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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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瘴気晴れても、晴れぬ想い

週末の午後、市街地はいつもより人が多かった。露店が並び、子どもたちの笑い声が響き、買い物袋を抱えた人々が往来する中――突然、空気が変わった。


「な、なに……この感じ……?」


突如、冷気にも似た瘴気が風に乗って流れ込む。誰かが叫んだ。


「魔物だ!! 瘴気をまとってる!」


広場の中央、地面の割れ目から這い出たのは、低位の魔物。黒い体毛に瘴気をまとうそれは、本来なら兵士が速やかに処理する程度の存在。だが、群れで現れたことで状況は一変した。


「きゃああああっ!」

「早く逃げて! 子どもが――!」

「助けて! こっちにも来る!」

「瘴気だ、息ができない!」

パニックに陥った人々の叫び声が響く中、フィオナは真っ先に駆け出していた。


「魔物のことは――フェリシアとカイルがいる! わたしは……!」


目に飛び込んできたのは、倒れて泣いている子ども、動けなくなっている老婆、負傷した青年。瘴気のせいで、皆がうまく動けない。


(今、やらなきゃ。わたしが癒さなきゃ――!)


ひとりの子どもに駆け寄り、傷を確認。額と腕に擦り傷。泣きじゃくる目に不安が浮かんでいる。


「大丈夫。すぐに治るからね」


深呼吸し、手をかざす。


「光よ、命の形を識り、穢れを祓い、癒しとなれ――《静癒せいゆ》。」


光が彼女の手元でやさしく広がり、傷を包む。子どもの表情が少しずつ和らぐ。

それを終えると、すぐに次の人へ。青年の腹部には裂傷があり、出血もひどい。


「くっ……!」


焦る。魔力の流れを整え、ふらつく意識を立て直す。


「癒しの光よ、痛みを包み込んで……《治癒ちゆ》」


手のひらが光る。血が止まり、傷口がふさがっていく。治癒が完了するたびに、魔力がごっそり削られていく感覚。


(……まだ、いける)


フィオナは歯を食いしばりながら走った。崩れた石畳の上に倒れている母子。瘴気にあてられて呼吸が浅い。


「お願い……!」


魔力を込める。


「熱を包み、奥の炎を鎮めて――やさしい光よ、届いて……《静癒せいゆ》」


再び光。身体の奥まで魔力が削られ、足元がふらつく。だが、手を止めるわけにはいかなかった。


そのとき、戦場の向こう側で鮮烈な光が走った。


「光よ、浄めの槍となりて、穢れを貫け――《閃光槍せんこうそう》!」


鋭い声が空を裂き、魔物の群れに一直線に光の槍が突き刺さる。爆ぜる光の柱が瘴気を吹き飛ばし、複数の魔物が断末魔を上げて消えていった。


(フェリシア……!)


戦う少女の姿は、光の巫女のごとく神々しく輝いていた。髪をなびかせながら、次々と魔法を繰り出す。


「カイル、そっちの背後、回り込むよ!」

「おう!」


カイルの剣と風魔法、フェリシアの光魔法。二人の動きは、幾度もの戦いで磨かれた絆の証だった。


(すごい……でも、わたしは――)


思考が揺れる。


その間にも、治療を求める声が耳に届く。フィオナはもう一度、魔力を絞り出すようにして膝をついた。


「熱を包み、奥の炎を鎮めて――やさしい光よ、届いて……《静癒せいゆ》」


その光は今までよりも弱かった。それでも、子どもの症状は治まり、母親が泣きながら礼を言った。


(……もう限界……)


視界が滲む。足がうまく動かない。だが、まだ倒れている人が見える。


(わたし、まだ――)


その瞬間、身体が傾いた。


「フィオナ!!」


叫び声とともに、誰かが駆け寄る気配。地面に倒れかけたフィオナを、両腕がしっかりと支えた。


「……カイル……?」

「おまえ、バカか! 魔力、もう限界超えてるだろ!」


怒ったような声。けれどその手は、震えるほど強く、優しかった。


「……だって……助けなきゃ……」

「倒れてどうすんだよ。おまえが無理したら、助けられるはずの人が、今度はおまえを助けなきゃならなくなるんだぞ!」


いつもより口調は荒いのに、どうしてこんなに安心するんだろう。


「お姫様抱っこされたいならいいけど、勝手に倒れるのはナシな」

「……やめて……それは恥ずかしい……」


カイルに支えられながら、なんとか立っていたそのとき。


「――このあたりの瘴気、残りすぎてる。もう終わらせるね」


フェリシアが前に出た。風に揺れるポニーテールを翻し、両手を広げる。


「フェリシア……?」


彼女は深く息を吸い、まっすぐ前を見据えた。


「光よ、穢れの流れを見極め、淀みを絶て――清らなる光の環となり、浄めよ……《聖浄結界せいじょうけっかい》!」


その詠唱と同時に、まぶしい光が地面を走った。


空気が澄む。灰のように漂っていた瘴気が、まるで霧が晴れるように次第に消えていく。

光の波動が街路を包み、残っていた魔物の残滓と穢れを根こそぎ祓い落としていく。


「……すごい……」


ぽつりと漏らす。フィオナはその光景をただ見つめていた。


戦いの終わりを告げる浄化の光だった。

光が静かに収束したとき、広場には澄んだ風が吹いていた。


フェリシアがゆっくりとこちらに歩いてきて、そして言った。


「――ああ、やっぱり」


その声は、静かに、でも確信をもって響いた。


「フィオナを守りたいって、思ってるんでしょ。カイル」


一瞬、時間が止まったようだった。


カイルは返事をしなかった。ただ、フィオナを支える腕に、少しだけ力を込めて――そして、目を逸らした。


(……なんで、何も言ってくれないの?)


胸の奥で、なにかが大きく脈打った。


瘴気はすべて晴れた。空気は清らかになった。でも、心に残ったこの想いだけは、誰にも癒せなかった。

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