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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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新学期、デュエルフェスタ開幕 8

頬に感じたのは、柔らかな風と、どこか懐かしい香りだった。

瞼をゆっくりと開けると、視界に飛び込んできたのは、白く透き通る天井と、どこか見慣れた木の梁。消毒薬の香りと柔らかなリネンの感触。窓際には小さな薬棚。ここは――学院の医務室?


「ん……」


体を少し起こそうとした瞬間、隣で椅子に座っていた誰かがぱっと立ち上がった。


「フィオナ!」


聞き慣れた声。碧く澄んだ瞳が、心配そうに覗き込んでくる。


「カイル?」

「よかった……本当に……」


カイルは安堵の吐息を漏らしながら、目を細めて笑った。


「さっきまでジュリアンたちもいたんだ。今はちょっと……なんか飲み物とか買ってくるとか言ってさ」

「……試合は?」


「ああ、終わったよ」


ふっと口元を緩めるカイル。その顔に、どこか自信がにじんでいる。


「俺が、優勝した」

「……ほんとに!? すごい! さすがカイル!」


思わず声が弾む。痛みはまだ少し残っていたけれど、それよりも嬉しさの方が強かった。


「うん、ありがと」


カイルは照れくさそうに後ろ頭をかくと、ふいに視線をそらした。


部屋の中に静けさが戻る。窓から差し込む夕陽が、フィオナの枕元にやわらかく影を落としていた。


「……俺さ」


カイルの声が、ふと低くなった。


「ずっと、遠慮してたんだ。アレクシスが、仮とはいえ婚約者だったから。……勝手だけど、踏み込んじゃいけない気がしてた」


「でもそんなちっぽけな俺の遠慮がさ、フィオナをあんなふうに傷つけてしまったんだって思ったら……」

「そんな風に思わなくても——」


カイルは、ふっと笑った。けれどその表情は、どこか苦い。


「もうやめる。遠慮して何もできないなんて、もう二度としない」

「……カイル」


「決めたんだ」


ぎゅっと拳を握るその手に、試合の余熱がまだ残っているようだった。


「もう、大丈夫だから。俺が全部守るから」


そのまっすぐな瞳に、フィオナの胸が熱を帯びた。


「そんな……」


思わず、かすれた声がこぼれた。


ひとりで頑張ってきた。自分で選んで、自分でなんとかして、前世の知識を盾に、未来をねじ曲げようとしてきた。


それしか、道がなかった。


「守るなんて、そんなふうに言われたら……私、どうしていいか……」


言葉が途切れた瞬間、ぽろりと涙がこぼれた。


「えっ、ちょ、泣かないでよ!? 俺、なんか変なこと言った!?」


慌てるカイルに、フィオナは首を振った。


「ちがうの……うれしくて……」


かすれた声でそう言いながら、また一粒、涙がこぼれた。


「……フィオナ」


カイルはしばらく黙って、それからゆっくりと言葉を続けた。


「たぶんさ。フィオナって……何か、大きなものを抱えてる気がしてた」


「えっ……」


「うまく言えないけど、なんていうか、みんなが気づかないことを、ひとりで考えて、背負ってるんじゃないかって」


静かな声。けれどそれは、まっすぐ心に届いた。


フィオナは目を見開いて、思わず息を呑んだ。


「無理に聞いたりはしないよ。言いたくないことも、あるだろうし」


カイルは、照れくさそうに笑った。


「でも、もしその重さを、ほんの少しでも俺に分けてくれたら……それだけで、たぶん俺、めちゃくちゃ嬉しいんだと思う」


優しい声だった。まるで、陽だまりの中にいるような温かさだった。


もう、平気なふりをしなくても、いいのかもしれない。


そんな気がして、フィオナはまたそっと涙を流した。


「……じゃあ、ちょっとだけ……お願い、してもいい?」

「もちろん!」


元気よく頷いたカイルの顔に、思わず笑みがこぼれた。

その笑顔のまま、彼の手がそっとフィオナの頭に触れた。大きくて、優しい手。


もう、ひとりで頑張らなくていい。


そう思えたのは、きっと今日が初めてだった。

カイルのあたたかい手のひらに、そっと目を閉じる。その温もりに、長い間凍えていた何かが、少しずつ溶けていくような感覚があった。

ただそれだけで、胸の奥が嬉しさで満たされていった。


♢♢♢


「カイル! ジュース買ってきたぞー!」


廊下の向こうから、にぎやかな声が響いてきた。

次の瞬間、医務室の扉が勢いよく開かれ、静かだった空間が一気に活気づいた。


「わ、起きてるじゃん、フィオナ!」


ジュリアン、シルヴァン、アレクシス。わちゃわちゃと連れ立って、仲間たちが駆け込んできた。

フィオナは、まだ少し涙の跡を残したまま、思わずふっと笑った。


「おかえり、みんな」

「カイル、泣かせたんですか?」


ジュリアンが眉を上げると、カイルは真っ赤になって慌てた。


「ち、違うっ! 俺は別に、悪いこと何も言ってない!」

「まあ、だいたい想像つくけどな」


アレクシスが肩をすくめて、苦笑した。

にぎやかで、あたたかい空気。


仲間たちがこうして、わたしのもとに帰ってきてくれる。それだけで、胸の奥がまた少し、暖かく満たされていった。


「ほら、これ。フィオナの分だよ」


シルヴァンが、フィオナの手に小さな瓶をそっと渡した。

中には、色とりどりのジュース。


「……ありがとう」


フィオナは両手でそれを受け取り、小さな声で礼を言った。


瓶の中の色とりどりのジュースが、夕日に透かされて美しく輝いている。まるで、これからの日々を予感させるように。


明日からまた一歩ずつ進んでいこう。


そう思いながら、フィオナはそっと、仲間たちの笑顔を見渡した。

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