのかを分析した。明らかに中二病の一種なんだけど、そうせずにはいられないほどの魅力がクリエクの楽曲には籠っていた。とりわけ、キールの歌声には。
V系としてはやや低めのキールの声はあたし好みだった。その歌声は本当に自由自在で、曲によって高くなったり低くなったり、シャウトやグロウルもできれば女性のような歌声さえも再現することがある。
ヴォーカリストとしては誰が見ても分かるレベルの天才で、動画のコメントに英語やその他へ言語で熱烈な感想が書き込まれていると、密かにグーグル翻訳で何が書かれているのかを確認しては悦に入っていた。
世界の音楽事情なんて全然知らないけど、キールだったら海を渡ってもきっと大人気なんだろうな。あたしには一種の確信が生まれていた。
最近だとJILUKAみたいに海外で評価される新鋭バンドも増えつつある。その系譜を、クリエクは継ぐにふさわしいバンドだと信じて疑わなかった。
だって、彼らはすべてを持っている。音楽性にビジュアル、世界観にカリスマ性、どれをとっても世界に一級品に違いない。いや、海外のバンドはほとんど知らないんだけど。
でも、それを差っ引いてもクリエクの持っているポテンシャルは相当高いと思っていた。だって、ライブをやるごとに有名な音楽雑誌が彼らの特集をするから。
なんでこんなにテンションが高いって、今日のライブではキールの口から重大発表があったからだ。
それは、とうとうクリムゾン・エクリプスが武道館ライブをやるというニュースだった。
発表がなされた瞬間、会場には大歓声が沸いて、泣きながら崩れ落ちるファンたちもいた。あたしも崩れ落ちこそしなかったけど、そのニュースを聞いた時には思わず涙が出た。
だって、自分たちの好きな音楽が、世間に認められた感じがしたから。
武道館っていうのは特別だ。ミュージシャンは不思議とあの場所を目指すけど、バンドマンだと特にその傾向が強い気がする。
バンドブームがあった頃は今よりも簡単に武道館ライブとかも出来ていたらしいけど、今だと武道館での公演なんてそうそう出来るものじゃない。だからこそバンドマンは、ファンと一緒にその頂を目指す。
初めてクリエクのライブに行った時、そしてキールに声をかけてもらった時のことを思い出す。あたしの方がずっと年下なのに、クリエクのみんなは本当によく頑張ったねってじーんとくる。ダメだ、こんなので泣いてちゃ。
それに、クリエクは武道館のさらに先へ行けるバンドだと思ってる。
武道館の先になると横浜アリーナとか、さいたまスーパーアリーナとか、ラスボスみたいな立ち位置に東京ドームがある。さすがに今の時代に東京ドームは難しいのかなって思いもなくはないけど、ワンオクだって単独のドーム公演を成功させているんだから、理論上は可能なんじゃないかな。いや、あたしは何目線でそんなことを言ってるんだ。
とにかく、そんな妄想と皮算用を始めてしまうぐらい、クリエクは夢を見れるバンドだってこと。
あたしは初ライブの日からずっと地雷系のファッションで会場に来ている。そんなルールがあるわけでもないし、ファンの中でそれがトレンドになっているわけでもない。
だけど、何回もこの恰好で通っている内に周囲からはそう認知されるようになったし、メンバーもあたしを見て表情が緩んだりするので、それを見るとやめられないな、なんて思う。だからきっと彼らが東京ドームに行ったとしても、あたしはこの地雷系ファッションでライブに参戦することになるだろう。
「自由にやっていいんだよ」っておバンギャさんは言っていた。最近は会えていないけど、彼女の言葉は本当に支えになった。だからあたしは自分のスタイルを変えようとも思わない。それがあたしの自由の行使だ。
また明日から陰キャのJKに戻るけど、この一瞬の輝きのために、あたしは明日も強く生きていくぞ。