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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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社交界デビューは突然に 2

春の夜風が、開け放たれた窓からふわりとカーテンを揺らした。

エルディア公爵家の居館、フィオナの部屋。大きな鏡の前で、彼女はそっと深呼吸をつく。

ピンクシャンパン色のドレスが、キャンドルの灯りに照らされて柔らかく輝いていた。鏡に映る自分の姿を見つめながら、フィオナは満足げに微笑む。


このドレスは特別注文したもの。シルクの上品な光沢は動くたびに色合いを変え、ウエストから流れるように広がるラインが美しく、背中は程よく開き、大人の色気をさりげなく漂わせているデザインだ。一方で胸元の繊細なビーズ刺繍と肩のパフスリーブが可愛らしさを忘れさせない。


「大人可愛い」まさにその言葉がぴったりの一着。

耳元には、碧い宝石のイヤリング。カイルの瞳の色に合わせて選んだお気に入りだった。


「......よしっ」


小さく気合を入れたその瞬間、ノックの音が響いた。


「姉さま、準備はできました?」


扉の向こうから聞こえた声に、「どうぞ」と応えると、ジュリアンが姿を現す。

整った茶髪と理知的なサファイアブルーの瞳。すらりと着こなしたタキシード姿に、思わず息を呑んでしまう。


――うん、さすが攻略対象。ホントに素敵だわ。


内心でゲーム的なコメントをつけながらも、フィオナは小さく微笑んだ。


「うん、大丈夫。ありがとう、ジュリアン」

「ならよかったです。馬車はもう用意されてますよ。カイルは――」


そのとき、背後から足音がして、今度はもう一人の少年が姿を現した。


「フィオナ......」


扉の向こうから現れたのは、淡いピンクの髪を後ろでまとめたカイルだった。

タキシードに身を包み、少し照れくさそうに視線を彷徨わせている。

フィオナもまた、彼を見た瞬間、目を見開いた。


「......かっこよ......」


「えっ、フィオナのほうが......すっごく綺麗......!」


言いかけた言葉が重なって、二人は同時に黙り込む。

数秒の沈黙。

そして、次の瞬間。


「な、なんか変かな!?」「いやいや、綺麗すぎて......!」


お互いを褒め合うように、どこかテンパりながら言葉を交わす二人。

ジュリアンはその様子を無言で見守った後、溜め息をひとつ。


「......じゃあ、先に行きますね」


やれやれ、という顔で踵を返すジュリアン。


「ちょ、ジュリアン、待ってー!」

「ご、ごめんっ!」


ようやく我に返った二人は、慌てて彼のあとを追い、夜会へと向かう馬車へと駆けていった。


王宮の大広間に足を踏み入れた瞬間、フィオナは息を呑んだ。

煌びやかなシャンデリアが天井から降り注ぎ、花々の香りと楽団の演奏が空気を満たす。

春のデビュタントにふさわしく、会場はまるで咲き誇る花園のような華やかさに包まれていた。


「すごい......」


フィオナが思わず立ち止まると、隣のカイルがふっと笑みをこぼす。


「フィオナが一番綺麗だよ」

「も、もう、からかわないでよ......!」


小声でたしなめながらも、顔が熱くなるのを止められない。

そんなふたりの様子を見ていたジュリアンが、咳払いでさりげなく割って入った。


「......さて、そろそろ主賓たちの紹介が始まる頃だ。入りましょうか」

「う、うんっ」


エスコートするカイルの腕に手を添え、フィオナは背筋を伸ばした。

一歩ずつ、広間の奥へと歩を進める。

彼女の登場に、さっそくマダムたちの視線が集まりはじめた。


「まあ、あれがエルディア公爵家のお嬢様?」「随分と愛らしいわねぇ」

「ミルフローラ商会の商品を手掛けたという話、本当かしら?」


噂好きなマダムたちが、さざ波のように押し寄せてくる。


