光魔法は予定外、婚約は想定外 4
座学は、初回から容赦なかった。
魔力の通り道の意識に始まり、属性ごとの性質差、理論と実践の乖離……話はどんどんマニアックになっていく。
(……正直、ついていくのがやっと)
フィオナは内心で弱音を吐きかけたが、となりのジュリアンが真剣にノートを取っているのを見て、もう一度背筋を正した。
そんな中、マークスがふいに話題を変え、レオナルドの方を見た。
「理論を軽視した結果、倉庫ひとつ消し飛ばした愚か者がおる。名は伏せるが、まあ、知ってるやつだな」
(え?……伏せる気、ゼロ?)
「先生、それ父さまの話……?」
ジュリアンのつぶやきが、場の空気をぴしりと揺らす。
教授のモノクルの奥から、静かな――けれど妙に重たい視線が返ってきた。
「お前たちにも教えた方が良いだろう」
「え? どんな話ですか?」
フィオナがすかさず食いつく。面白そうな話を聞き逃す気なんてさらさらない。
「知らないの?」とアマーリエがにこやかに笑った。「レオナルドが、学院の倉庫を吹き飛ばしたのよ」
「ええっ!? 父さまが!?」
「まさか……あの父さまが……!?」
姉弟は息ぴったりに叫んだ。
あの完璧主義の父が爆破? しかも、学院の倉庫って何したの!?
「詠唱の一部を省いたのが原因だったな。研究熱心なのは評価するが、土台が甘ければ結果は一つ、ドカンだ」
(先生、ちょっと楽しんでません!?)
廊下の奥で、柱に寄り添いながら気配を消すレオナルド。
しかしその耳は、確実にこちらに向いていた。
フィオナは笑いをこらえながら、再び正面のマークスに集中する。
「さて、理論は一通り説明した。次は、簡単な実践に移ろう」
マークスは椅子から立ち上がり、部屋の中央に小さな鉢植えを置いた。
「フィオナ。この植物に光を与えてみろ。栄養を補うように。詠唱も忘れるな」
「はいっ」
少し緊張しながら、フィオナは深呼吸して手をかざす。
(光を与える……光合成っぽいやつ? 栄養補給的な?)
心の中で植物に語りかけるように、言葉を紡いだ。
「……光よ、命を育む源よ……」
指先から、ふわりと光が漏れ出した。
それは青白い光ではなく、ほんのりと黄色がかった、どこかあたたかい光だった。
「ふむ……」
マークスが目を細める。
(あっ……これ、ダメな『ふむ』かも)
不安になりかけたそのとき――
「面白い。光魔法は、白に青みがかかった光彩を持つと言われている。だが、お前の光魔法は――黄色に近い。治癒に特化した傾向があるのかもしれん」
「えっ、そうなんですか……?」
自分の指先に宿る光を、フィオナは興味津々で見つめた。
「ジュリアン。お前も試してみろ。魔力が目覚めていないなら、せめて流れを意識してみるといい」
「は、はい……」
ジュリアンはおそるおそる鉢に手を伸ばす。しばらく何も起こらなかったが――
「先生……植物の、根っこのあたりが……あったかい感じがします」
マークスの顔が、わずかに動いた。
「手をそのまま。魔力をもう少し意識して……そうだ。次に、言葉だ。頭に浮かんだものを、声にしてみろ」
ジュリアンは目を閉じて、静かに口を開いた。
「……大地よ、命の源よ……この芽吹きに、力を……」
その瞬間。鉢の土が、ほんの少し盛り上がり――植物の茎が、すっと数センチ伸びた。
「!?」
部屋の中が、しんと静まり返る。
最初に声を上げたのは、マークスだった。
「……なるほど。お前には、土属性の素質があるようだな。初めての詠唱にしては、驚くほど安定している」
「土の……魔法……」
ジュリアンは、自分の手を見つめながらぽつりとつぶやいた。
「姉さまと同じように……僕にも、魔法が……!」
「すごい……!ジュリ、よかった……!」
フィオナは思わず立ち上がり、弟に駆け寄る。
その目には、嬉しさと安心がにじんでいた。
「興味深い組み合わせだ。光と土……相互作用が起きるかもしれん」
マークスが真剣な眼差しでつぶやく。
「光は、植物に含まれる命の力を活性化させる可能性がある。実際に研究例は少ないが、期待できる組み合わせだ」
「光と……土……」
フィオナはふたりの手元を見ながら、小さくつぶやいた。
(相互作用って、ゲームにもあったのかな……?
私が知らなかっただけかもしれないけど、
でも、なんだか新しい世界に踏み込んだ気がする)
その胸の奥が、ほんのりと熱くなる。
まるで、物語の運命の糸が少しだけ別の方向へと動き出したようだった。
数時間が経ち、外はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
けれど部屋の中では、まだ緊張感が張りつめたまま。
マークスはふたりの前で、再びステッキを軽く鳴らす。
「さて……お前たちの才能をどう伸ばしていくか」
その声はどこまでも冷静で、けれど確かに期待が込められていた。
「まず覚えるべきは、正確な詠唱だ。フィオナ、お前の詠唱は短すぎる。光は形を持たぬ属性だ。ゆえに――言葉を通して、形を与える必要がある」
(詠唱ナメてました……ごめんなさい)
心の奥に、小さな灯がともった気がした。
今まで漠然としていた“自分の魔法”が、少しだけ形を持ち始めた気がする。
「はい、よろしくお願いします。言葉の重み、理解しました」
ピンと背筋を伸ばして答えると、マークスの目が一瞬だけやわらいだ。
「僕も……姉さまに負けないよう、がんばります!」
ジュリアンもまた、まっすぐな瞳で言った。
フィオナはその横顔を見て、ふっと微笑んだ。
(ジュリにも才能があって、本当に良かった……)