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最推しをお持ち帰り

「ここが女の子の部屋か」


 我が家へ来たキールは周囲を見渡す。あたしの部屋はクリエクのグッズがたくさん置いてあって、きっと一般的な女子の部屋じゃない。それでも人並みにちいかわグッズやらプーさんのぬいぐるみぐらいは置いてあるけど。


「ゆっくりしていってね」

「お、おう」


 キールはいくらか気圧され気味に返事をする。そうか、童貞だったんだっけ、このイケメン。いまだに信じられないけど、このリアクションを見ていると本当なのかもしれない。そんなので推しへの愛なんて変わらないけどね。


 さすがに遅く帰って来たことについてはママからちょっと苦言があったけど、キールの姿が見えていないせいか、それ以上は追及してこなかった。


「そんな遠慮してないでさ、ちょっと座りなよ」


 あたしが椅子を使ってしまっているので、キールにはベッドを勧める。一瞬だけ「いいのか?」って顔をしたけど、他に座る場所がないのでおっかなびっくりで腰かける。人間には触れなくても、物理にはある程度当たり判定というやつがあるんだろうか? あたしもよく分からないけど。


 所在なさげなキールに対して、あたしの方はウキウキしていた。だって、夢にまで見た推しがあたしの部屋にいるんだよ? そんなの、興奮するに決まっているじゃない。ここ数日はほとんど死人みたいだったのに、数時間前にキールと会ってからあたしの生命ゲージは満タンになっていた。


 あたしがあまりにもニコニコしてたせいか、キールがいくらか戸惑い気味に口を開く。


「楽しそうだな」

「そりゃ、もちろん。だって、大好きなキールと一緒にいるんだから」

「そうか……。君のことはよく憶えているよ」

「ホントに?」

「ああ、本当だ。いつもは地雷系のファッションで来るよな。サイン会とか、握手会もそのカッコで来ていた」


 そう言われた時、あたしは翼が生えてどこかへ飛んで行ってしまうのではないかと思った。


 たしかにクリエクのライブは何回も行ったけど、ファンの数自体がかなり多い上に「愛してる」なんて言葉は星の数ほど言われているはず。そんな中であたしという存在が認知されていたというのは単純に嬉しかった。


 キールも慣れてきたのか、前よりも積極的に会話をするようになっていく。


「そう言えば、君の……」

「怜愛です」

「ああ、怜愛ちゃんか。怜愛ちゃんはどうしてクリエクの音楽と出会ったんだ?」

「ああ、それは、ネットのつながりで勧められて」


 そこまで言って、あたしはちょっと口調が淀んだ。というのも、クリエクの音楽に出会う前、あたしは姫愛ちゃんのイジメに遭った暗い過去があったからだ。


 油断していたのもあり、思わず涙がポロっとこぼれ落ちる。


「……どうした?」

「ごめんなさい。ちょっと、つらいことを思い出しちゃって。とにかくね、つらい時になって、クリエクの曲というか、キールの歌声があたしに刺さったの。それで一発で好きになっちゃって」

「そうか。俺の歌が救いになんかなったのか」

「きっとあたしだけじゃないよ。いつ死ぬか分からなくても、キールの歌を聴いて『明日も頑張って生きていこう』って思い直した人はいっぱいいると思うよ」


 あたしは思っているままのことを言った。事実として、キールの歌には希死観念を薄れさせる効果がある。キールの歌は、聴いたら「生きていこう」って思えるんだ。その歌に生かされたバンギャは何人だっているはず。


 だけど、当のキールにとっては予想外だったみたいで、「そうか。俺の歌で、か」と意外そうな顔をしていた。そのコたちも、キールの死で後を追おうとするかもしれない。そう思うと少し悲しくなってきた。


「それだけ愛されてたんだな、俺は」

「そうだよ。それなのに死んじゃうなんてさ……」


 そこまで言いかけて、自分の失言に気付いて口をつぐむ。


「ゴメン……」

「いいんだ。実際に俺はバカだったんだから。武道館の公演が決まって、浮かれて泥酔していたら轢かれたんだからな。自分でもうんざりするぐらいの間抜けぶりだよ」


 そう言ってキールは顔をしかめる。実際問題、さぞ無念だろうなって思う。バンドは絶好調で、これからって時に死んじゃったんだから。


 そんなことを思っていると、またキールが口を開きはじめる。


「俺はさ、本当にダメな奴だったんだよ。ダメな奴っていうよりは、不器用過ぎたってところだろうか。いずれにしても、みんなが思っているような無敵のロックスターとは程遠い存在だ」

