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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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デュエルフェスタ  それぞれの場所

琥珀色に染まる秋の空の下、学院の中庭に設けられたアリーナでは、今年も魔法決闘祭(デュエルフェスタ)が開催されていた。


剣と魔法を交えた真剣勝負。学院生たちの成長を示す祭典であり、観戦に訪れる貴族たちの視線は容赦なく厳しい。けれど、その緊張に満ちた空気をものともしない男がひとり、風のように闘技場を駆け抜けていた。


「勝者、カイル・アーディン!」


審判の声が高らかに響き渡ると、観客席から驚嘆と歓声が入り混じったどよめきが上がる。


「カイル、三年連続決勝進出だってさ……」


「ていうか、毎回無敗なんだよね。一度も負けたことがないんだから、化け物じゃない?」


王国騎士団長の息子にして、風属性の天才魔法使い。初年度から他を圧倒してきた彼の名は、今や『疾風の騎士』として学院最強の称号と共に語られるようになっていた。


今年の決勝も、彼の独壇場だった。


模造剣に繊細な風の魔力を纏わせ、相手の詠唱の隙を一瞬で突く――その動きには無駄がなく、戦術は冷静かつ大胆だった。けれど決して奢ることなく、どの試合も全力で真剣に挑むその姿勢は、観客席にいた学生たちの目にすら誇らしく映る。


そして、そんな無敵のカイルに唯一互角に迫ったのが、準優勝のジュリアン・エルディアだった。


アリーナ中央、観衆の視線を浴びながら、二人の剣士は互いに敬意を込めて握手を交わす。


「さすがだなジュリアン、今年はマジで危なかったよ。あの土魔法の応用は見事だった」


カイルが率直な称賛と共に言った。


「いいえ……カイルには、まだまだ届きません」


ジュリアンは静かに答え、卒業を控えた最後の大会にふさわしい潔さを見せていた。笑いながら交わす二人の会話も、どこか静謐で誇り高い響きを持っていた。


貴族の令嬢たちが熱狂的にきゃあきゃあと興奮している一方で、当の本人たちはまったくその騒ぎに気を留める様子もなく、ただ己の戦いを振り返っていた。


カイル・アーディン。三年連続、無敗の優勝者。まさに学院の伝説。

ジュリアン・エルディア。二年連続の準優勝。静かなる実力者。


どちらの名も、この魔法決闘祭(デュエルフェスタ)を語るうえで欠かせない存在となった。


観客席の最前列、フィオナとフェリシアは、息を呑むように決勝戦を見届けていた。

決勝が終わり、場内の歓声が一段落すると、アリーナには少しだけ穏やかな空気が戻ってきた。


「カイル、やっぱりすごいな」


フェリシアがつぶやく。口調は軽やかだが、その琥珀色の瞳はまっすぐアリーナを見つめていた。


「うん。まるで風そのものみたい。剣の動きも、去年より一段と洗練されてた」


フィオナも頷きながら答える。彼の成長を見守ってきた彼女の声には、親しい者だけが聞き取れる誇らしさが滲んでいた。ふと、フィオナは隣のフェリシアの視線が、アリーナのカイルではなく、その隣に立つジュリアンを追っているのに気づいた。