「こちらの春香水、ほのかに甘くて清らかで......あなたの香りかしら?」

「この前のクリーム、どんな素材を使っているの?」

「次はいつ発売されるの?」


あれよあれよという間に質問攻めに遭い、フィオナは少しだけたじろいだ。

けれど、こういうのはもう慣れっこだ。

落ち着いた笑みを浮かべながら、受け答えをしていく。


「ありがとうございます。香りの設計は、季節ごとに変えていまして――」

「肌馴染みをよくするために、植物由来の素材を多く使用しています」

「現在は夏に向けた爽やかなシリーズを準備中です」


丁寧な受け答えに、マダムたちは「まあ!」と感嘆の声を漏らす。

「この子、将来有望ね......」「さすがエルディア家だわ」


その様子を少し離れた場所で見守っていたカイルは、小さく呟いた。

「やっぱ、すごいな......」


すると、そこにアレクシス、シルヴァン、クララ、フェリシアが揃った姿が現れた。


「遅かったな、カイル。お姫様の囲まれっぷり、ちゃんと見てたか?」

「う、うるさいよ、シルヴァン......」

「ふふっ、でも本当に華やかで素敵だわ。フィオナちゃん」


クララの微笑みに、カイルはちょっとだけ胸を張った。


「当然だろ。俺の、......俺が、エスコートしてきたんだからな!」


言い淀んだ『俺の』にシルヴァンがニヤリと笑い、アレクシスがそれをスルーして指を鳴らす。


「始まるぞ。第一曲目の合図だ」


楽団の音色が変わり、会場の照明が少しだけ落とされた。

ざわめきの中からスポットライトがいくつも灯り、舞踏の中心が形作られていく。


「さ、行こうか」


差し出されたカイルの手を、フィオナはそっと取った。

少しだけ緊張する。けれど――


「大丈夫、ちゃんとリードするから」


そう言って笑うカイルの手のひらは、あたたかかった。

次々と現れるペアたち。

フィオナとカイル。

シルヴァンとクララ。

――そして、アレクシスとフェリシア。


その最後の組み合わせに、貴族たちの間に軽いざわめきが走る。


「王太子殿下と、あれはベルグ辺境伯家のご令嬢では......?」

「これは何かの示唆かしら」「婚約の前触れ......?」


そんな空気を振り払うように、楽団の演奏が高まり、踊りの幕が上がった。

カイルのリードは驚くほど自然で、軽やかだった。


「......踊りやすい」

「ふふん、修行の成果。今日は絶対にかっこよく見せたかったからな」


そう言って見つめてくる瞳に、思わず視線を逸らす。


「......ずるいよ、そういうの」

「ずるくていい。今日は、俺とだけ踊ってほしかったから」


ほんの数分の演目。でも、そのすべての間、フィオナの耳には音楽よりも彼の鼓動が聞こえていた気がした。

一方で――


クララの手を取ったシルヴァンは、いつもの調子でさらりとささやく。


「クララ、今日のドレス、似合ってる。ラベンダーの香りも、君らしい」

「そ、そんなの......いきなり言われても......!」


耳まで真っ赤にしてうつむくクララ。

けれどステップは乱れない。意外にも、しっかり踊れていた。


そしてもう一組――アレクシスとフェリシア。

彼の背筋はぴんと伸び、王子としての品格そのもの。

一方のフェリシアは、堂々とした物腰で視線を集める。

その調和はどこか絵画的で、意外なほどに様になっていた。


フィオナは踊りながら、その姿に一瞬だけ目を留めた。

――なんであの二人が?


けれど、次の瞬間にはカイルの声が彼女の耳元に届く。


「よそ見はだめだよ。俺だけ見て」

「......うん」


ふわりと回転し、ライトの下で一瞬きらめいたフィオナのドレス。シルクの上品な光沢が煌めき、広がるスカートは舞い踊る花びらのよう。背中の開きと胸元の繊細な刺繍が、彼女の魅力をさらに引き立てていた。

夜会の中心に、確かに彼女の存在が刻まれていた。

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