響き合う魔力 2
カイルの風が、静かに吹いた。
焦げた空気を和らげるように、ささやかな風が傷口にそっと触れる。フィオナの手のひらから放たれる光と、カイルの風が交わった瞬間――まるで互いの魔力が、ひとつに溶け合ったような感覚が走った。
不思議だった。ぶつかり合うのではなく、寄り添うように、重なるように。
(……いま、なら)
言葉が、ふと浮かんだ。知らないはずの呪文。それなのに、口にすることにためらいはなかった。
「風よ、澄みわたりて命を巡れ。光よ、傷を抱き、すべてを包め――」
すぐ隣から、同じ言葉が重なる。
カイルもまた、同じ詠唱を口にしていた。
ふたりの声が重なった瞬間、空気が震えた。
風が、光を運ぶ。
光が、風に乗って舞い降りる。
広がったのは、淡い金と翡翠の輝きが混ざり合った、やさしい魔力の波だった。
「――《聖光の息吹》!」
その瞬間、魔力は静かに、しかし圧倒的な存在感とともに解き放たれた。
まるで水面に落ちた一滴が波紋を広げるように、淡い翠色と金色が交互に脈打つ光の輪が広がっていく。風がその光の粒子を運び、渦を描くように周囲の空間を満たしていった。地に伏した生徒たちを包み込むと、血のにじんだ傷口がみるみるうちに光を吸い込むように塞がり、青ざめた顔に血色が戻っていく。
魔力の波が通り過ぎた後には、かすかな光の粒子が星屑のように宙に漂い、やがて消えていった。
「な、なんだ……? あたたかい……」
「痛くない……治ってる……?」
ざわめきが、広がる。
教師たちが駆け寄ってきたときには、半分以上のけが人がすでに意識を取り戻していた。
誰よりも驚いていたのは、フィオナとカイル自身だった。
「……いまの、なに……?」
「わかんない。でも、確かに……一緒に魔法を使った、気がする」
魔力が、ひとつになった。そんな感覚。
呪文も、魔法も、ふたりの心が"重なった"からこそ生まれたもの。
教師がぽつりとつぶやいた。
「……相互作用、か……まさか自然発生するとはな」
魔法が収まったあと、広場に静けさが戻った。
焦げた石畳。倒れていた生徒たちはほとんどが自力で起き上がれるまでに回復し、教師たちは安堵の息を吐く。
その中心に立つ、フィオナとカイル。
互いに手をかざしたまま、しばらく動けずにいた。
「……すごかったな、今の」
ぽつりとカイルがつぶやいた。
フィオナは小さくうなずき、胸の奥にまだ残っている、魔力の余韻にそっと耳を澄ませる。
あの瞬間、彼の魔力が、自分の中に流れ込んだ気がした。いや、逆かもしれない。自分の光が、彼の風に溶け込んでいったのかも。
「……なんだろうね。言葉にしなくても、重なったって感じたの」
そう言うと、カイルがふっと笑った。
「それ、すげーよ。俺、今まででいちばん魔法が気持ちよかった」
「へ、変な言い方しないでよ!」
「ほんとだって。……なんか、すごい安心したんだ。隣にフィオナがいて、魔力がぴったり合ってさ。俺、今なら世界中の誰でも癒せるって思ったもん」
まっすぐな言葉に、顔が熱くなる。
教師のひとりが、ふたりに近づいてきた。
「今回の処置、君たちがしてくれたのか。……大したものだ。属性の相互作用は、通常は訓練が必要なものだが……あれが自然に発動するとは、初めて見た」
「ありがとうございます。……でも、特別なことをしたつもりはなくて。ただ、傷ついている人を見過ごせなかっただけです」
フィオナは自分の掌を見つめながら言った。
「フィオナの勇気に、俺も動かされたんです」
カイルは彼女を見て、静かに続けた。
「誰かを助けたいという気持ちが、自然と魔力になったような……」
教師は目を細め、静かにうなずいた。
「そうか……その気持ちが、魔力を通わせたのかもしれないな」
ふたりは改めて顔を見合わせ、静かに微笑み合う。
その笑みの中には、互いへの信頼と、まだ知らない可能性への期待が宿っていた。
雪がまたひとひら、舞い落ちる。
その冷たさすら、少しだけやさしく感じられる朝だった。
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