「ジュリアン、本当に頑張ったよね」


何気なく言葉をかけると、フェリシアが少しだけ肩を揺らした。


「……あんたの弟ってさ、なんか……ずるいよね」


フェリシアの声は低く、少し拗ねたような調子だった。


「ずるい?」


「静かにしてると思ったら、あんな真面目な顔して本気出して、負けたのに堂々としてて……なんか、腹立つくらいカッコいいっていうか」


そう言いながらも、フェリシアの頬はわずかに桜色に染まっていた。

フィオナは小さく微笑み、弟のジュリアンのことを思い浮かべる。いつも静かで、けれど芯の強い弟。


「たぶん、フェリシアの前だからこそ頑張ってるんだと思うよ。ジュリアン、ずっとフェリシアのこと、特別に見てるから」

「……知ってる」


ぽつりと漏らされたその一言に、フィオナは思わず目を見張った。

でもフェリシアは照れ隠しのように両腕を組み、ぶっきらぼうな声で続けた。


「なんか、こう、あいつの方が大人って感じがして、こっちが振り回されてるのが腹立つの」


彼女は髪を軽くかき上げながら言った。


「なんかさ、ジュリアンって、普段黙ってるくせに芯がすごく通ってて……ズルいくらい落ち着いてるじゃない。同じ年なのに、私の方が子どもみたいでムカつくの」


ふくれたようにフィオナを睨むフェリシア。だけどその表情は、どこか楽しげでもあった。

視線の先、表彰台に立つジュリアンが、こちらに一度だけ静かな眼差しを向けた。控えめに、それでいて確かにフェリシアだけを見ているような、真摯なまなざしで。

フェリシアはその視線に気づき、一瞬だけ目をそらした。けれど、その薔薇色の唇はわずかに笑みを浮かべていた。


「ちょっと、行ってくる」


フェリシアが小さく呟いて立ち上がる。


「え?」


「あいつに……一言だけ、言いたいことがあるから」


照れたように髪をかき上げながら、フェリシアは観客席を降りていった。その背中は少しだけ緊張しているようで、でも確かな意志を感じさせた。

フィオナは微笑みながら、その後ろ姿を見送った。


♢♢♢


準決勝後のアリーナ裏。熱気が残る通路を、秋の風がゆるやかに吹き抜けていた。

煉瓦色の壁に寄りかかりながら、クララは小さく溜息をついていた。彼女の手には、試合の記録が書かれたノートが握られている。


「クララ、いたいた」


突然の呼びかけに顔を上げると、髪を一束にまとめたシルヴァンが微笑みながら近づいてきた。制服の裾は乱れていないけれど、その足取りにはほんの少しだけ疲労の色がにじんでいる。


