バンギャの幸せ
夢中になって頭を振り、声を張り上げている内に時間が溶けていった。何かに対して、こんなに夢中になったのも久しぶりかもしれない。
ライブの本編はもう終わっていて、熱烈なアンコールとともにTシャツ姿になったメンバーたちが舞台へと姿を現した。
バンギャたちが歓声を送り、それぞれのメンバーが手を振ったり声援にこたえたりしている。
キールもあたしの方に視線を遣ったので、「キール!」って声を上げて全力で手を振った。発作的なアピール。それはほとんど本能に近いものだった。
「よう、その服、とっても似合ってるね」
キールにそう言われて、あたしの思考はフリーズした。
え? え? え? え? 何が起こったの?
似合ってるって、なんのこと? それって、誰の話?
「やったじゃん、レイアちゃん。キールに気付いてもらえた」
おバンギャさんに背中を叩かれて、どこかへ飛んで行ったあたしの意識は戻ってくる。
「今のって、あたしのことですか?」
「そうだよ。やっぱりかわいいから視界に入ったんだろうね」
ふと前を見ると、周囲のバンギャたちが「良かったね」という顔でうんうんと頷いていた。そこにはかつてあったような、嫉妬の炎はどこにも揺らめいていない。
「ええ? えええ?」
思わず変な声が出て、戸惑うあたし。情報量が多過ぎて、自分の中で処理しきれない。
嘘でしょ? キールがあたしのことを褒めてくれたの?
そんなことって、そんなことってある?
軽く発狂しそうになりながら悶える。あたしの心理が手に取るように分かるのか、他の観客たちも微笑ましい顔でこちらの視線を遣っていた。
ああ、でも、キールがせっかく褒めてくれたのに、あたしは何も返してない。
何か言わなきゃ。何か言わなきゃ……。
「キール、愛してる!」
気付けばあたしの体が勝手にそう叫んでいた。それを聞いたキールが「俺もだよ」って返すと、あっちこっちから歓声が上がる。
すごく嬉しいはずなのに、恥ずかしくて死にそうになる。
なんであたしは叫んじゃったんだろう。愛してるなんて、永遠に言わないセリフだと思っていたのに。
気付けばポロポロと涙が流れていた。
さっと話題を進行に戻したキールのMCが続く中で、おバンギャさんがポンポンと背中を叩いて「よく頑張ったね」と声をかけてくれる。
それを聞いたらすごい安堵感が溢れてきたというか、涙が止まらなかった。
他の観客の注意は完全に舞台へ戻っていて、そのお陰であたしは泣いているのを見られずに済んだ。
なんであたしがあんな風に叫んだのかは分からない。
だけど、一つだけ分かったことがある。
あたしはこのバンドが、キールが本当に大好きだってこと。
それが分かった時、幸せなのに悲しいような、変な気分になっていた。
もはやキールが何を言っていたのかはまったく入って来なくて、知らぬ間にアンコールの曲が始まっていた。
でも、いい。あと少しだけ、この素敵な場所で魔法にかかっていたい。
きっとここは、誰もがシンデレラになれる場所なんだ。
泣きながら頭を振り、拳を振り上げながら、あたしはこの場所にまた来ようと思った。