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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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てくてく寄り道、カフェ時間

「皆さん、今日の放課後は……特に予定、ありませんよね?」


学院の門を出たところで、ジュリアンがふと立ち止まり、周囲を見渡しながら声をかけた。


「ないけど……どうしたの?」


首をかしげるフィオナの隣で、クララがぱちぱちとまばたきする。


「少しだけ、寄り道していきませんか? 天気もいいですし、街もにぎわっているようですから」

「行きます!」


一番に返事したのはクララだった。


「薬草のお店、新しい入荷があったって聞いたの。どうしても見ておきたかったんだよね!」

「じゃあ、決まりだな」


カイルがにっと笑い、フィオナの方に目を向ける。


「フィオナも行くだろ?」

「もちろん。私も見たいの、いっぱいあるから」


「はあ……みんな、元気だね」


やれやれといった風にシルヴァンが肩をすくめるも、笑みはどこか楽しげだった。


「いいよ。どうせなら、噂の新しいカフェにも行かない? 街角にできた……名前は、たしか花の名前だったような」


「ミモザガーデン?」とクララ。「ケーキが可愛いって話題になってるよね」

「じゃあ薬草屋さんと雑貨屋さんと、そのあとカフェってルートだな!」


カイルが勢いよく手を打ち、自然と歩き出す。


学院の制服姿のままの五人が、わいわいと談笑しながら石畳の通りへと向かっていく。午後の陽射しは柔らかく、街には菓子屋の甘い香りと、焼きたてのパンの匂いがほんのり漂っていた。



薬草屋は、街のはずれの路地にひっそり佇む、小さな専門店だった。木の棚にずらりと並んだ乾燥薬草や瓶詰めのオイル、天井から垂れ下がるハーブの束。扉を開けた瞬間、かすかに漂うラベンダーとミントの清々しい香りに、フィオナとクララは同時に目を輝かせた。


