新学期、デュエルフェスタ開幕 6
立っているだけで、体がきしむ。
握った剣が、もう鉄塊のように重い。
フィオナは荒い呼吸を繰り返しながら、必死に前を見据えていた。
まだ、倒れられない。
そんな思いだけが、かろうじて意識をつないでいる。
対する相手は、容赦なく魔法を構築していく。
その声が、耳に刺さった。
「燃え盛れ、尽きることなき業火よ。
我が敵を焼き尽くせ――火流!」
詠唱が終わった瞬間、紅蓮の奔流が放たれる。
観客席にまで熱気が押し寄せ、どよめきが広がった。
(……怖い。でも……まだ……)
フィオナは剣を構え直そうとしたが、腕が震えて思うように動かない。
魔力はほとんど残っていない。
身体中の感覚が、少しずつ遠のいていく。
それでも本能だけで、最後の力を振り絞った。
──光盾。
手のひらから溢れた魔力が、かろうじて薄い光の壁を作り出す。
けれど、燃え盛る火流を防ぎきるには、あまりに頼りなかった。
審判はその光盾を見て、「まだ戦う意志あり」と判断する。
──試合続行。
相手の少年が、さらに一歩、迫ってくる。
炎の奔流を前に、かろうじて展開された薄い光盾。
だが、それは今にもかき消されそうなほど脆かった。
観客席にどよめきが交錯する。
「やりすぎだ!」
「もう勝負はついてるだろ!」
観客席から悲鳴交じりの声が上がった。
カイルが立ち上がり、身を乗り出す。
「やめろ!!」と彼は叫んだ。必死の声が空気を震わせた。
ジュリアンも拳を握りしめ、今にも駆け出しそうな勢いで前に出る。
隣でシルヴァンが、無言のまま鋭い眼差しを相手に向けた。
だが、審判は動かない。
ルールは絶対だ。
本人が降参を示さない限り、試合は続行される。
フィオナの光盾が、ゆらりと揺れた。
(フィオナ……!)
カイルは歯を食いしばった。
仲間たちの誰もが、今すぐアリーナに飛び出したかった。
だが、それをすればフィオナの努力を台無しにしてしまう。
反則負けになれば、彼女が一番悔しいはずだ。
ただ、見ているしかない――その現実に、胸の奥が焼けるように痛んだ。
♢♢♢
フィオナの視界が揺れる。
音も遠く、炎の轟音さえ、どこか現実味を失っていた。
それでも、彼女は震える手を伸ばした。
意識は朧気で、身体ももう言うことをきかない。けれど、(守らなきゃ……)という想いだけが、かろうじて彼女を動かしていた。
ぱきん、と小さな音を立てて、光が生まれる。
儚く、薄い光の壁。
──光盾。
フィオナは最後の魔力を振り絞り、盾を作り出した。
けれど、相手は止まらなかった。
追撃の火流が、容赦なく光盾に叩きつけられる。
ぎしり、と悲鳴のような音を立てて、盾がきしむ。
(もう、だめ……)
次の瞬間、光盾は砕け散った。
爆ぜた衝撃と熱風に吹き飛ばされ、フィオナの小さな体が闘技場の壁に叩きつけられる。
──静寂。
観客席が、一瞬にして凍りついた。
審判が遅れて笛を吹き、ようやく試合終了を宣言する。
フィオナが地に倒れた瞬間、カイルは誰よりも早く動いた。
「フィオナ!」
叫びながら、アリーナへと駆け出す。
シルヴァンもすぐに後を追い、ジュリアンもポーションを手に走った。
観客席からは怒号が飛び交った。
「やりすぎだ!」
「なんてことを!」
フィオナの元にたどり着いたカイルは、膝をつき、そっと彼女の体を支えた。
ぐったりとした小さな体は、今にも消えてしまいそうに軽い。
「大丈夫だ、もう大丈夫だから……!」
震える声で、カイルは耳元に呼びかけた。
シルヴァンは、無言のまま相手を睨みつけた。
睨み返してくる貴族派の少年の顔に、一瞬、怯えの色が走る。
だが、シルヴァンは何も言わず、フィオナに向き直った。
ジュリアンはすぐにポーションの栓を抜き、シルヴァンに目配せする。
シルヴァンは無言でうなずき、手をかざした。
────清らかな流れよ、我が意のままに。
繊細な魔法操作で、ポーションの液体を水の流れに乗せる。
透明な薄膜となったポーションは、フィオナの傷口に優しく広がり、静かに染み込んでいった。
怒りに燃えながらも、カイルは必死に理性を押しとどめた。
ここで相手に手を出せば、フィオナがさらに傷つく。
そんなことだけは、絶対にできなかった。
闘技場全体に、冷たい空気が広がっていた。
観客たちも、もはや誰一人、あの試合を正当だとは思っていなかった。
15時にもう1話投稿します




