最終話 そして、最高の旦那様に
「なあ、フィオナ」
その声に、彼女がゆっくりと視線を戻す。カイルの横顔は、夕焼けに染まりながらも、どこまでもまっすぐで、どこまでもあたたかかった。
カイルはゆっくりと立ち上がると、上着の内ポケットから、小さな箱を取り出した。
夕暮れの光と魔力灯が織りなす淡い明かりに照らされて、彼の表情がいつになく真剣に見える。
「ずっと、ちゃんと伝えたかったことがあるんだ」
フィオナは何も言わず、ただその瞳を見つめ返す。胸の奥が、少しだけ早く鼓動し始めた。
「……十年前、初めて会った日、俺は怪我してて、焦ってて、恥ずかしいくらいカッコ悪かった」
「……うん。覚えてる。膝すりむいて泣きそうだったわよね」
「う……あれは、泣いてない! ……たぶん」
思わずふっと笑いがこぼれる。けれどカイルはすぐに真剣な顔に戻った。
「でも、あの日、君が光魔法で俺を癒してくれて、俺は思ったんだ」
「――女神みたいだ、って」
風の音が、ふたりの間をすり抜けていく。桜の花びらが一枚、彼の肩に舞い降りた。
「それからは、ずっと君を追いかけてた。騎士になろうと思ったのも、強くなりたいって思ったのも、全部……フィオナの隣に立ちたかったからだ」
箱の蓋が、静かに開く。
中に収められていたのは、シンプルだけれど美しい銀の指輪。中心には、彼女の魔力に呼応するようにかすかに青く光る、小さな魔導石が埋め込まれていた。それは、婚約の証である家族の指輪とは違う、彼だけの想いが込められたものだった。
「俺たちは、もう婚約してるけど、ここで改めて」
カイルは片膝を地面につき、指輪を掲げる。彼の目には、迷いのない決意が宿っていた。
「フィオナ・エルディア、これからの人生を共に歩んでほしい」
「だから……」
彼は、まっすぐに彼女の目を見た。
「俺と、結婚してくれないか」
言葉は簡潔だった。でも、その一言に、十年分の想いが詰まっていた。
フィオナは、何も言えずに、ただその指輪を見つめた。そして、その瞳に映る青い光を。
胸が、あふれるほどの感情でいっぱいだった。
この十年間、何度もそばにいてくれた人。いつも笑って、支えてくれて、何度も何度も救ってくれた人。こらえていたものが、ついにあふれて、瞳からひとしずくこぼれ落ちた。
「……はい」
その言葉に、カイルが息をのむ。
「お願いします。私と……結婚してください、カイル」
風がまた、ふたりの間を優しく撫でていく。
彼が差し出した手に、フィオナはそっと指を重ねた。
小さな指輪が、左手の薬指に、ぴたりと嵌まる。それはまるで、最初からそこにあるべきだったかのように。
いつも通っていた石畳の道が、今日だけは少し違って見えた。
フィオナは、学院の門をふり返った。ここで過ごした三年間が、自分を変えた。魔法を学び、人と出会い、何より――守りたいと思える人に出会った。
横を歩くカイルが、ちらりとこちらを見る。彼の手は、そっと彼女の手を握っていた。
「緊張してる?」
「少し……でも、幸せだよ」
彼は安心したように微笑んだ。
その笑顔を見たとき、ふと胸の奥があたたかくなった。
(あんなに真剣で、優しくて、何度も私を救ってくれた人。最初は『チュートリアル担当』なんて呼んでたけど、今なら胸を張って言える。この人こそ、私の最高の旦那様になる人なんだ)
ふたりの背に、春の風がそっと吹き抜けていく。未来はまだ、何が待っているかわからない。けれど――この人となら、きっと大丈夫だと思える。
だからこれは終わりじゃない。ここからまた、新しい物語が始まる。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
ついにフィオナたちも卒業を迎え、そして……カイルとの想いが、ちゃんと言葉になりました。
最初は「チュートリアル担当の彼」だったのに、いつの間にか、誰よりも頼もしくて優しい最高の旦那様に。
このお話はタイトル回収でもあり、私にとっても大切な区切りです。
でも、卒業は終わりじゃありません、きっと新しい物語の始まり。
いつかどこかで番外編などで、彼らのその後や、他キャラたちの未来も描けたらと思っています。




