ネットの友だちとライブへ
「なんだか、すごいカッコね」
「いいの。これがあたしの戦闘服なんだから」
家を出る前、ママとそんな会話をした。
ママは相変わらず一人で家計を支えてくれているけど、あたしが夜ライブへ行くことについては口うるさくしない。離婚して、あたしが片親になったことへの負い目もあるのかな、なんて思う。
理由はどうあれ、あたしのやりたいことを邪魔する人が誰もいないっていうのはいいことだ。お陰で学校から帰れば存分に羽を伸ばすことができる。
◆
人生初ライブとなったあたしは、チケットを取ってくれたネットの友だちと落ち合う。あたしが「地雷系ファッションで行きます」なんて言ったものだから、見つけるのは簡単だったみたい。
「あなたがレイアちゃんだよね?」
声をかけてきた人が、あたしのハンドルネームを口にする。怜愛をちょっとだけもじってレイアって名前にしただけだけど、架空の名前で呼ばれるとなんだか恥ずかしい感じがした。誰も高校であたしをそんな風には呼ばないから。
「おバンギャさん……で会ってます?」
「そう。名前の通り、こんなオバちゃんでごめんね」
ネットの友人は舌を出して笑う。きっと昔は相当な美人だったんだろう。というか、今でも相当な美人だ。あたしよりも年上の息子がいるって言ってたけど、ママがこんなに美人だと息子さんも大変だろうな、なんて思う。
おバンギャさんはバンドTシャツにジーパン姿というシンプルないでたちだった。きっと変身なんかしなくても自分に自信があるんだろう。
おバンギャさんって名前だから相当なオバさんが来るのかなって思っていたら普通に綺麗な女性だったので驚いた。四十路らしいけど、二十代って言われても全然違和感がないぐらいの若々しい人だった。
「それじゃあ、行きましょうか」
「なんか、緊張しますね」
「大丈夫大丈夫。そんなに閉鎖的な場所じゃないから」
本名も知らないネットの友人とともに、あたしはライブハウスへと入っていく。
ライブハウスとは言っても人気バンドだけあって、都内でも千人ぐらいは入るキャパシティのライブハウスだ。前の方だと暴れる客が多くて危ないそうなので、あたし達は比較的安全な真ん中あたりのスペースで開演を待つ。
ドリンクコーナーではコーラを頼んだ。おバンギャさんは普通にビールを頼んでいたけど、四十路にもなるとそれが一番おいしいんだそうだ。
待っている間のあたしはひたすら緊張していた。
初めて見るライブで周りの動きについていけるのか、変な空気になったりしないか、そんなことを演者でもないのに気にしてしまう。要は自分だけが会場で浮いてしまうのが怖いだけなんだけど。
周囲を見回す。あたしの他にもソワソワしている人がいてくれたらな、なんて思いながら。
会場にはザ・バンギャって女の人がいるのに加えて、ホストっぽい男性とか、いかにもハードロックが大好きですって感じの悪そうな人たちもいる。同じ音楽が好きで集まって来ているのに、ずいぶんと色んな種類の人が来ているんだなって思った。
コーラなんかとっくに飲み干していて、何も入っていないコップの縁を噛み続けたせいですっかり変形していた。ずっと楽しみにしていたはずなのに、どうして待つ間はこうも時間が長く感じられるのだろう。
「あの、おバンギャさん」
「どうしたの?」
「なんか、どうやって音楽に反応すればいいのか、全然分からないです」
「そんなの、感じたままでいいんだよ。嬉しかったらワーって騒げばいいし、周りに合わせて手を振ったりヘドバンしたっていい。自由なんだよ、自由。ここはそういう場所」
「……そっか」
「まあ、周りに迷惑をかけるのはダメだけどね。ケンカなんかすればライブが止まっちゃうから」
そう言っておバンギャさんは笑う。たしかにライブ中にも関わらず痴漢する人がいるっていうのは聞いたことがある。
二人で話しているとふいにライブハウス内部の音楽が大きくなった。周りも騒がしくなっていく。
「いよいよだね」
おバンギャさんがそう言うと、あたしの心拍数が一気に上がった。
いつの間にか手拍子が始まっていて、周りを見ながらあたしも手を叩いていく。
しばらくすると照明が落とされて、あっちこっちから歓声が上がる。
「来るよ!」
おバンギャさんがそう言うと、SEとともにメンバーが舞台へ姿を現す。そのたびに大きな歓声が上がる。
各メンバーがそれぞれの位置へ着くと、少しだけ間を置いて本物のキールが姿を現した。大歓声を受けながら登場したキールは、片方にだけ黒い翼を付けていた。ファイナルファンタジーのオマージュっぽいけど、美しい黒髪を風になびかせる姿はサマになっていた。
呼吸が止まる。大好きだったけど、ずっと遠くにいた存在。それが、今あたしの目の前にいる。
MCも挟まずに、ハイテンポな曲が始まる。激しいギターリフに合わせて、周囲の観客たちが頭を振る。ふと隣を見ると、おバンギャさんも別人になったようにヘッドバンキングを始めていた。あちこちで獅子舞のように長い髪が舞っている。
あたしは、目の前の光景に圧倒された。
ここは異世界なの?
日常とはあまりにも違う景色。それは、いくらかの恐怖とともに強烈な興奮を生み出していた。
――なんかここ、最高!