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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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新学期、デュエルフェスタ開幕 3

クララが体調不良で休んだその日、礼儀作法の授業は、まるでフィオナを品定めするかのような冷たい空気に満ちていた。集まったのはほとんどが貴族派の令嬢たち。教室に一歩足を踏み入れた瞬間、フィオナは肌を刺すような視線の集中砲火を浴びた。


「あら、エルディア公爵家のお嬢様。今日もお忙しそうね、貴族の娘が商会をやってるとか?」


教室の最前列を占めるベアトリス・フォルディアが、扇子で口元を隠しながらわざとらしく言う。彼女を取り巻く令嬢たちは、微笑みの仮面の下にある嘲笑をもはや隠そうともしない。


「王太子殿下の婚約者というだけで、自分が特別な存在だとお思いなのかしら」


「中立派なんて、結局どちらにもいい顔をする日和見主義ですものね」


ひそひそと、しかし確実にフィオナの耳に届くように計算された悪意。フィオナは何も言わず、背筋を伸ばして指定された席へと向かった。動揺を見せれば、相手を喜ばせるだけだ。


授業が始まっても、嫌がらせは続いた。


講師が目を離した隙に、隣の令嬢がわざと水差しを倒し、フィオナのノートと制服の袖を濡らす。


「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまって」


心にもない謝罪に、フィオナは静かにナプキンで机を拭くだけだった。怒りも悲しみも、今は心の奥に仕舞い込む。それがエルディア家の娘として、彼女が選んだ戦い方だった。


そして、デザートを使った実技の時間。


フィオナの前に出されたプディングに、一口食べてすぐに気づいた。――塩辛い。


教室のあちこちから、くすくすという笑い声が漏れる。ベアトリスは扇子の向こうで、勝ち誇ったような目をしていた。


フィオナは一瞬だけ目を伏せたが、次の瞬間、顔を上げてにっこりと優雅に微笑んだ。


「まあ、これは……なんと革新的な味付けでしょう。甘味と塩味が織りなす、予想外の味わいですこと。わたくし、こういう挑戦的な試みは嫌いではございませんわ」


彼女は平然と二口目を運び、そして、意地悪くこちらを見ている令嬢たちに、天使のような笑顔を向けた。


「よろしければ、皆様もいかが? 新しい味覚の扉が開くかもしれませんわよ」


その一言に、教室の空気が凍りついた。嫌がらせをしたはずの令嬢たちは言葉に詰まり、顔を赤らめる。ベアトリスは扇子を握る手に力を込めたが、その表情は悔しさに歪んでいた。遠巻きに見ていた他の中立派の生徒たちの間では、「すごい……」「格が違うわ」という囁きが静かに広がっていた。


フィオナは、誰にも気づかれないように、そっと小さく息を吐いた。


(大丈夫。誰が何をしても、わたしはわたしだ)


♢♢♢


教室を出たフィオナを、ジュリアン、カイル、シルヴァンが待っていた。


「姉さま!」


真っ先に駆け寄ったジュリアンは、フィオナの濡れた袖に気づき、眉間に深いしわを寄せた。


「……制服が濡れています。すぐに着替えましょう」


「うん。ありがとう、ジュリアン」


フィオナは微笑み、彼に導かれるまま歩き出した。


その背中を見送ったカイルとシルヴァンは、教室から出てきたベアトリスたちの前に、無言で立ちはだかった。


カイルの顔から、いつもの快活な笑みは完全に消えていた。その瞳は冷ややかに、底知れぬ静かな怒りを宿している。


「……おい」


低く、地を這うような声に、令嬢たちがびくりと肩を震わせた。


「フィオナが優しいのをいいことに、調子に乗ってんじゃねえぞ」


静かな声。だが、その一言一句に込められた怒りは、誰の耳にも明らかだった。


「もう一度あいつに何かやってみろ。その時は、お前ら潰すからな。覚えとけ」


シルヴァンは、その隣で口角だけを上げて見せた。しかし、その目は全く笑っていない。


「哀れだね。自分たちだけじゃ何もできないからって、群れなきゃいけないなんて。……ああ、でも心配しないで。僕たちは、一人を寄ってたかって虐めるような真似はしないから。正々堂々、正面から潰させてもらうよ」


その静かな宣告に、ベアトリスたちは恐怖で顔を引きつらせ、逃げるように足早にその場を去っていった。


♢♢♢


着替えを済ませたフィオナが廊下に戻ると、先に待っていたカイルたちは、何事もなかったかのように彼女を迎えた。


「おかえりなさい、姉さま」


ジュリアンが穏やかに微笑み、フィオナの荷物をさりげなく持ってくれる。


「よし、次!  魔法理論だろ?  行こうぜ!」


カイルがぱっと明るい声を上げる。その隣で、シルヴァンが軽く口元を緩めた。


「どうせなら、髪型も変えてみる?  きっと、今より可愛くなるよ」


「シルヴァンがやってくれるの?」


「いいよ?  任せて」


その瞬間、カイルが慌てたように飛び出す。


「ダメダメダメダメー!  絶対変な髪型にされるって!」


くだらないやり取り。けれど、その何気ない優しさが、ささくれ立っていたフィオナの胸に静かに沁みた。


秋の風が、制服の裾を優しく揺らす。


フィオナたちは、軽やかな足取りで次の教室へ向かっていった。

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