工藤怜愛の暗黒時代
ライブが終わって、また泣いた。
今夜のライブも最高だった。だけど、シンデレラが12時前には家に帰らないといけないのと同じで、あたしも間もなく変身を解いて工藤怜愛に戻らないといけない。
そう、あの空間は魔法みたいなんだ。あたしを夢の世界へと連れて行ってくれる、とびきり素敵な魔法。
思えば、この地雷系ファッションだって「あの頃」からすれば考えられないものの一つだ。
自分より不幸な人がいくらでもいるのは知っている。だけど、それでもあたしの人生がそれなりにハードだったのも事実だ。
地雷系ファッションなんて知らない頃、あたしはごく普通の女子中学生だった。それなりに明るくて、それなりにモテて、クラスカーストで言えば上位にいたんじゃないかな。客観的に見ても。
だけど、女子のボスである姫愛ちゃんと同じ男子を好きになり、それだけの理由であたしは目をつけられた。
物を隠すぐらいのちょっとした嫌がらせから始まったイジメは、日が経つごとにどんどんエスカレートしていった。
登校すると机にひどい悪口が落書きされていたり、体育が終わって戻ってきたら下着の一部が無くなっていたこともある。誰が実行犯かは分からないけど、少なくとも誰の差し金かはすぐに分かった。
それからはあたしに同情的な視線を送っていた女子も口をきいてくれなくなり、厄介事に巻き込まれたくない男子もあたしを無視しはじめた。殴られたりとかは無かったけど、まるであたしがそこにいないかのように振舞われるのは相当キツかった。
やがてあたしは幽霊みたいな存在になって、かつてのオーラを取り戻さないまま中学校を卒業。
卒業式の日には涙ながらに語らうクラスメイトを尻目に、誰とも会話をせずに独り静かに帰っていった。そこからは中学時代の誰とも繋がりなんて残っていない。
高校へ行き、花のJKとなったはずのあたしは、まだ中学時代のトラウマを引きずっていた。
当初こそ「高校デビューでまたイケてるグループに入る手もあるよね」って思ったけど、姫愛ちゃんのトラウマはあたしの心にしっかりと刻まれていて、「目立てばまた潰される」という恐怖の方が勝っていた。
姫愛ちゃんみたいな人は正直、どこにでもいる。それは姿を変え形を変え、平凡な日常の中で地雷みたいに息を潜めている。
あの暗黒時代で学んだ――カーストのトップにいる人と同じ人を好きになったらいけないんだって。
身分違いの恋は、現代だって人を不幸にするんだって。そう思うと、誰かを好きになろうなんて気持ちはどこかへ消えてしまった。
あんな日々は二度と送りたくない。誰もあたしを認識していなくて、誰もあたしを見ようともしない。そんな空間に、一秒だっていたくなかった。
もうあたしは大人しくしていよう。そうして、誰にも目をつけられず、静かに毎日を送っていきたい。そんなことを思っていた。
あたしの友だちは、現実ではなくネットにいた。架空の名前でSNSのアカウントを作って、身バレを避けながら顔の見えない仲間たちと傷を舐め合っていた。精神科に行くよりも、遥かに健全な治療法だった。少なくとも、その頃のあたしにとっては。
そんなある日、ネットの友人から「クリエクって知ってる?」って訊かれて、それがクリムゾン・エクリプスとの出会いだった。
ファイナルファンタジーのキャラが好きだったあたしは、そこから抜け出してきたみたいな彼らのメイクにすごく惹かれた。
最初はセフィロスを女性っぽくした感じのレイスに惹かれた。だけど、動画を観たらヴォーカルのキールがより一層魅力的に見えた。というのも、彼の紡ぎだす言葉の一つ一つが、あたしの心に刺さりまくったからだ。
人生がクソみたいに見えたっていい。傷があってもいい。心に闇を抱えていたって構いやしない。その言葉の一つ一つがまるであたし一人に向けられているみたいで、病んでいるのにすごく共感できた。
「なんか、見つけた気がする」
初めて彼らの動画を観終えた時、あたしの頬には涙が伝っていた。何かが、赦された気がした。
「最高」
それだけ返すと、ネットの友人からすぐ返信が届く。
「でしょ? 今度ライブに行かない?」
しばらくその文字を眺めて、あたしは「ふう」と息をついた。
他の人にとっては何でもないことでも、あたしにとっては勇気が必要だった。それでも、あたしは何かを変えないといけない。それだけは分かっていた。
「行きます」
そう打ってからちょっとだけ後悔したけど、「やった。会えるの楽しみにしてるね」って返信が来たのを見て、そんな感情は吹き飛んだ。きっと、あたし自身が変わる必要性のようなものを感じていたんだと思う。
そんな感じで、あたしはいきなりクリムゾン・エクリプスのライブへと行くことになった。そして、それがのちの人生を変えてしまうほどの運命的な出会いをもたらすことになる。