告発と処分
「これで、全て揃ったな」
カイルが地図付きの報告書を机に置いた。
その隣で、シルヴァンがゆるく微笑む。
「証言三名、物的証拠二件、文書改ざんの痕跡一つ……よくこれだけ集まったね」
「苦労しましたよ」
ジュリアンが淡々と返した。
三人が集まっているのは、王立魔法学院の旧倉庫。
かつて生徒会資料室として使われていたこの場所は、今は誰も来ない。調査にはもってこいだった。
「フィオナの件も、ちゃんと含めてある」
カイルの声がわずかに低くなる。
「剣をすり替えられた件。模造剣に見せかけた、本物の剣。あれがどれだけ危険なことか」
「俺たちは傍から見てただけだが……あれは、殺す気だったな」
ジュリアンは頷く。
「フェリシアへの嫌がらせも含めて、徹底的にやりましょう」
♢♢♢
報告書は、王宮へと送られた。
差出人は、エルディア公爵家子息・ジュリアン。添付された証拠はいずれも学院内での出来事だったが、王家も看過できなかった。
なぜなら、そこには――
「試合結果の不正な操作」――貴族派の教員が関与
「光魔法使いフィオナ・エルディアに対する傷害行為」
「フェリシア・ベルグへの侮辱と陰湿な妨害」
……といった、王国の将来を担う者たちへの害が明記されていたからだ。
クラリーチェ王妃は報告書に目を通し、静かに呟いた。
「……ここまで、よく集めましたね」
「はい。責任を持って、すべて提示いたします」
謁見の場に立つジュリアンは、一歩も退かない。王妃はその姿を見て、わずかに微笑んだ。
「それでは、この報告書をもって学院側および王家より正式に審問会を立ち上げましょう。関係者への処分は、後日発表されます」
♢♢♢
数日後、学院中に緊張が走った。
「聞いた!? ベアトリス様、王家から呼び出されたって!」
「え……ついに、あの件が?」
「てかさ、正直言って……やりすぎだったもんね、あの人」
かつてベアトリスを持ち上げていた貴族派の生徒たちも、蜘蛛の子を散らすように距離を取り始める。
当の本人の顔にも、もはや余裕はなかった。
♢♢♢
「まさか、あなたたちが……!」
対面したジュリアンを睨みつけ、ベアトリスは吐き捨てる。
「こんなことして、何がしたいの? 王家の寵愛でも狙ったの?」
「……いいえ」
ジュリアンはきっぱりと首を振った。
「王家の寵愛なんて、どうでもいい。僕は、間違ったことを正したかっただけです。たとえそれが、誰であっても」
沈黙。
ベアトリスの唇が、かすかに震えた。
♢♢♢
その夜。フォルディア邸では家族会議が行われていた。
公爵は沈黙し、公爵夫人は顔を覆い、兄は無表情で座っていた。
そして――
「……この家を、出て行きなさい」
その一言に、ベアトリスは本気で驚いた表情を見せる。
「な、何を言って……!」
「勘当だ」
「そんな……私がどれだけ王妃になるために努力してきたと思っているのですか!?」
「努力の方向を誤ったな」
父の声は冷たかった。
「お前の所業で、フォルディア家は王家と学院、両方から睨まれている。……もはや、王妃の道など残っていない」
しばしの沈黙の後、母が口を開いた。
「……以前断った、ルードヴィン子爵家との縁談を覚えているでしょう」
「まさか……あの縁談を復活させたの?」
「復活ではありません。向こうは今もあなたとの縁を望んでいる。条件が変わっただけです」
父は淡々と続けた。
「ルードヴィン領にある銀鉱山の一部利権。それが、見返りとして我が家にもたらされる」
「……鉱山の、利権……」
ベアトリスの声が震える。
「これ以上、貴族派が削られるわけにはいかん。お前一人を切ることで、家が保たれるなら、私はそうする」
その日、彼女は駒として扱われ、家の盤面から消された。
♢♢♢
処分の内容が学院に通達されると、生徒たちは口々に噂し合った。
「退学だって。しかも、六十歳のルードヴィン子爵に嫁がされるらしいよ」
「え、あの奥さんが何人も逃げたって噂の人?」
「まあ、自業自得ってやつか」
けれど、当のフェリシアはどこ吹く風だった。
「ん? ベアトリス? ……ああ、なんか今日見ないと思ったら。退学なんだ」
その無関心な一言が、ある意味いちばんの勝利だった。
そして後日、エルディア家子息・ジュリアンと、ベルグ家子女・フェリシアの婚約が正式に発表される。
学院最大派閥だった貴族派のトップ、ベアトリスの失墜。
そして、それを主導したとされるジュリアンの婚約。
こうして、フィオナにとっての学院最後の年は――
波乱と共に、ひとつの区切りを迎えた。




