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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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社交界デビューは突然に 3

ダンスを終えたフィオナは、人の流れが落ち着いたのを見てフェリシアのもとへ向かった。


柱の陰でグラスを手に一息ついていた彼女は、フィオナに気づいて軽く手を振る。


「お疲れ。ばっちり目立ってたよ、フィオナたち」


「フェリシアこそ。アレクシスと踊ってるの、すごく綺麗だったわ」


「うーん……褒められると困るなあ。あれ、予定外だったんだよね」


そう言いながら、フェリシアは肩をすくめて見せる。平民出身の彼女らしい、飾らない仕草。


「本当はさ、ジュリアンと踊る予定だったの。そしたら直前になって殿下が『君と踊りたい』って有無を言わさず……。王子様相手に断れるわけないじゃない?」


「え……ジュリアンと踊る予定だったの?」


聞き返すフィオナに、フェリシアは「あれ、知らなかったの?」という顔をした。


「うん、ちょっと前に……ジュリアンがね、私にダンスの申し込みをしてくれてさ」


「ダンスの申し込みを……?」


「最初はすごく丁寧な挨拶だったのに、気づけば毎回『今日はご予定ありますか』だの『あなたと話す時間が癒しです』だのって。正直、最初は社交辞令かと思ってたんだけど」


「ジュリアンが……そんなことを……」


双子の弟である彼の真剣な一面を、フィオナはうまく想像できずにいた。


苦笑しながらグラスを傾けるフェリシア。その表情には、困惑もあれば、ほんの少しの照れも混じっていた。


「で……どうなの?」


「うーん、正直まだ考え中。でも、嫌ってわけじゃない。なんていうか、まっすぐなんだよな、あの子」


「ジュリアンが、まっすぐ? ふふ、そうね、想像できるかもしれないわ」


ふたりで顔を見合わせて、くすっと笑う。


「ま、気が向いたら考えるわ。フィオナたちみたいなバカップルを見るのはちょっと……ね」


「わ、私たちは別にバカップルじゃ!」


「はいはい、わかってるって。カイルのことになるとすぐ顔に出るんだから」


軽く肩を突かれ、むずがゆくてフィオナは言い返すのをやめた。


そのとき、会場の向こうから、待ちかねたような声が飛んでくる。


「フィオナ、こっち!」


カイルが手を振っている。視線を向けたフィオナに、フェリシアがふっと悪戯っぽく笑った。


「さ、行ってきなよ。さっきから視界の隅でそわそわしてたしね、あいつ」


「そ、そわそわって……!」


「ま、あんたたち、いいコンビだと思うよ。……ちゃんと大事にしてくれてるの、見ててわかるもん」


ぽん、と背中を押され、フィオナは小さく頷いた。


「フェリシアも……ジュリアンのこと、少しは考えてあげてね」


「はいはい、善処しますって。じゃ、また後でね!」


♢♢♢


カイルのもとへ向かうと、彼は少し緊張した面持ちながらも、嬉しそうに微笑んで立っていた。


「ごめん、呼び出して。でも、少し……話したくて」


彼は周囲を見回した。まだ人の目が多い会場の中で、カイルはわずかに躊躇うように息をつく。


「少し、疲れた? 会場は熱気がすごいから……外の空気を吸いに行かないか?」


心配そうに覗き込む瞳に、フィオナは小さく頷いた。彼の息遣いがすぐ近くに感じられて、心臓が跳ねる。


カイルの誘いに応じ、フィオナは彼に導かれるまま人ごみを抜け、広いバルコニーへと足を運んだ。夜会も終盤に差し掛かり、バルコニーにはひんやりと澄んだ夜風が吹き抜けていた。月明かりだけが、静かに二人を照らしている。


しんとした静けさに、ようやく心の強張りが解けていく気がした。


フィオナは石造りの手すりに両肘をつき、夜空を見上げてそっと息を吐く。満天の星々が、まるで祝福するように煌めいていた。


「……綺麗ね」


「うん。空も、星も……」


カイルが一歩近づき、フィオナの隣に並ぶ。肩と肩が触れ合いそうな距離。その温もりに心臓が高鳴る。


彼はしばし星空を見上げていたが、やがて意を決したようにフィオナに向き直った。


「……でも、今日いちばん輝いてるのは、フィオナだよ」


思いがけない、まっすぐな言葉。いつもの軽口ではない、真剣な声音に彼女の胸は甘く締め付けられる。


「も、もう! そんなこと、急に言わないで……」


顔を赤らめて俯くフィオナに、カイルはくすりと優しい笑みをこぼした。そして、彼女の視線をとらえるように顔を覗き込む。


「だって、本当のことだから。俺、フィオナのこと大好きだしね」


その響きに、フィオナは息を飲んだ。胸の奥に、あたたかく、切ない何かが満ちていく。


並んで立つカイル。月明かりが彼の横顔を優しく照らし、いつもよりずっと大人びて見えた。


静かな沈黙がふたりの間に流れ、夜風の音だけが聞こえる。けれどそれは、とても心地よい沈黙だった。


「……フィオナ」


名前を呼ばれて、彼女は顔を上げる。彼の瞳が、月光を宿してきらめいていた。


「ん?」


いつもの少年らしい笑顔はなく、真剣な眼差しで彼女を見つめている。


「今日、隣にいてくれて……ありがとう」


その一言が、思っていた以上に心に深く沁みた。


カイルはゆっくりと、もう一歩彼女に近づく。


「こっちこそ。迎えに来てくれて、ありがとう」


まるで引き寄せられるように、フィオナもまた彼に向き合う。


ドレスの裾が夜風にふわりと揺れ、ふたりの間に流れる空気がゆっくりと変わっていく。甘く切ない、特別な気配。


「今度は、舞踏会じゃなくても……二人だけで、どこかへ出かけてない?」


少し照れたように尋ねる言葉に、フィオナは小さく、けれどはっきりと頷いた。


「うん、喜んで」


ふと、フィオナがカイルを見上げたその瞬間——


カイルが、彼女の腰に手を回した。しっかりとした、けれど優しい腕。


「来年も、その先も……ずっとフィオナの隣にいたい」


言葉の温度に、頬がますます熱くなる。


彼との距離が、ゆっくりと、確実に縮まっていく。


吐息が触れ合うほど近く。鼓動が聞こえるほど近く。


「……うん。私も」


微かな囁きを残して、フィオナはそっと目を閉じた。


次の瞬間、柔らかな感触が唇に触れる。初めてのキスは、想像していたよりもずっと甘く、春の夜風のように優しかった。


星明かりの下、ふたりの影がひとつに重なる。


ほんの数秒、けれど永遠にも感じられる時間。


唇が離れた瞬間、お互いの瞳に映るのは、照れくささと幸福に満ちた笑顔。


ぎゅっと握られた手のぬくもりが、まだ見ぬ明日へと続いていくようで。


これから先もずっと一緒にいられる——そんな確かな予感が、胸の中で静かに灯っていた。

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