新学期、デュエルフェスタ開幕 4
秋晴れの空の下、学院の闘技場には、朝から多くの生徒たちが集まっていた。ざわめきと高揚感が入り混じる空気の中で、そっと胸に手を当てる。
(……大丈夫。落ち着いて。これまで、頑張ってきたんだから)
頭に浮かぶのは、剣を握った日々。カイルとの特訓。光魔法を何度も練習した時間。
高台に立った学院長が、手を掲げた。一瞬、場の空気がぴたりと静まる。
「王立魔法学院・秋の魔法決闘祭、これより開幕する!」
宣言と同時に、盛大な歓声が広がった。
控え場所――闘技場の裏手に設けられた、試合出場者専用の待機スペース。木造りのベンチと仮設テントの下で、出場者たちはそれぞれのやり方で試合に備えていた。
わたしたちも、その一角にまとまって座っている。
「緊張してる? いつも通りのフィオナで大丈夫だよ!」
カイルが、にっと笑って親指を立てる。
「……緊張、してないわけじゃないけど」
「ふふ、まぁ、フィオナのことだから、なんとかなるでしょ」
シルヴァンが軽く肩をすくめた。わざと明るく振る舞ってくれているのがわかって、少しだけ心がほぐれる。
「どんな状況でも、落ち着いた判断こそが勝利への第一歩ですよ」
ユリウスはいつもの落ち着いた調子で助言をくれた。その理論的な言い方が、彼らしい。
「うん。ありがとう」
小さく頭を下げる。
隣にいたジュリアンが、そっと小袋を手に握らせてくれた。ポプリの、ほのかに甘い香りが漂う。
「これ、お守り。怪我しないでくださいね」
「うん。ありがとう、ジュリアン」
ジュリアンの静かな声に、胸の奥が温かくなった。
少し離れたところでは、アレクシスが腕を組み、こちらを見ていた。 眉間のしわが、言葉にしなくても
「無理はするな」と語っている。
「大丈夫。みんながいるから」
ぎゅっと拳を握り、笑ってみせた。
(頑張らなくちゃ)
控え場所の端で、くじ引き開始の呼び出しがかかる。それぞれ立ち上がった。
くじ引き台には、たくさんの小さな筒が並べられている。ひとつずつ、中に番号が記されているらしい。
(お願いだから、あんまり強い人と当たりませんように……!)
心の中でこっそり祈りながら、ひとつを引き抜いた。ころりと掌に収まった筒を開くと、そこには『五番』の文字。
「五番、フィオナ・エルディア。対するは……六番、リック・カナン!」
呼び上げられた名前に、小さく安堵の息を漏らす。知っている。リック君は同学年の男子生徒で、火属性の魔法を扱う、素直で真面目な子だ。
控え場所から試合場へ向かう通路を歩きながら、カイルとの剣の稽古の日々を思い出していた。
「無理に攻めなくていい。相手の動きを見て、チャンスを待つ」
カイルの言葉が、胸に響く。
(うん、大丈夫。やれることをやろう)
学院の闘技場は、中央に広がる石畳の広い空間。その周囲には観客席が何段にも連なり、今や生徒たちでぎっしり埋まっていた。
太陽の光を受け、影が長く伸びる。
正面に立つリック君も、緊張した面持ちでこちらを見ていた。互いに礼を交わす。
「試合、始め!」
審判の合図とともに、リック君が素早く詠唱に入った。小さな火球がいくつも生まれ、こちら目がけて飛んでくる。
(来た!)
すかさず詠唱を始める。
「光よ、盾となって、我を守れ――光盾」
淡い金色の光が、壁となって目の前に現れる。火球が次々に光盾へと叩きつけられ、爆ぜた。
衝撃に押されそうになりながらも、足を踏ん張る。
リック君はさらに前に出ようとする。
(焦ってる……!)
一瞬の隙を逃さなかった。腰に下げていた模造剣を抜き、カイルに教わった型通りに、最小限の動きで相手の杖を打ち払う。
「わっ……!」
リック君の体勢が崩れる。
(今だ――!)
すかさず駆け出し、剣を構えたまま一気に間合いを詰める。
模造剣の切っ先を、リック君の首元すれすれに突きつけた。
リック君は目を見開き、ぴたりと動きを止める。
「五番、フィオナ・エルディア、勝利!」
審判の声が響いた瞬間、膝が震えた。全身から力が抜けそうになるのを、ぎりぎりでこらえる。
(勝った……!)
わずかに体勢を崩していた自分に、リック君が苦笑しながら手を差し伸べてくれた。
「エルディアさんがこんなに剣を使えるなんて思わなかったよ」
「ありがとう。夏休みに特訓したんだ」
お互いに礼を交わし、控え場所へと戻っていく。
控え場所に戻った瞬間、待っていた仲間たちがわっと駆け寄ってきた。
「フィオナ! やったな!」
カイルが勢いよく手を振りながら走り寄ってくる。
「フィオナちゃん、すごかった!」
クララが目を輝かせながら、手を握りしめていた。
「クララ……見ててくれたんだね」
「はい! すっごくかっこよかったです!」
照れくさくなりながらも、笑顔を返した。
ジュリアンが特訓の成果を褒めてくれる横で、シルヴァンは面白そうに目を輝かせた。 カイルとの特訓を初めて知った彼は、次は自分の番だとでも言いたげに、からかうような笑みを浮かべている。
ユリウスは、無言で小さく頷くだけ。けれど、その仕草に「よくやった」という気持ちがにじんでいた。
「無茶はしなかったか?」
アレクシスが近づいてきて、腕に視線を落とす。怪我がないか、確かめるように。
「うん、大丈夫。みんなが応援してくれたおかげだよ」
自然と笑顔になっていた。
足元はまだ少し震えている。けれど、それ以上に胸の奥に広がる温かさの方が勝っていた。
(勝ったんだ。みんなの前で、ちゃんと戦えた)
もう一度、ぎゅっと拳を握った。
(よし、次も頑張ろう)
気がつけば、次の試合の準備が始まっていた。場所を空けるために、再び控え席に戻る。
振り返った先には、秋の高い空。澄み渡った青が、どこまでも広がっていた。




