プロローグ
地雷系女子のバンギャが亡くなったバンドマンと一緒に武道館公演を目指す話です。
下校後に自宅に着くと、陰キャのあたしは店じまい。
ピンク色でフリルのたくさん付いたブラウスに腕を通すと、黒いリボンを胸元に付けて、髪型をツインテールに変える。それから黒いスカートを履いて、顔に泣きはらしたみたいなメイクを施す。そうやって、あたしは帰宅前とは別人に変身する。
「やっぱり、かわいい」
鏡を見て、自分でも思わずニヤけてしまう。
見た目を変えるとメンタルも変わるのか、地雷系女子に変身すると、あたしは艶やかな笑みを浮かべることができるようになる。
「本当のあたしは、こっちだ」
そう言ってから鏡の前でクルっと回る。黒いスカートが花びらみたいに広がって、わずかな間だけ絶対領域が見えるのが好き。
まるでシンデレラになった気分。これから夜に、楽しくて愛おしい時間が待っている。
準備ができて、チケットを忘れずにバッグへ入れると、そのままライブハウスへと向かう。
――そう、あたしはこの日のために生きている。あたしの愛したV系バンド、クリムゾン・エクリプスのライブを見るために。
ネットの知り合いからクリエクの存在を知らされたあたしは、ファイナルファンタジーの世界から飛び出したみたいな彼らの容姿に一目惚れした。
見た目だけじゃなくて、歌や演奏技術も世界のトップレベルだそうで、Youtubeの動画では海外から色んな言語で賞賛のコメントが書き込まれている。あたしは英語なんて読めないけど。
ウチの家庭はちょっとだけ複雑で、パパが浮気をしたせいでママから家を追い出されるとそのまま離婚。家と親権はママがもらってシンママに。仕事のせいで家を不在がちにするので、あたしは割と自由だった。
だけど、誰もいない家にずっといるのも寂しくて、友だちとかがいればまだ良かったんだけど、高校だと陰キャのあたしは下校後にやり取りするような相手もいなかった。
それもあってか、あたしの孤独を埋めてくれるクリエクの存在は大きかった。クリエクのライブへ初めて行った時のことは今でも忘れられない。最高にカッコ良くて、一生ついて行こうって思えるバンドだった。
ライブハウスに着くと、あたしはなるべく前の方へ行く。暴れまくる観客からもみくちゃにされることもあるけど、そんなのに負けている場合じゃない。最前線が命がけっていうのはどこのライブも同じなんだから。
開始時間をちょっと過ぎ、たっぷりと会場を焦らしたのちに場内で流れる音楽が大きくなっていく。ライブが始まるって分かって、あっちこっちから声が上がる。この瞬間が大好きだ。
照明が落ちる。それだけなのに、あっちこっちから全力の歓声が上がる。メンバーの声を叫ぶ声。あたしも闇に紛れて推しの名を叫ぶ。
暗闇の中に青白い照明が降り注ぎ、ワクワクするようなSEが流れる。歓声が大きくなり、だんだんアップテンポになる曲に合わせて手拍子が起こっていく。
舞台の袖からメンバーが次々と入場してくる。はじめにドラムのノクスが登場してきて、それだけでワーっと歓声が上がる。金髪に黒いメッシュを入れたノクスは陽気に両腕で力こぶを作ってニコニコと笑っている。
続いてベースのルクス、リズムギターのヴェイルが出てきて、時間差でロングの銀髪をなびかせるリードギターのレイスが現れると、一気に完成は大きくなる。
レイスは圧倒的に美しい容姿を存分に見せつけながら、ゆっくりとした動きで下目遣いにギターを構える。たったそれだけの所作で、会場のあちこちからバンギャの狂ったような歓声が上がった。
そしてもう少し時間を置くと、あたしの最推しが登場する。風になびく美しい黒髪。時折暗闇を動く照明が当たって赤いメッシュが見える。彼こそ宇宙最強のヴォーカリスト。そして、あたしの運命の人。
レイスをさらに超える歓声が場内を包む。
「キールゥ!!」
あたしは最推しの名を叫ぶ。そう、彼こそあたしの最推し。ヴォーカルのキール。
俯き気味のキールがふと顔を上げる。目が合った――気がする。ドキっとして、呼吸が止まりそうになる。
「お前たち、待たせたな」
たった一言で、会場は彼のものになる。
キールが微笑むと、ツーバスの音が響き、爆音の音楽が始まる。
――あたしが生きる、そのための時間が始まった。