「わあっ……この香り、やっぱりラベンダーとミントの組み合わせだね!」

「見てフィオナちゃん、この乾燥ルベル草! 葉の縁がピンとしてて、すごくきれい! ちゃんと低温で乾燥されてる!」


二人であっちへこっちへと動き回り、棚の前でしゃがんだり、瓶を手に取ったり、まるで宝探しのような騒ぎぶりだ。


「すごいなぁ、薬草でこんなにテンション上がるんだな」


カイルがぽつりと呟く。


「まったく、目を離すとすぐこれですから。……まあ、楽しそうで何よりですけど」


ジュリアンが肩をすくめながらも、表情はどこか優しい。


「薬草の何がそんなに楽しいんだか……」


と言いつつ、シルヴァンは店内に吊るされたラベンダーの束に興味をひかれたようで、指先でそっと触れている。


「……これは、香水に使えそうだね。トップノートは微かに甘くて、でも後から清涼感がくる……ふーん、悪くない」

「シルヴァン、それ欲しいの?」


フィオナが振り返って声をかけると、彼はひらりと手を振った。


「俺は見てるだけ。でも君がそれを使って新しい香りを作るっていうなら……少しくらい協力するよ?」

「ふふっ、それは頼もしいなあ、今度お願いしてもいい?」


シルヴァンは柔らかな笑みを浮かべて頷いた。


「君のお願いなら」


「お会計はまとめてで大丈夫ですかい?」


店主のおばあさんが笑顔で声をかけてくる。


「はいっ、これと、これと、それから……あっ、フェルゼ根もください!」


フィオナとクララは夢中で籠に詰め、ジュリアンが「保管庫の整理が必要ですね……」と静かに頭を抱えた。



薬草屋で大満足したフィオナとクララが「ふぅ」と満ち足りた笑みを浮かべたころ、一行は通りの角にある洒落た雑貨屋に立ち寄ることにした。


ショーウィンドウには、万年筆や栞、魔法道具の小物入れなどが見事に陳列され、店内には木の香りとインクの芳香が絶妙に溶け合っている。


「……これ、可愛い」


クララが指さしたのは、細身で持ちやすそうな魔力反応ペン。軸の色は種類豊富で、それぞれ微かに光を帯びていた。


「わあ、色のラインナップがきれい。これ、魔力でインクが出るんだ……!」


フィオナが感心して手に取る。


「おそろいで買って、使うときに"あ、これ○○のだ"ってなるの、ちょっと楽しいよね」


クララが笑顔で振り返ると、カイルが「それ、いいじゃん!」と乗ってきた。


「だったら、俺はこの赤っぽいのにしようかな。炎っぽい色ってカッコよくない?」

「カイル、それなら君の属性カラーで選ぶのが自然じゃない?」


シルヴァンは水色のペンを手に取りつつ、からかうように笑う。


「風は緑か青だと思ってたけど……あれ? 俺ってそういうの似合う?」


と悩み出すカイルに、フィオナとクララが笑う。


「姉さまは、白金のような色が似合いそうですね」


ジュリアンが迷いなく選んだのは、真っ白に近いシンプルな一本。


「あ、それ可愛い」


「じゃあこの濃い青はアレクシス様の分にしておきましょうか」


ジュリアンがさらっと提案する。


「ユリウス様には……黒、か紺?」


クララが棚を覗き込むと、シルヴァンが即座に「間違いなく黒だね。本人は機能性重視とか言ってこだわりそうだけど」と笑った。


「よし、これで七本そろいっと!」


カイルが手を広げて並べたペンを見て、満足げに笑った。


「なんか、七つの伝説の武器みたいになってる……」


「わぁ、かっこいい!」とフィオナ。「あっ、でもユリウスに"武器じゃなくて筆記具です"って真顔で言われそう……!」


しばし店内は笑い声に包まれ、カウンターで会計を済ませたあと、一行は次の目的地――人気のカフェ《ミモザガーデン》へと歩き出した。



雑貨屋を出て、カフェへ向かう道は、予想以上に人でにぎわっていた。噂の店というだけあって、入口にはすでに行列ができており、通りも買い物客や観光客でいっぱいだ。


「混んでるな……こりゃ、列に並ぶだけでも時間かかりそうだな」


カイルが顔をしかめて立ち止まる。


「でもせっかくだし、ちょっと覗いてみましょう」


ジュリアンが言い、先頭を歩き出す。


五人は人波の中を縫うようにして進み始めた。けれど、通りの角を曲がったところで、フィオナの歩みだけがほんのわずかに遅れた。


(あれ、クララたち……)


人の背で視界が遮られた一瞬、前を歩く皆の姿がふっと見えなくなった。


「あっ」


立ち止まったフィオナの前に、見知らぬ青年二人組がするりと割って入ってくる。歳は二十歳前後。貴族らしい仕立ての良い服に、軽薄そうな笑み。


「おや、お嬢さん。こんなところでひとり? 迷子かい?」

「もしよかったら、俺たちが案内するけど――ね?」


片方がにじるように距離を詰めてきて、フィオナはすっと半歩、後ずさった。


「いいえ、友達がすぐそこにいますので」

「えー、そんな警戒しなくてもいいじゃない。ねえ、名前くらい――」


その時だった。


「……おい」


低く、鋭い声が背後から響いた。


カイルだった。


群衆を割って飛び出すように現れた彼の顔には、普段の陽気な表情はなく、瞳は刃物のように冷たく光っていた。一瞬、彼の指先が震えるのが見えた。怒りを抑えているのだろうか。フィオナの前にすっと立ちふさがり、片腕をさりげなく彼女の肩に添える。その仕草は柔らかいのに、声だけは凍てついたように冷たかった。


「この子に近づくな」


ただそれだけ。それだけなのに、背筋がぞくりとするような迫力があった。彼の周囲の空気が、わずかに震えているように感じられた。


ナンパ男たちが一瞬たじろいだところへ、クララたちが駆け寄ってくる。


「フィオナちゃん! ごめんね、混んでて――えっ、なに?」


ジュリアンは即座に状況を把握し、「もう行きましょう」と一歩前に出て、冷静に間を断つ。


青年たちは気まずそうに笑って、雑踏の中へと消えていった。


ほっと息をついたフィオナに、カイルが小声で尋ねる。


「……怖かった?」

「……ちょっとだけ。でも、来てくれて安心した」


その言葉に、カイルは照れくさそうに頭をかいた。


「フィオナのそばにいるよ」


そのひとことに、フィオナは思わず小さく笑ってしまう。


と――


「はいはい、カイルは守るとかそばにいるとか、そういうのしか言わないよねぇ」


背後からシルヴァンが現れた。銀色の長髪を指で軽くかき上げながら、半分あきれたような笑みを浮かべて肩をすくめる。


「語彙力、育てようか?」と彼は涼やかな声で言った。

「う、うるさいな!」カイルは耳まで赤くなって反論した。



ようやくたどり着いた《ミモザガーデン》の店内は、黄金色のミモザの花々が活けられた花瓶が点在し、淡いクリーム色と花柄のクロスが敷かれたテーブルが並ぶ、洗練された空間だった。制服姿の店員たちは忙しなく立ち働き、年配の紳士淑女や若いカップル、友人同士のグループなど、様々な客層で店内は賑わっていた。柔らかな光の中に、焼き立てのスイーツとハーブティーの甘く心地よい香りが漂う。


窓際の席に五人で並んで腰かけると、窓から差し込む午後の柔らかな陽光に包まれ、まるでさっきまでの騒動が嘘のように、心がふっと和らいでいく。テーブルの上の小さな花瓶に挿された一輪のミモザが、金色に輝いていた。


「ローズミルクティーと、チーズケーキをひとつくださいっ」


クララが元気よく注文すると、店員のお姉さんが微笑んでメニューを確認していく。


「私はカモミールのハーブティーを。あと……この、桃のタルトが気になります」


フィオナもメニューを見ながら目を輝かせる。


「じゃあ俺は、エルダーフラワーソーダ。きれいな名前だしね」


シルヴァンはさらっと言いながら、ちらとカイルを見る。


「カイルは? まさかフィオナと同じとか言わないよね?」

「言わないってば!」


耳まで赤くなったカイルが、あたふたしながら答える。


「……えっと、じゃあ、オレンジジュースと、このでっかいチョコケーキ!」


「甘っ!」


全員がそろって突っ込んだ。


「お疲れなんですよ、彼は」


ジュリアンが静かにフォローするように言い、続けて自分の注文も告げる。


飲み物とスイーツがテーブルに並ぶと、自然と会話も弾み始めた。


「フィオナちゃん、大丈夫だった……?」


クララがそっと尋ねる。


「うん、平気。ちょっとびっくりしたけど……皆がすぐ来てくれたから」

「フィオナのことになると、カイルは全力出すからねぇ」


シルヴァンがやれやれと肩をすくめる。


「……うるさいっての」


ぶつぶつ言いつつ、カイルはフィオナの方を見て、ちいさく笑った。


その笑顔を見て、フィオナもつられて笑みをこぼす。


カップの縁から立ちのぼる、やさしいハーブの香り。にぎやかで、あたたかくて、ちょっと騒がしくて――でも確かに、心地いい時間だった。

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