「それ、本当なの?」

「ああ、本当だ。だって、そもそも俺が音楽を始めた理由だって、好きな人に告白できなかったからだからな」

「……ゴメン、ちょっと言っている意味が分からない」


 あたしは素直な感想を口にした。予想の範疇だったのか、キールが説明を始める。


「例えば好きな人がいたとするだろ?」

「うん」

「その人と付き合いたいって思った時、怜愛ちゃんならどうする?」

「えっと……まあ、好きです。付き合ってくださいって言うんじゃないの?」

「まあ、そうだよな。だけどさ、俺はそれができなかった」

「うん」

「練習はしたんだけどさ、いざ好きな人を目の前にすると何もできなくてさ。それでラブソングを歌うぐらいならできるんじゃないかって作曲しはじめたのが俺の音楽人生のはじまり。嘘みたいだけど、本当だ」


 キールの目はいたって真剣だった。ちょっと聞いただけだと作り話に聞こえそうだけど、キールが話しているのは本当のことっぽかった。話はそのまま続いていく。


「それで色々と曲を作っている内にバンドをやっている友だちからV系の音楽を教えられてな。正直なところ、当時は受け付けなかった。なんで男のくせにこんなにケバいんだよってな。だけど、視点を変えたら『これだけガッツリ化粧して変身すれば、好きな人に告白するのも楽になるかもしれない』って思ったんだ。不誠実極まりないだろ? だけど最初は本当にそんな理由だったんだよ」


 キールは自虐的に笑ってから、遠い目で過去を振り返る。


「それからはバンド活動が中心だった。出発点がどうあれ、俺は真面目だったから音楽へ真剣に取り組んだ。英語も割と一生懸命勉強したよ。日本のバンドでも歌詞が英語の曲はたくさんあったからな」

「そうなんだ……」


 今の話はきっと音楽雑誌や他のメディアでも発言していないはず。キールのことについてはあたしもかなり調べているから。


「まあ、こんな話、インタビューじゃ絶対に言えないけどな」


あたしの心を読んだかのようにキールが笑う。


「まあ、ロックスターってやつはな、アイドルと大差ないんだよ。こういう豪快なところがあって、幼少期から何をやってもみんなの憧れでした、みたいなやつな。実際は違っていても、ファンは真実なんて求めていない。夢を見せるのが俺たちの仕事だ。だから息を吐くように嘘をつくしかない。でもそれは得をするからじゃない。ファンに夢を見せるためだ。何もそれは俺に限ったことじゃない。他のメンバーも、他のバンドもきっと似たようなものだ。それも含めて商品だからな」

「そうなんだね」

「……幻滅した?」

「ううん。なんて言うか、そんな大変な思いまでしてイメージを保ってるんだなって」

「それでも昔のよりは遥かに楽みたいだけどな。人気稼業のつらいところだ」


 そう言ってキールはまた笑った。しばらくして、キールはちょっと寂しそうに口を開く。


「死んじまったけどさ、君とこうやって話せて良かったよ。自伝でも書くキャリアになったら暴露してやろうと思っていたネタなんだけどな。その時は童貞もとっくに卒業していて、ドーム公演も何度もした後の話だったろうけど」


 キールがそう言うと、部屋が静まり返る。今言った未来はもう起こらない。夢は生きているからこそ見ることができる。それを思うとちょっと泣きそうになったけど、なんとか堪えた。だって、あたしなんかの何倍もキールの方がつらいだろうから。


「俺が死んじまって、バンドはどうなるんだろうな。代わりの誰かが見つかればいいけど」


 そう言ってキールは遠い目をする。キールにとって、バンドはまだ青春なんだ。残されたメンバーについても本気で心配なんだろう。


 なんてけなげな人なんだろう。自分のいなくなったバンドの未来まで心配しているなんて。やっぱりあたしが彼を好きになったのは間違いなかった。


 あたしは咳払いしてからキールに向かって言う。


「キールが死んじゃったのはとっても悲しいけど、それでもあたしの最推しはキールだよ。これから何年経っても」

「……ありがとう」

「だから、キールもそれを忘れないでね。他のファンたちも、キールのことを忘れたりなんて絶対にしないから」

「そうか。……まあ、そうだよな」


 あたしの言葉が響いたのか、キールの表情が明るくなる。笑うとこんな表情もするんだなって密かに驚いていた。


「じゃあキール、これからのことはまた寝てから考えよう」

「そうだな。ぶっちゃけ、俺は寝る必要がないんだけど」

「あらそう。じゃあ、あたしの傍にいていいぞ。可能なら、寝込みを襲っても……フフ」

「コラ、童貞をからかうのはやめなさい」

「冗談だよ、じゃあお休み」


 そう言いながらあたしは電気を消した。今日は色々あったからしっかり寝なくちゃ。


 ただ、この状況でちゃんと寝られるかな?


 自身は無いけど、人生最高のおやすみになるのは間違いなさそうだ。

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