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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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夏休み、予想外の大騒ぎ! 4

夏の朝。太陽が顔を出す前の、ほんのわずかな静けさが辺りを包んでいた。

夜の名残を少しだけ残した空気は、肌にぺたりと張りつくように湿っている。

その早朝の中庭に、ぴしゃりと木剣が打ち鳴らす音が響いた。

誰もいない庭で、ただ一人。

フィオナは木剣を構え、黙々と動きを繰り返していた。

構え、振り、踏み込んで、戻る――その動きはまだぎこちないが、ひたむきさは確かにそこにあった。

早朝にも関わらず、もううっすらと汗が滲んでいる。けれど、手を止める気配はない。


その様子を、ひとつ上の階から静かに見つめる人影があった。

エルディア邸の廊下に面した窓辺に立つのは、母アマーリエ。

薄く羽織った朝のローブの袖を押さえながら、娘の姿に目を細める。


「……頑張ってるわね」


窓越しに微かに聞こえる木剣の音に、アマーリエはそっと微笑みを浮かべた。

あの子は強くなりたいのではなく、きっと――立っていたいのだ。自分の足で、誰にも支えられずに。

その姿に、母として誇らしさと、ほんの少しの切なさを感じた。


♢♢♢


「じゃあ今日は、受け流す練習を中心にやろう」


いつものように中庭に現れたカイルは、手にした木剣を軽く回してから、にっと笑った。

その声を聞くだけで、フィオナの背筋が自然と伸びる。まるで朝の空気が引き締まるような、そんな感覚だった。


「受け流す、って……避けるのとも違うのよね?」

「うん。相手の力をまともに受けないように、ずらす。剣でいなすのが基本だけど、体さばきも大事。正面から受け止めようとすると、絶対負ける」


そう言って、カイルはフィオナの正面に立ち、ゆっくりと構える。

軽く振ってみるから、と言って放たれた一撃は、もちろん本気の速度ではない。けれど、無防備に立っていれば肩に当たるくらいの速度だった。


「――っ!」


フィオナは木剣を構え、なんとか腕を動かして受ける。けれど手首に響いた衝撃に、思わず顔をしかめた。


「痛っ……」

「ほら、それ。ちゃんと流さないと、こうなる」


カイルはすぐに手を添えて、フィオナの構えを直す。力の入り方、角度、そして足の向きまで、ひとつひとつ。


「もう一回。今のは受け止めた。流すってのは、剣を斜めにして、力をスライドさせる。ほら、こう」


実演してみせたその動きは、なんというか――柔らかいのに鋭い。

力任せじゃないのに、明らかに無駄がない。だからこそ、真似するのは難しかった。

それでも、何度も何度も繰り返す。

手が痛くなっても、息が上がっても、フィオナはへばらなかった。ボロ負けしないために。みっともない姿を見せないために。

カイルはずっと付き合ってくれた。休憩の声をかけながら、けれど手は抜かない。

その理由は、誰よりも彼女を甘やかしたい気持ちを押し殺しているからだった。


「……ねえ、カイル」


稽古の合間、水を飲みながらフィオナがぽつりとつぶやく。


「うん?」

「カイルは……わたしに、強くなってほしいと思ってる?」

「……そりゃ、思ってるよ?」


即答だった。けれど、そのあとの言葉は、少しだけ声のトーンが落ちた。


「でも、それより――怪我してほしくないって思ってる方が、強いかな」

「……」

「剣なんて、できなくていいよって……ほんとは、ちょっとだけ思ってた。でもさ」


カイルはフィオナの手を見た。うっすらとできた豆、少し赤くなった指先。

それを見て、小さく笑った。


「……それでも、やるって決めたんだもんな。なら、俺は全力で教える。どんな形でも、負けなかったんだって言えるように」

「……うん。ありがとう」


たぶん、フィオナには見えていない。

カイルがふと視線を落としたこと。その瞬間の表情に隠された本音を。

本当は、剣なんか教えたくなかった。

ずっと守っていたいと思ってた。誰よりも先に立って、真綿に包むように、大切に――傷ひとつつかないように。

けれど、フィオナが自分の足で立とうとしていることを、カイルは知っている。

誰にも言わずに、それでも必死に、みっともなくないようにと稽古を続けていることも。

だから、何も言えなかった。

「やめたほうがいい」とも、「俺が守るから」とも。

そのどれも、今のフィオナには言っちゃいけない気がした。

言葉にできなかった想いを、ただ剣の動きに込める。

いつか本当に何かが起きたとき、せめてその身体が倒れないように――。

それが、カイルのひそかな祈りだった。


「カイル、もう一本!」


息を整えたフィオナが、再び木剣を構える。中庭に、力強くも明るい声が響く。

今日何度目かの"もう一本"に、カイルは笑いながら肩をすくめた。


「体力ついてきたな、ほんと」

「えへへ、まだいける!」


構え直した瞬間、ふと、フィオナの中で何かが引っかかった。

手のひらから、微かに感じる温もり。胸の奥から、じわりと広がる光。

剣を振ったわけでも、魔法を使おうとしたわけでもない。ただ、気づけば――


「……魔力、流れてる?」


呟いたフィオナの声に、カイルが手を止めた。


「え? 今、魔力使ったの?」

「……たぶん。無意識に?」


魔力操作にはある程度の集中が必要なはずなのに、それが今、自然に剣と一緒に動いていた。

ただ防御を意識し、剣を構えていただけなのに。

――そして、フィオナの脳裏に、ひとつの言葉が浮かぶ。

光よ、盾となって、我を守れ――


「……試してみる」


フィオナは木剣を下ろし、そっと目を閉じた。

詠唱の言葉は、ふとしたひらめきのように、自然と胸の内から溢れてくる。

それは呪文というより、祈りに近かった。


「光よ、盾となって、我を守れ――《光盾こうじゅん》」


次の瞬間。

フィオナの身体を中心に、淡い金の光がふわりと広がり、壁となって目の前に現れる。


「うわ、なんだこれ……」


カイルが目を丸くして近づく。手を伸ばして、壁に触れてみる。

こん、こん。軽く叩いてもびくともしない。剣の柄でつついてみても弾かれるだけ。


「ちょっと剣で突いていい?」

「う、うん、たぶん大丈夫……?」


おそるおそる、軽く木剣で突いてみる。――やっぱり通らない。

風魔法も試してみる。小さな風の矢が放たれるが、光の壁がふわりと弾いた。

フィオナとカイルは顔を見合わせる。


「……え? これ、すごくない?」

「すごいよ、これ。剣も魔法も通らないなんて、最強の防御魔法じゃん!」


魔法に頼らず剣だけでやり過ごそうとしていた日々に、思いがけず差し込んだ光。

攻撃魔法は使えなくても、防御魔法なら――


「少なくとも、ボロ負けはしなくてすみそうだね」

「うん……みっともない姿、見せなくてすむかも」


フィオナが小さく笑うと、カイルも安心したように笑い返した。

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