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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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響き合う魔力 1

冬の朝は、すべてが静かだ。


吐く息は白く、石畳には昨夜の雪がうっすらと残っている。カイルとフィオナは肩を並べて学院の門をくぐった。休み明けの始業日、校舎にはまだ完全な熱気は戻っていない。


「……雪、積もらなかったね」

「うん。登校日だったから、ちょっと心配してた」


指先がかすかに触れ、フィオナは少しだけ意識する。カイルは相変わらずの調子で、いつも通りの距離で隣を歩いていた。


冬休み直前、両家の話し合いの末に、正式に"婚約者"となった。


年が明けた今も、学院での関係はほとんど変わらない。でも、ほんの少しだけ。隣に立つことが当たり前になって、そっと手を伸ばすことを迷わなくなった。


変化はささやかで、けれど確かに、始まっている。


そんな登校のひとときに、不意の轟音が響いた。

校舎の奥、実技演習棟のほう。地面が小さく揺れ、空気がぴりりと震える。


「今の……爆発?」

「魔力の揺れだ。けっこう大きい……!」


緊急時の鐘が学院中に鳴り響く。フィオナはすぐに駆け出そうとしたが、カイルが咄嗟に腕をつかむ。


「待って、危ない。俺が先に――」

「だめよ。けが人がいるなら、私が行かなきゃ。治せるかもしれないから!」


その目を見て、カイルはそれ以上何も言えなかった。



♢♢♢



実技演習棟の広場にたどり着いたフィオナは、思わず足を止めた。


鼻をつく焦げた匂いが、まず彼女を襲った。次に目に飛び込んできたのは、黒く炭化した石畳。あちこちに魔力焼けの痕が残り、地面からは青白い霧のような魔力の残滓が立ち昇っている。砕けた地面。ぐにゃりと曲がった金属の柵。


そして、耳をつんざく悲鳴と呻き声。


数は十数人。火傷で赤く腫れた皮膚、裂けた制服から覗く生々しい傷口、魔力障害で震える手足。呼吸が荒く、顔色が青ざめた生徒もいる。中には完全に意識を失って横たわっている者も混じっていた。


空気には、焦げた布と血の匂いが充満し、魔力の残滓が喉を刺すような不快な感覚を残していた。


「……ひどい……!」


教師たちは混乱しており、声だけが大きく、動きが噛み合っていない。「治療班!急げ!」「離れろ、危険だ!」と命令が飛び交うが、誰も全体を把握できていない。周囲に集まった下級生たちは恐怖で顔を引きつらせ、遠巻きに立ちすくんだまま、ただ震えている。


フィオナの耳には、心臓の鼓動と血の気が引く音だけが響いていた。


けれど、その足は自然と一人の生徒へ向かっていた。血に濡れた金髪。不規則で浅い呼吸音。肌には魔力の暴走による紫がかった痣が浮かび、火傷で赤く腫れている。しかし最も目を引いたのは、右腕が不自然な角度に曲がり、腫れ上がっていた。


フィオナは震える手を抑えながら、ポケットから清潔な布を取り出した。彼の額から流れる血の匂いが鉄のように鼻につく。手のひらに彼の体温を感じ、その熱さに驚く。そっと傷口の周囲を拭うと、布が瞬く間に赤く染まった。


「魔法をかける前に……汚れを落とす。出血してるなら、まず止める。骨は……」


彼女の指先が触れると、彼が痛みに顔をゆがめる。その反応にフィオナの胸が締め付けられた。


「今はできることをやるしかない……」


前世で、看護学校で学んだ応急処置の知識が、頭の中を駆け巡る。実習先の病院の消毒液の匂い、教員の指示、緊急対応の手順——それらの記憶が鮮明に蘇る。臨床経験は少なかったけれど、基本的な知識は身についていた。けれどこの世界では、そうした医療の考え方を持つ人は少ない。ポーションで癒せるから、と深く考えずに傷を治そうとする者が多いのだ。


指先に魔力を集中させていくと、フィオナの意識は傷に向かって絞られていった。緊張からか、心臓が早鐘を打ち、周囲の騒めきが遠のいていく。耳元で自分の脈動だけが響く中、彼女は静かに詠唱を始めた。


「光よ……どうか、傷を包み込んで《治癒ちゆ》」


掌に意識を集中させる。静かに流れる魔力が、患部へと広がっていく。詠唱は短く、それでも十分な癒しの力を持っていた。


「……大丈夫ですよ。すぐに良くなります」


倒れた生徒の呼吸が落ち着き、表情が少し和らぐ。周囲で見ていた他の生徒たちがようやく我に返り、手当を頼む声が次々と飛んでくる。


フィオナは、血と土にまみれた現場をひとつひとつ見回した。


(早く、みんなを治さなきゃ……)


その一心で、次の負傷者のもとへと駆け出した。


「フィオナ!」


声と同時に、風が駆け抜けた。


振り返ると、カイルが走ってくるのが見えた。額には汗、手にはヒールポーションの小瓶が数本握られている。


「無事か!? けがしてないよな……!」

「うん、私は平気。けが人が多くて、でも治療班はまだ来てないの」

「そっか……なら、俺も手伝う!」


息を切らしながらそう言うと、カイルはためらいもなく一人の男子生徒のそばに膝をついた。小瓶のふたを片手で開けると、震える指先で口元に流し込む。


「……飲めた。よし……」


カイルは、ポーションが苦手な生徒には少しずつ染みこませるように腕へたらし、呼びかけながら見守る。まるで自分の痛みのように眉をしかめながら。


フィオナも隣で傷を確認し、呼吸の浅さを見て軽い魔力障害だと判断。自分の魔力を直接流して治療に入った。


ふたりの手が、同じ患者に重なる。


「……カイル」

「ん?」


「あなたの風、少し貸して。患部を冷やしたいの。火傷が、深いの」

「わかった」


カイルは短く答えると、すっと手を添えた。風の魔力が静かに吹き込む。冷やしすぎないよう、フィオナの魔力にあわせて流れを調整する。意識しなくても、自然とそうできていた。


――この感覚、なんだろう。


お互いが、お互いの魔力を邪魔しない。ただ、寄り添っているような。

フィオナは、いつの間にか、詠唱の言葉が口にのぼりかけていることに気づいた。

聞いたことのない言葉。けれど、なぜか確かに正しいと感じられる、そんな言葉だった。

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