新学期、デュエルフェスタ開幕 2 王宮side
王宮のとある会議室。
そこは、各地の領地報告や季節ごとの業務連絡を受けるための、実務的な場だ。しかし、今、この場に集まっているのはただの領主たちではない。王国でも指折りの名家である貴族派の重鎮たち。列席者たちは格式高い衣服に身を包み、整然と椅子に腰掛けていた。今回はある一つの議題が、密かに火種となっていた。
王太子の婚約者、フィオナ・エルディア。光魔法を持つ奇跡の少女。だがその名誉の裏に、ひそやかな不安が広がりつつある。
最初に口火を切ったのは、貴族派の重鎮だ。ゆったりとした動作で立ち上がると、威厳のある声で議題を切り出す。
「王太子殿下の婚約者、フィオナ・エルディア嬢について。近頃、王都でも囁かれておりますな。はたして、彼女は王妃として十分な器量をお持ちなのかと」
静まり返った室内に、その言葉は水面に落ちた小石のように波紋を広げた。誰もすぐには反応しない。だが、その場にいる全員が、この話題が避けられないことを理解していた。別の年長の貴族が言葉を継いだ。
「先日の襲撃事件、ご存知でしょう? 護衛を引き離してたった一人で城下に滞在、そして襲撃に遭ったとか。王家に連なる身でありながら、あまりにも軽率だと、不安の声が出ております」
重苦しい空気が広がる。別の侯爵が、少し声を潜めながら付け加えた。
「攻撃手段を持たぬ光魔法の使い手、というのも、問題視すべきかと。癒しだけでは、これからの時代、王太子殿下を支えるには心許ないのでは?」
肯定も否定もせず、聞き入る貴族たち。誰もが、口に出さずとも同じ懸念を抱いている。王家を支える存在にふさわしいか? 王太子妃として、国を背負う覚悟と力があるのか?
今までは光魔法という希少性が彼女を守っていた。だが、事態がひとつ狂えば、その加護すら疑問視されるのだ。ひとしきり意見が出尽くしたあと、重々しい沈黙が会議の空気を支配した。
その中心に座る、王妃クラリーチェに、数人の視線が集まる。本来なら、王家の意向を代弁する彼女が、場を収めるはずだった。しなやかな銀糸の髪をまとめ、威厳をまとって佇むクラリーチェは、そのままゆっくりと目を閉じ、思案する素振りを見せた。やがて、静かに口を開く。
「焦るべき時ではありません」
たったそれだけの言葉。フィオナへの肯定も、否定も、示さない。言葉を尽くして庇わなかったその事実だけが、周囲に微妙な余韻を残した。
王妃すら、静観を選んだ。ならば、やはり再考の余地があるのではないか。誰もが口にこそ出さないが、場の空気は、確かに一段、重たく、冷たくなった。
貴族会議は、粛々と閉会となった。公式には、何も決まらなかった。王太子妃について再考するという結論も、フィオナ・エルディアを否定する決定も、何ひとつ、言葉にはされなかった。
だが――会議室を出た貴族たちの間には、確かに奇妙な連帯感が生まれていた。誰かが口火を切れば、雪崩を打つように話が進むだろう。そんな、危うい足並み。廊下の片隅では、早くも小声のやりとりが交わされていた。
「……やはり、正式な王妃教育を受けさせるべきではないのでは」
「いっそ、他家からより適任の令嬢を――」
フィオナ本人はまだ知らない。彼女を取り巻く評価が、じわりじわりと、静かに変わり始めていることを。その変化は、今はまだ小さな綻びにすぎない。
それがやがて、大きなうねりとなるかもしれないことを――誰も、確信できなかった。
【光の令嬢に、王冠を託してよいのか?】
王宮の空気は、揺れ始めていた。
♢♢♢
王宮の一室。
夕暮れを過ぎ、窓の外は薄闇に沈みつつあった。アレクシスは、執務机に広げた文書に目を通しながら、入室の気配に軽く視線を上げた。静かに頭を下げる黒髪の青年、ユリウス。
「報告を」
短く告げると、ユリウスは迷いなく歩み寄り、手元の書簡を一枚差し出した。
「本日開催された会議の内容です」
アレクシスは書簡を受け取り、ざっと目を走らせた。細やかに整理された文面の奥に、貴族たちの思惑が透けて見えた。
「……やはり、か」
低く、短い呟き。アレクシスは書簡を握りしめ、微かに眉を寄せた。
「フィオナへの疑念が強まっている」
「はい。襲撃事件の影響は想像以上です。護衛を引き離したこと、攻撃手段を持たないこと、双方が問題視されています」
ユリウスの声は冷静だった。あくまで事実のみを述べる口調。だが、その奥に隠されたわずかな苛立ちを、アレクシスは見逃さなかった。手元の書簡を閉じる。
「……フィオナには、まだ知らせるなよ」
ユリウスはほんのわずかに視線を揺らし、しかしすぐに応じる。
「承知しました……ですが」
言葉を区切り、ユリウスはわずかに声を潜めた。
「焦りや怒りに飲まれれば、かえってフィオナを危険に晒すことになります。いまは冷静になるべきです」
アレクシスは小さく息を吐いた。握りしめた拳に、わずかに力が入る。
(……本当に、これでいいのか?)
心の奥に、誰にも見せたことのない葛藤が芽生える。フィオナは、もともと自分のために婚約者を引き受けてくれたに過ぎない。自分を守るために彼女はその立場を背負った。それなのに、今やその立場が、彼女自身を追い詰めている。
(もし、俺との婚約がなければ。彼女は、もっと自由で、穏やかな未来を選べたかもしれない)
そんな考えが、脳裏をかすめる。だが、すぐに頭を振って振り払った。
いま彼女を支えるべきなのは、誰よりもこの自分だ。
弱さを見せてはならない。迷いを見せてはならない。
「わかっている」
押し殺すように呟く。
「けれど俺は誰よりも早く、彼女を守らなければならないんだ」
それが、たとえ間違った選択だったとしても。たとえ、いつか彼女が、自分のもとを離れる未来が来るとしても。今だけは、守り抜くと決めた。
フィオナ・エルディアは、俺の、大切な仲間だ。