「お疲れさま。準決勝の戦い、本当にすごかったよ」


クララの声は小さいが、瞳は輝いていた。


「ありがと」


シルヴァンは手を振りながら言った。


「でも、カイル相手じゃ分が悪いってわかってたさ。あいつの剣は、俺じゃちょっと太刀打ちできない」


冗談めかして笑うその横顔は、わずかな悔しさが影のように差していた。でも、その佇まいには潔さが漂っていた。


「でもね、すごくかっこよかったよ」


クララはそっと言葉を重ねた。視線は石畳に落としたまま、だけど声だけはまっすぐに届くように。

沈黙が数秒だけ流れたあと、シルヴァンが小さく目を見開いた。


「へえ、クララからそんな褒め言葉が出るとは。これは貴重だな」

「なっ……! そういうからかうとこ、ほんとやめてよ!」


耳まで真っ赤になって、クララは言葉を詰まらせる。彼女の細い指がノートを強く握りしめた。

けれど、深呼吸を一つだけして、もう一度、勇気を振り絞るように顔を上げた。


「……あの、シルヴァン? 今日の試合、本当に素晴らしかった。あなたの戦い方には、いつも感動させられるの」


シルヴァンは少し驚いたような表情を見せた。


「そう言ってもらえるなんて、光栄だな」


クララは自分の気持ちを整理するように、柔らかく息を吐いた。


「実は、ずっと言いたかったことがあるの。私、あなたといると安心するし、心が落ち着くの。それが、どうしてなのか、最近やっと分かってきたから――」


一度だけ、ぐっと小さな拳を握る。勇気を絞り出すように。


「――好き。私、あなたのことが、好きなの」


彼女の声は小さかったけれど、石畳の通路に確かに響いた。

シルヴァンはしばらく瞬きをして、それからふっと柔らかい笑みを浮かべた。その瞳に優しい光が灯る。


「ほんと、今日のクララはいつにも増して可愛いな」


彼は少し照れたように髪をかき上げた。


「シルヴァン! もう……」

「うん。嬉しいよ。俺も、ずっと君と一緒にいたいと思ってた」


軽口めいた言葉の裏に、いつもより少しだけ低くて真剣な声が混ざっていた。


「じゃあさ、俺からも一つだけ」


シルヴァンは彼女の目をまっすぐ見つめた。


「これから始まる研究所——クラリーチェ王妃が主導してくれるって話、聞いたよね?」

「うん」クララは頷いた。彼女の瞳が輝きを増す。

「正式に、王立魔法研究機関として設立されるの。香りと魔力の融合、ヒールポーションへの応用の研究。私、そこに本気で取り組むつもり」


シルヴァンはクララの手を取った。


「なら、俺も本気で君のサポートをする。研究の仲間としても、友人としても、そして」


彼は少し顔を近づけ、迷いなくクララの唇に軽くキスをした。


「恋人としても、全部セットでよろしく」

「……なによそれ、もう!」


クララは唇に残る温もりを感じながら顔を真っ赤にして言ったけれど、その口元には涙がにじむほどの幸せな笑顔が広がっていた。

まだ照れと喜びが混じった二人の姿を、煉瓦の壁に差し込む西日が優しく包み込んでいた。


♢♢♢


決勝戦が終わったアリーナ。歓声も拍手も遠ざかり、人の気配もほとんどなくなった今、夕陽だけが周囲を深い赤色に染めていた。

池を見下ろす柵のそばで、フィオナは一人待っていた。制服の裾が、風に揺れる。水面が金色に輝いている。

足音が近づく。振り返らなくても、その気配で誰かわかっていた。


「待たせた?」


カイルの声は、いつもより少し優しい。


「ううん」

「ちゃんと最後まで見てたよ。かっこよかった」


カイルは額の汗をぬぐいながら、少し照れたように笑った。学院最強と呼ばれる彼でも、彼女の前では少年のような表情を見せることがある。


「さっきからね、ずっと顔がにやけてるよ? そんなに、私の応援が効いたってこと?」


フィオナは少し茶化すように言った。カイルはまっすぐな目で彼女を見つめ返す。


「そりゃそうだろ。フィオナの応援が一番効くんだって、前にも言ったじゃないか」


その言葉に、フィオナの頬がかすかに熱くなる。彼女は視線を少しだけずらした。


「……それにしても、三年連続優勝って、本当にすごいことだよね」

「うん、まあ」


カイルは肩をすくめた。


「勝ててよかったよ。でも」


カイルは少しだけ身を乗り出し、フィオナの視界に自分の顔を入れるように顔を寄せた。


「一番嬉しかったのは、試合中ずっとフィオナの顔が見えたことだよ。フィオナがいるから、俺は強くなれる」

「……!」


言葉が出ない。顔が真っ赤になるのを止められなくて、恥ずかしさに視線をそらそうとしたら、カイルの指先がそっと彼女の顎に触れて、顔を戻した。


「逃げるなよ」

「う……うるさい……!」


彼の声は低く、優しい。そのまま、頬を軽くつつかれる。からかってるようで、けれどその指先はとてもやさしい。

カイルは躊躇わず、ゆっくりとフィオナに近づき、そっと唇を重ねた。短い、けれど確かな温もりが伝わる一瞬。フィオナは目を閉じ、その時間を受け入れた。

ほんの数秒後、二人の唇が離れると、カイルはまだ赤みの残るフィオナの頬を見つめながら、小さく微笑んだ。


「試合、終わったし」


ぽつりと呟いたカイルが、自然な仕草でフィオナの手を取る。


「次は俺の番な。フィオナを、これからもずっと守るって約束、ちゃんと実行してくから」

「……それ、言うタイミングがズルい」

「ズルくても、言いたかったんだよ。優勝のご褒美な」


繋いだ手をぎゅっと握られる。フィオナも、逃げるのをやめて、静かに指を絡めた。

夕陽に染まる池のほとりで、ふたりの影がぴたりと寄り添って伸びていた。

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