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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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新学期、デュエルフェスタ開幕 7

次の試合の開始を告げる鐘が鳴っても、アリーナに出場者の姿は現れなかった。

観客席に、さざ波のようなざわめきが広がっていく。


「……どうしたの?」「ジュリアン・エルディアの試合じゃないの?」


控室の扉に視線が集まるなか、ようやく重い音を立てて扉が開く。

姿を現したのは、黒の制服を隙なく纏った一人の少年――ジュリアン・エルディアだった。

彼は無言のままアリーナへと歩み出る。

その表情には、揺るがぬ決意の色が浮かんでいた。

観客が息を呑む中、ジュリアンは審判の前で立ち止まり、静かに宣言する。


「ジュリアン・エルディア、当試合を棄権します」


一瞬、空気が止まった。

続いて、観客席からどよめきが起こる。


「棄権……?」「なんで!?」


ジュリアンは騒ぎに動じることなく、はっきりとした声で続けた。


「《デュエルフェスタ》は、すべての学院生に参加を求めていますが、

攻撃魔法を持たない者への配慮が、あまりに不足していると私は感じています。

この形式が公平であるとは言えません」


その言葉に、観客も審判団も、静かに耳を傾けるしかなかった。


「よって、私はこの制度に異議を唱え、棄権という形で意志を示します」


会場内がざわつく。

学院の教員席でも、幹部たちが顔を寄せ合い、小声で議論を始めていた。


「まさか、あの優等生が……」

「でも、言っていることは筋が通っている。攻撃魔法を持たない者たちの立場を考えれば」

「設立以来の伝統ですよ。一学生の意見で変えるわけには」

「伝統より大切なものもある。彼の言葉には耳を傾けるべきだろう」


その背中に、迷いは一切なかった。

優勝候補の一角であるジュリアンの静かな抗議は、確かに学院全体を揺らし始めていた。


ジュリアンの棄権による動揺が冷めきらない中、次の試合の準備が進められていた。


闘技場の中心、アリーナに立つ、ピンク色の髪を束ねた少年。カイル・アーディン。

その対面には、フィオナを傷つけた貴族派の二年生男子が待ち構えていた。


試合開始の合図が鳴った瞬間、アリーナの空気がピリリと緊張する。

男子はすぐさま剣を構え、同時に短く詠唱を唱えた。


「我が剣に灼熱を宿せ《火刃かじん》!」


魔力をまとった剣が、赤く揺らめく。

観客席がどよめく中、カイルは一切表情を変えなかった。


彼の周囲にも、微かに風が渦巻きはじめる。

剣速を上げるための、風魔法の補助。

派手な詠唱など必要ない。極限まで削ぎ落とした、最小限の魔力操作。

火を纏った剣が、勢いよくカイルに振り下ろされる。


だが、カイルは一歩も退かない。

風の加護を受けた滑らかな動きで、紙一重でかわした。

続けざまに放たれる火球。

それらを風の一撃で弾き飛ばす。


その隙に一気に距離を詰め、剣を振るう。

相手の剣ごと叩き落とす勢いで一撃。

剣が弾かれ、男子の手から滑り落ちる。

目を見開く相手の喉元へ、剣先を突きつけて静止する。


完全な、勝敗だった。


観客席に、沈黙が落ちる。

普段の快活なカイルを知る者ほど、その冷徹な強さに息を呑んだ。

審判が慌てて試合終了を告げる。

カイルは剣を引き、振り返ることなくアリーナを後にした。


カイルの勝利が宣告されたあとも、闘技場の空気は冷えたままだった。

そんな中、観客席の一角。

貴族派の令嬢たちが、わざとらしく笑い声をあげる。


「まったく、みっともないわね」

「攻撃魔法もろくに使えないくせに、よく参加したものだわ」


皮肉たっぷりに言い放ったのは、ベアトリス・フォルディア。

その声に呼応するように、周囲の取り巻きたちも、上品な仮面をかぶったまま嘲笑を漏らす。


「怪我をして倒れるなんて、王太子妃にはふさわしくないわね」

「治癒しかできない令嬢が、学院で何を学ぶのかしら?」


悪意のこもった言葉が、観客席のあちこちに広がっていく。

観客席の一角で、その様子を黙って見つめていたアレクシスは拳を握りしめた。

フィオナは、もうこの場にはいない。

試合中に倒れ、すでに医務室へ運ばれている。

彼女は必死に戦った。それなのに今も侮辱され続けている。

いない者を嘲る。

何も反論できない相手に、好き勝手な言葉を投げつける。

アレクシスの胸の奥に、静かに怒りが燃え上がった。


(フィオナは……あんなにも、必死に……)

(それなのに――)


王太子という立場が、彼を縛っていた。

今ここで怒りを爆発させれば、立場を危うくする。

だが、頭ではわかっていても、心が許さなかった。

声を上げることもできず、ただ、悔しい思いが胸を占めていた。



♢♢♢



控室に、澄んだアナウンスが響いた。

『これより、決勝戦を開始します。

対戦カード――アレクシス・アルセリオン対カイル・アーディン!』

アレクシスは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。

決勝戦の相手は、カイル――仲間であり、今、目の前に立つ彼だ。

だがそのカイルは、ただの仲間の顔ではなかった。

怒りを隠そうともしないまなざしで、歩み寄ってくる。

一直線に、アレクシスの前へ。


「……殿下は、知らなかったかもしれない。でもな」


低く押し殺した声で、カイルは言った。


「フィオナは、ずっと影でやられてたんだ。ベアトリスたちに、何度も」


アレクシスの心が、大きく揺れる。

シルヴァンとユリウスが慌てて止めに入ろうとするが、カイルは止まらない。

拳を握りしめ、怒りを噛み殺しながら続けた。


「今回だって、そうだ。王太子の婚約者って肩書きのせいで、狙われたんだ」


アレクシスの喉元がひりつく。

言い返せる言葉など、どこにもなかった。

そして、カイルは一歩、アレクシスに詰め寄る。


「守るって、言っただろ。なら、ちゃんと守れよ!」


その叫びは、痛烈だった。

そして――カイルはきっぱりと言い放った。


「お前に勝って、フィオナは俺が守る!」


まっすぐな瞳。

まるで、それ以外に選択肢などないとでも言うような、強い意志。

言い捨てるように背を向けると、カイルは迷いなく歩き出す。

これから始まる、決戦の場へ。


残されたアレクシスは、拳を握りしめたまま、その背中を見つめていた。


アレクシスもまた、静かに歩き出す。

闘技場、アリーナへと向かって。

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